Ⅰ はじめに
笠井令和4年(2022年)の通常国会で民事訴訟手続のIT化等を内容とする「民事訴訟法等の一部を改正する法律」が成立して令和4年法律第48号として5月25日に公布されました。施行日は改正事項によって異なりますが、公布日から4年以内に全て施行され、日本の民事訴訟手続の様子は大きく変わることになります。¶001
今回が第1回となる研究会「民事訴訟のIT化の理論と実務」は、多岐にわたる改正事項を対象にして、それぞれの改正の趣旨やそこに至る検討状況等を解説していただくとともに、改正規定の解釈、想定される運用等について、理論上及び実務上の観点から皆様のお考えを述べて議論していただくことにより、読者の方々に今回の民事訴訟法改正に関する検討の材料をお示ししようとするものです。¶002
有斐閣では、従来、民事手続法関係を含めて、新たな立法に関する研究会がジュリスト等の雑誌に連載されることがしばしばあります。今回のIT化に関する民事訴訟法改正についてもジュリスト2022年11月号で、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会(以下「法制審部会」、「部会」等ともいう)の部会長であった山本和彦教授を中心とする特集が計画されていると伺っています。一方で、本研究会は、2022年秋に新たに立ち上げられるウェブサイト「有斐閣Online」で連載をするという企画です。電子媒体において、ある程度の期間をかけて、幅広い改正項目についてそれぞれを深掘りしていくものにしたいと考えています。¶003
研究会のメンバーとしては、その趣旨に沿う皆様にご参加をお願いしています。¶004
法律案の立案担当官として、法務省民事局の脇村真治参事官、実際にこの改正法を運用することになる実務家として、最高裁判所事務総局民事局の橋爪信総括参事官、第二東京弁護士会所属の日下部真治弁護士、民事訴訟法の研究者として、東京大学の垣内秀介教授、一橋大学の杉山悦子教授の皆様であり、司会は、京都大学の笠井正俊が務めさせていただきます。¶005
なお、冒頭に述べた民事訴訟法等の改正に続いて、現在、裁判所での各種の民事手続について、法制審議会民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(IT化関係)部会で審議が行われるなど、IT化の検討がされていますが、本研究会では、既に法改正がされた民事訴訟法を主たる対象とすることにします。ただし、本研究会でも、必要に応じて他の手続を話題にすることがあってもよいと考えています。¶006
この研究会の趣旨の説明は以上でございます。¶007
Ⅱ 自己紹介
笠井続きまして、自己紹介に移りたいと思います。ここでは研究会メンバーの皆さまに自己紹介をしていただきます。その中では今回のIT化等に係る民事訴訟法改正との関わりについても、簡単にお話しいただきます。それでは脇村さんから、よろしくお願いいたします。¶008
脇村法務省民事局参事官の脇村でございます。この民事訴訟法の改正につきましては、2021年7月から法制審議会の幹事として、事務当局として関与したほか、法制審議会の答申を得た後の、立案作業に従事しました。どうぞよろしくお願いいたします。¶009
橋爪最高裁民事局総括参事官の橋爪でございます。現職に就いたのが2021年4月になりますが、その当時は法制審部会で、改正に関する中間試案が取りまとめられて、パブリックコメントの手続が執られている最中でしたので、全国の裁判所から寄せられた大量の意見を見ながら、裁判所としての意見を取りまとめるという作業から、今回の改正法の議論に関与していくことになりました。今回の改正法はこれまでの紙の記録が電子記録に一気に変わるというもので、裁判手続や組織としての裁判所に与える影響が非常に大きいことは言うまでもありません。施行までの間に各裁判所、あるいは、当局において十分な検討をしていく必要があるわけですが、本研究会で議論を深めて勉強させていただければと考えております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。¶010
日下部第二東京弁護士会に所属する弁護士の日下部真治です。私は、2017年10月から内閣官房日本経済再生総合事務局に設置された裁判手続等のIT化検討会の委員、次いで2018年7月から公益社団法人商事法務研究会に設置された民事裁判手続等IT化研究会の委員、次いで2020年6月から法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会の委員を、それぞれ務めました。また、その過程で、民事司法制度改革推進に関する関係府省庁連絡会議幹事会において、有識者としてヒアリングを受けたことなどもございます。こうした過去5年ほどの関わりにおいては、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という)の関連委員会等からのバックアップを受けるとともに、日弁連の意見形成にも関与してまいりました。私の意見がすなわち日弁連や弁護士一般の意見であるというわけではありませんが、これまでの知見や見聞を踏まえて、弁護士の視点で、今般の民事訴訟法改正について議論をすることができればと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。¶011
垣内東京大学の垣内でございます。私は民事手続法を専攻している研究者です。民事訴訟のIT化との関わりという点で申しますと、私自身は笠井さんや日下部さんとは異なりまして、2017年に設置された裁判手続等のIT化検討会には関わっておりませんで、その後2018年7月に検討開始いたしました民事裁判手続等IT化研究会から検討に参加をさせていただいております。続いて、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会には、幹事として参加をさせていただきました。また現在は法制審議会民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(IT化関係)部会での審議に引き続き関与しております。この度、民事訴訟法のIT化に関する改正法がいったん成立したということになったわけですけれども、研究者として考えるべき課題というのは、まだ数多く残されていると認識しておりますので、今回の研究会で、実務家、あるいは他の研究者の方々からいろいろご意見を伺いながら、引き続き勉強させていただきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。¶012
杉山一橋大学で民事手続法を研究しております杉山と申します。私自身は今回の民事訴訟法改正に関する法制審議会の部会メンバーではございませんでしたが、その前の商事法務研究会の民事裁判手続等IT化研究会と、氏名等秘匿措置との関係で証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会に委員として参加して、それぞれにおいて、イギリスの制度の調査研究にも協力させていただきました。現在では法制審議会民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(IT化関係)部会に幹事として参加しております。どうぞよろしくお願いいたします。¶013
笠井どうもありがとうございます。京都大学で民事訴訟法等の民事手続法の研究と教育に当たっている笠井でございます。裁判手続のIT化につきましては、先ほど日下部さんからもお話があった2017年秋からの裁判手続等のIT化検討会の委員となりまして、IT化の問題に関わるようになりました。その後、民事裁判手続等IT化研究会、続いて、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会の各委員として、この問題について考える機会を頂戴しました。それから氏名秘匿に関する杉山さんがおっしゃった研究会にも入っておりました。IT化のことに詳しいわけではありませんし、これまでの過程でその都度勉強してきたという感じでしたけれども、民事訴訟手続のIT化という重要な事柄に関わることができる、そういう機会がいただけてありがたく存じております。この研究会では皆さまからご紹介いただきましたように、今回の改正に向けた様々な場面で、中心的な働きをしてこられた方々にご参加いただきましたので、ここで活発なご議論をいただけるのを楽しみにしております。この研究会で私は司会ということで、基本的には議事進行係としてやっていきたいと思っております。以上でございます。¶014
Ⅲ 今回の民事訴訟法改正に至る経緯
笠井ここからは本題に入りますが、最初に、今回の民事訴訟法改正に至る経緯について取り上げます。まず、私から、今回の改正の対象となった現行法の規定や今回の改正に至る経緯について説明します。¶015
現行法では、当事者や訴訟代理人が裁判所に出頭せずに争点証拠整理手続等に関与する仕組みとして、弁論準備手続期日、書面による準備手続、進行協議期日において音声の送受信、すなわち電話会議システムの利用ができるものとされています。書面による準備手続では双方とも不出頭での電話会議システムによる協議が可能ですが、弁論準備手続期日と進行協議期日では当事者の一方の出頭が必要とされています。また、証人尋問や当事者本人尋問は映像と音声の送受信による方法、いわゆるテレビ会議システムの利用によることが可能であるとされています。¶016
そして、電子情報処理組織による申立て等については2004年の民事訴訟法改正(平成16年法律第152号)によって132条の10等の条文が加えられています。ただ、督促手続についてはオンライン化が実現しましたが、民事訴訟の本体であるいわゆる判決手続についてはオンラインによる訴えの提起や準備書面等の提出が実現しないままでした。¶017
そのような中で、2017年以降、政府全体として、民事裁判のIT化に向けた動きが本格化することになります。まず、政府の「未来投資戦略2017―Society5.0の実現に向けた改革―」(2017年6月9日閣議決定)で、「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため、諸外国の状況も踏まえ、裁判における手続保障や情報セキュリティ面を含む総合的な観点から、関係機関等の協力を得て利用者目線で裁判に係る手続等のIT化を推進する方策について速やかに検討し、本年度中に結論を得る」(112頁)とされました。その背景には、世界銀行が発表する“Doing Business”2017年版で、日本の裁判手続に関し、特に「事件管理」と「裁判の自動化」の項目が低い評価であったということがあると言われています。¶018
そこで、政府では、内閣官房が2017年10月から「裁判手続等のIT化検討会」を開催し、2018年3月30日に「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ-『3つのe』の実現に向けて-」という報告書(以下、「検討会取りまとめ」という)がまとめられました。そこでは、e提出、e法廷、e事件管理をフェーズ1から3までの各段階に分けて実現していくことが提言されています。フェーズ1では、現行法の下で、争点整理手続でウェブ会議等のITツールを積極的に利用するなどし、その拡大・定着を図っていくこと(e法廷の先行実現)が想定されています。フェーズ2とフェーズ3では実現に関連法令の改正を要するものについて法整備と実施を期待するとされています。フェーズ2で、双方当事者が裁判所に出頭せずにウェブ会議等を活用して口頭弁論期日等の手続を実施できるようにするということで、これはe法廷の拡充ということになります。そして、フェーズ3では、システムやITサポート等の環境整備を実施した上でオンライン申立てへの移行、事件記録の電子化等を図ることとされており、すなわち、e提出とe事件管理の実現です。検討会取りまとめは、これらにより、当事者は裁判所外からオンラインにより訴え提起を始めとする申立てや事件記録の閲覧ができるようになるとともに、各種の期日にいずれの当事者も裁判所に出頭する必要がなくなるなど、利便性が高まることが期待されるとしています。¶019
この検討会取りまとめについては、検討会取りまとめと同日に、日本弁護士連合会から「内閣官房裁判手続等のIT化検討会『裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ』に関する会長談話」(2018年3月30日)が発表されています。¶020
政府では、「未来投資戦略2018―『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革―」(2018年6月15日閣議決定)のうち「裁判手続等の IT 化の推進」という部分で(55頁~56頁)「司法府による自律的判断を尊重しつつ、民事訴訟に関する裁判手続等の全面IT化の実現を目指すこととし、以下の取組を段階的に行う」と述べて、検討会取りまとめの方向を承認しています。¶021
続いて、2018年7月から、公益社団法人商事法務研究会において「民事裁判手続等IT化研究会」が開催され、法的な課題の整理や規律の仕方等について検討がされました。この研究会は、2019年12月に「民事裁判手続等IT化研究会報告書―民事裁判手続のIT化の実現に向けて―」という報告書(以下「IT化研究会報告書」という)を公表しています。¶022
そして、IT化の実現などのために必要な民事訴訟法等の改正について、2020年2月に法務大臣から法制審議会へ諮問がされ、これに基づき、法制審部会が同年6月から2022年1月まで審議をし、同年2月に法制審議会がその審議結果を採択して「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する要綱」(2022年2月14日) (以下「改正要綱」という)を法務大臣に答申しました。¶023
そして、令和4年(2022年)通常国会で、内閣から改正要綱を踏まえた民事訴訟法等の一部を改正する法律案が提出され、審議の結果、同法律が2022年5月18日に成立し、同月25日に公布されたということになります。¶024
ということで、以上のような経緯があったわけでございましたけれども、以上の経緯での法務省の対応、特に法制審議会や法制審部会の審議の全般的な状況、それから国会審議の状況等について、まず脇村さんからご説明をお願いできればと思います。¶025
脇村まず、私ども法務省民事局の関わり方についてお話しさせていただきたいと思います。先ほど笠井さんからお話がありましたとおり、この民事裁判のIT化を推進していくことは、政府の方針でありましたが、法務省民事局がなすべき作業としては、法律の改正、民事訴訟法の改正の作業が主なものでありました。¶026
改正作業の経緯ですが、政府方針についての閣議決定を受けまして、先ほどからご紹介がありましたとおり、公益社団法人商事法務研究会が開催しておりました民事裁判手続等IT化研究会における議論に参加するなどして、その検討を進めてまいりました。この研究会は2018年7月から2019年12月までの間、合計15回にわたり山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授を座長として、研究者の皆さんのほか、弁護士、司法書士、あるいは、裁判所、法務省の関係者をメンバーとして開催され、同研究会は、2019年12月に、報告書を取りまとめました。¶027
また、後でお話をする法制審議会の諮問後でありますが、今回の法改正において実現しました民事訴訟における被害者の氏名等を相手方に秘匿する制度について検討するため、公益社団法人商事法務研究会が開催しておりました証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会に参加しておりました。この研究会は、畑瑞穂東京大学大学院法学政治学研究科教授を座長とするものですが、2021年6月に、この制度に関する報告書を取りまとめております。¶028
そして、法制審議会の関係ですが、法務大臣から法制審議会に対しまして、2020年2月21日、民事裁判手続のIT化に関する諮問第111号が諮問され、これを受けまして、法制審議会に民事訴訟法(IT化関係)部会が設置され、調査審議が開始されたところでございます。¶029
この部会は、山本和彦教授を部会長とし、合計23回の会議が開催されました。この間、2021年2月19日に「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」が、同年7月30日に民事訴訟において被害者の氏名等を相手方に秘匿する制度についての「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する追加試案」が、それぞれ取りまとめられまして、それぞれについてパブリックコメントの手続が実施されたところでございます。その後、この部会では、パブリックコメントの結果を踏まえて調査審議が重ねられ、2022年1月28日に、部会の最終案として、「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する要綱案」が取りまとめられ、同年2月14日、法制審議会総会において、この要綱案どおりの内容で改正要綱が決定され、法務大臣に答申されました。¶030
その後、法務省民事局を中心に、この答申を踏まえ立案作業が進められまして、2022年3月8日、「民事訴訟法等の一部を改正する法律案」が第208回通常国会に提出されました。この法律案につきましては、2022年3月22日に衆議院法務委員会に付託され、その審査が開始し、同年4月20日には衆議院法務委員会において、同月21日には衆議院本会議においてそれぞれ可決され、参議院に送付されました。その後、同月25日に参議院法務委員会に付託され、その審査が開始し、同年5月17日には、参議院法務委員会において、同月18日には参議院本会議においてそれぞれ可決されて法律が成立し、2022年5月25日に公布されたところでございます。法務省の民事局が中心に関わってきたところは以上でございます。¶031
笠井どうもありがとうございます。それでは橋爪さんから、以上の経緯での裁判所の対応や取組、それから、法制審部会での審議全般を含めた対応姿勢等についてお伺いできればと思います。¶032
橋爪ありがとうございます。それではまず、いわゆるフェーズ1の取組から説明を始めたいと思います。先ほど笠井さんにご紹介いただきました「未来投資戦略2018」において、司法府には現行法の下でのウェブ会議等の積極的な活用を期待するなどとされたことなども踏まえまして、裁判所では2020年2月から、現行法の下でも実施可能な運用として、ウェブ会議、すなわち一般のインターネット回線を介したビデオ通話機能、アプリケーションとしてはMicrosoft社のTeamsになりますが、これを活用した争点整理手続を行っています。¶033
この運用は、知財高裁と一部の地裁本庁から実施し、2020年12月には全ての地裁本庁に運用を拡大しました。2022年2月からは地裁支部への運用を順次拡大し、7月からは全国の全ての地裁支部でウェブ会議を用いた争点整理手続の運用が実施されています。直近の数字ですと、2022年6月の1カ月の利用件数は、全国で2万2000件以上ということで、相当多くの事件で利用がされていますが、さらに2022年の11月には、高等裁判所での運用も開始する予定です。¶034
手続の種別としましては、当事者の一方が裁判所に出頭するときは弁論準備手続、双方ともがウェブ会議の方法で参加するときは書面による準備手続における協議といった形で利用されていますが、割合的には双方ともウェブ会議の方法で参加する後者の形が圧倒的に多くなっています。現行法では「当事者が遠隔の地に居住しているとき」(民訴175条)とのいわゆる遠隔地要件が定められていますが、実際の運用では必ずしも遠隔地とは言えない場合においても、当事者双方が同意して、事案の内容や訴訟代理人の対応などに照らして可能であると判断されるときには、「その他相当と認めるとき」に当たるとして、ウェブ会議を行う例が多いと承知しており、この点は遠隔地要件を削除した改正法の先取り的な運用がされているということもできるかと思います。¶035
次に現行法下における電子提出の運用として、132条の10などに基づく民事裁判書類電子提出システム、通称「mints」の運用についてご説明します。最高裁で新たに開発したこのシステムを用いて、民事訴訟における準備書面等の電子提出を実現するため、最高裁規則(mints規則)、正式名称は「民事訴訟法第百三十二条の十第一項に規定する電子情報処理組織を用いて取り扱う民事訴訟手続における申立てその他の申述等に関する規則」(令和4年最高裁判所規則第1号)となりますが、これを制定し、2022年4月1日から施行されています。¶036
このシステムで提出可能な書面は、法132条の10第1項の「申立て等」のうち、民事訴訟規則3条1項によりファクシミリで提出可能とされている書面となっていますが、これに加えて「申立て等」には含まれない書証の写しも電子提出の対象に含めています。これは近年の情報通信技術の発展により、一般に書証の内容を正確に電子化することにも困難が伴うとは言えなくなったと考えられたためです。また、mints規則の1条では、当事者が「mints」を用いた電子申立て等をすることができる場合を、基本的に「当事者双方に委任を受けた訴訟代理人……があり、かつ、当事者双方において電子情報処理組織を用いて申立て等をすることを希望する事件」に限っています。これは、このシステムがインターネットを通じて利用されるものであり、情報セキュリティを維持し、十分な通信帯域を確保するなどして、安定的に稼働させる必要があることなどから、まずは確実に運用可能な範囲から運用を開始していこうという考えによるものです。双方当事者が「mints」を利用することとなる結果、裁判所への提出のみならず、相手方当事者への直送も、このシステムを用いて行うことが可能となっています。現時点では「mints」を用いた電子申立て等が可能な裁判所は、甲府地裁、大津地裁、知財高裁のほかは、東京地裁及び大阪地裁の一部の部に限られていますが、今後、これらの庁の運用状況を踏まえながら、導入庁の拡大を順次図っていきたいと考えており、現時点では2023年1月に高裁が所在する8地裁への運用拡大を予定しているところです。¶037
今回の改正法では、委任を受けた訴訟代理人は、電子申立てをしなければならない旨の規律が採用されたところでもありますので、導入庁が拡大した暁には、弁護士の方々には積極的に「mints」を利用して、電子提出の方法に習熟していただければと考えております。¶038
これまで申し上げたフェーズ1の運用と「mints」の運用につきましては、いずれも現行法の下での取組になりますが、ウェブ会議を用いた争点整理手続の運用は、フェーズ2の運用を検討する上で大いに参考となるものですし、「mints」の運用もフェーズ3の完全な電子化に向けた先行実施としての意味合いをも有すると考えています。裁判所としては現行法の下でも可能なこういった取組を着実に進めつつ、法制審部会等の場でも裁判手続のIT化に対して前向きな姿勢で臨んできたところです。私のほうからの説明は以上になります。¶039
笠井どうもありがとうございました。それでは、日下部さんから以上の経緯での弁護士会や弁護士の受け止め、対応、取組等ですね。それから、法制審部会での審議全般への対応姿勢。先ほどもお話がありましたが、バックアップ体制も含んでご発言いただければと思います。よろしくお願いいたします。¶040
日下部ありがとうございます。日弁連の立場といたしましては、かなり古い時点から裁判手続のIT化の必要性を訴えてきたという経緯があります。具体的に申し上げますと、2011年5月に韓国でIT化された訴訟手続の民事事件での利用が開始されたものと承知しておりますが、同月27日に、日弁連は、「民事司法改革と司法基盤整備の推進に関する決議」を採択し、その中で裁判手続におけるITの活用を含む改善・改革を訴えました。また、その後もいくつかの決議などで、同様に、裁判手続におけるIT化を訴えてきたという経緯がございます。そのような経緯があるものですから、日弁連は、政府が「未来投資戦略2017」において裁判手続のIT化の基本的な方向性を検討するという方針を示したことについては歓迎し、内閣官房に設置された裁判手続等のIT化検討会での検討に際しても、私を含む弁護士の委員をバックアップしてきたという次第です。¶041
そのIT化検討会が2018年3月30日に検討会取りまとめを公表したときには、日弁連の会長談話が示されております。そこでは、IT化検討会の取りまとめによって示された裁判手続等のIT化に向けた基本的方向性に賛同するという立場が明示されております。しかしながら、その時点では、具体的にどのようなIT化が進むのかということは、まだこれから検討するという段階でしたので、会長談話では、市民や事業者の裁判を受ける権利に対する配慮が不可欠であって、今後の具体的な制度設計に当たっては、裁判の公開、直接主義、弁論主義等の民事裁判手続における諸原則との整合性や、システムの利用が困難な者に対する支援措置等について、速やかに検討を進め、地域の実状をも踏まえ、全ての人にとって利用しやすい制度及びシステムを構築しなければならないといった意見が示されておりました。¶042
日弁連の基本的な受け止め方は、今申し上げたとおりだったのですけれども、弁護士一般がどのように受け止めたのかということについて、私の感想を申し上げますと、IT化を進めることについては、総論として賛成であるという意見は非常に強かったところです。そもそもIT化すべきでないという意見は、そのようなことを言う人が1人もいなかったとは申しませんけれども、ほとんどなかったように思います。しかしながら、具体的に、各論として、個別の制度や手続についてどのようにすべきかということについては、各弁護士の価値観であるとか、普段の業務でどういった依頼者を支援しているのかといったことによって考えが分かれることもかなり多くあったと認識しております。それゆえに、日弁連ではなく各単位弁護士会がIT化について意見書を提出するなどしたときには、各論部分については様々な問題意識が示されてきたという経緯がありました。¶043
次いでバックアップ体制についてですけれども、裁判手続のIT化の話が具体化するようになった際には、裁判手続のIT化はまだ日弁連の中の民事司法改革推進本部という組織の中の基盤整備部会という部会が担当しておりました。しかし、議論が本格化されるに当たり、その体制では不十分であると判断され、2018年8月からは「民事裁判手続等のIT化に関する検討ワーキンググループ」という組織を立ち上げ、そこが中心となってバックアップ体制をとってきたという経緯がございます。なお、本日のテーマではありませんが、別途協議されることになります被害者情報の秘匿については、検討のルートが少し異なっていたということで、今申し上げましたワーキンググループではなく、「民事裁判手続に関する委員会」という名称の委員会が、主としてバックアップを担当しておりました。¶044
最後に弁護士、あるいは日弁連のほうで、裁判手続のIT化について一般的に持っていた問題意識について、2点言及したいと思います。¶045
中核的な問題意識の1つは、デジタルディバイドに関するものでした。ITに習熟していない者が、IT化された民事裁判手続を適切に行うことができるのかどうかという問題です。これは、訴訟手続の当事者本人についても考えましたし、代理人についても考えていたということでありまして、本日議論されますオンライン申立ての義務化の範囲、例外の有無や内容、サポート体制などに関わる問題だったと思います。¶046
もう1つは、地域司法に関するものです。全国いろいろなところで活動している弁護士の中には、各地域における司法アクセスが後退しないことを非常に重視している者も多くおりまして、裁判手続のIT化がそれにどのような影響を与えるのかということに、強く関心が持たれておりました。この問題は、土地管轄について見直しをするのか、あるいは、ウェブ会議を利用するときの裁判官の所在場所はどのようになるのかといったところで問題になり得るところではありましたが、この研究会で後に議論する場面もあろうかと思います。¶047
笠井どうもありがとうございました。それでは続きまして、垣内さんから法制審部会の審議を含む以上の経緯や、実務家のご対応ぶりなど、それから民事訴訟IT化全般について、どのように受け止めておられるかについてご説明いただければと思います。¶048
垣内私自身は研究者の立場で法制審の部会には参加しましたので、何か出身母体との関係ということではなく、独立した研究者として検討に参加したということになるかと思います。ただ、先ほどの笠井さんのご発言にもあったのですけれども、私自身は特にITに詳しいということでもなく、また従来、特別の関心を持ってIT化について研究の蓄積があるというわけでもありませんでしたので、この機会に様々、その都度、勉強させていただいてきたわけですが、法制審部会での審議では、特にいろいろと勉強させていただくことがありました。1つには従来、漠然と当然のこととして受け止めていたようなことを、改めて考え直す必要があると感ずる機会が多かったということです。一例を挙げますと、送達などを通じた手続保障というものが、IT化というときにどういった形で具体化されるのがよいのか。最低限必要なのは何なのか、といったような問題もありました。他方で、法制審部会の審議では、研究者以外に様々な立場の方が入っておられたわけで、特に利用者の立場を代表する形でご意見を述べられる方々、企業ですとか、消費者、あるいは労働者、また審議の過程では、障害のある方からのお話を伺う機会もありましたけれども、そうした様々な立場の方々からの意見に接して、改めて民事訴訟のあるべき姿について考えさせられることが多かったように思います。¶049
IT化全体ということで申しますと、裁判手続というプロセスは、もともと一面では関係者間のコミュニケーションのプロセスとして捉えることができるものだろうと思いますけれども、そのコミュニケーションに使うことができるツールと申しますか、メディア、これは時代を追って発達をしてきたわけですが、近年は、社会生活一般でITが著しく発展をしてきたということになります。そして、その利便性には非常に大きなものがあるということからすれば、裁判手続との関係でも、その導入、あるいは活用ということは、当然の動きだったのだろうと思っております。¶050
諸外国と比較いたしますと、日本の場合には遅きに失したのではないかとそういった評価もあり得るところかもしれませんが、今回の改正は民事裁判をより利用しやすいものとするための極めて重要な一歩となるものだろうと考えております。先ほど来ご紹介のありました関連する実務家、関係者の皆さんのここまでのご尽力には研究者として、あるいは潜在的な手続の利用者として、敬意を表したいと考えております。¶051
ただ研究者としての関心からしますと、このように様々なツールが増えてくるということは、一面では便利だということですけれども、同時にどのようにそれらを使っていく、あるいは使い分けていくのが適切なのかという問題が、これまで以上に複雑で難しいものになるという感じも受けております。改正法で一応の仕切りはされているということかと思いますけれども、今後どのような扱い方、運用の在り方が適切なのかということについては、試行錯誤が重ねられることになると考えています。¶052
少し歴史を振り返ってみますと、従来、例えば口頭でのやりとりと書面の利用というような基本的な問題1つをとりましても、両者のバランスをどのように取るのがいいのか、口頭でのやりとりをどのように活用するのか、書面をどのように活用するのかといったところで、多くの議論が重ねられてきたところでもあります。様々なITツールにつきましても、今後そういった議論や試行錯誤が積み重ねられていくのかなというふうに考えているところです。それを通じて、より質の高い民事裁判手続が実現されていくということが望ましいと思いますので、研究者として、微力ではありますが、引き続き関心を持って見ていきたいというように考えているところです。¶053
笠井どうもありがとうございました。それでは最後になってしまいましたけども、杉山さんから法制審部会の審議を含む以上のような経緯や、実務家の方々のご対応について、あるいは民事訴訟のIT化全体についての受け止めについてお伺いできればと思います。よろしくお願いいたします。¶054
杉山最初なので一般的な話になりますが、現行の民事訴訟法においても、先ほど橋爪さんからご紹介があった132条の10のような規定は置かれており、また電話会議とかテレビ会議の規定も整備されていたわけですので、これまでの民事訴訟法がIT化に対して決して無関心であったというわけではなかったと思います。ただ、橋爪さんから、最近最高裁規則が整備されたとの紹介はありましたが、この132条の10を実効的なものにするための規則が長い間整備されなかったために実際にはほとんど使われていなかったり、このようなIT化に関する規定が置かれて以降、特に近時の急速な通信技術の発展であったり、国民の間でのインターネットの普及や、スマホなどの通信端末などの普及と、それに伴う国民の意識の変化に、法律も規則も対応することができなかった。その結果、他の先進諸国、近隣のアジア諸国よりもこの分野で大きな後れを取ることになってしまったと思われます。¶055
先ほど日下部さんからもご紹介がありましたが、韓国などは早くからIT化を進めておりまして、日本が遅れているということ自体は、かなり前から認識はされていました。ただ今回の改正では、その遅れを取り戻して、世界水準に達するとか、あるいは、“民事裁判の全面的IT化”という言葉自体が強調されることもありますけれども、それ自体が目的なのではなくて、あくまでも裁判の利用者である国民の司法へのアクセスを容易化し、裁判を受ける権利を実効的なものにすること、そして反射的には裁判所の事務処理を効率化したり、統計資料として活用して裁判の予測可能性を向上したりするなど、潜在的な利用者の便宜のためにIT化をする必要があったのであり、その点においては、世界の水準と関わりなくIT化は避けられなかったものと理解をしております。そのため、2017年以降この問題について短期間かつ集中的に議論をして、従来の紙、対面ベースの訴訟から、IT化された訴訟に大きくかじを切るための法律ができたことを高く評価しています。¶056
このような改正を実現するためには、また今後実際に動かしていくためには、訴訟に実際に携わる実務家の方の理解と意識の改革が重要であった、またあり続けると思われます。これも先ほど橋爪さんから少しご紹介があったようにフェーズ1のプラクティスが既に先行していたということ、さらにちょっと皮肉ではありますけれども、民事訴訟手続等IT化研究会のときは予測していなかったパンデミックの影響もあったと思われますが、特に法制審部会が始まる辺りから、裁判手続のIT化の必要性が強く、かつ広く認識、意識されるようになっていったことも影響していると思われます。そのような影響もあって、IT化が必要であり、それに向けて協力することが必要だという理解が、実務家の方から得られたということも、大きな意味があると思っております。¶057
今回の改正で、まずは民事訴訟手続自体をIT化する方向で大きく方向転換することになりますが、この改正は、現在法制審部会で議論されているような他の類似の手続にも影響があると思いますし、それ以外の民事紛争解決手続、裁判外の紛争解決手続にも影響を与えると思われます、つまり追従してIT化を進める機関が増えていく可能性もあり、その点でも非常に大きな意味のある改正であると思っています。¶058
他方で今回の改正は後に議論する予定である、オンライン申立ての義務化の範囲などでも問題となりますが、現在の通信インフラとか、現在の国民のインターネットの利用率とか、通信端末の普及率といった現状を前提として、今訴訟手続をIT化することの影響を常に意識しつつ、議論をしてきたものと、法制審部会の外から見ていて伺われました。ただ、通信を巡る技術は今後、急速に進歩、変化する可能性がありますので、今回の改正で終わりにならず、今後、短いスパンでの定期的な見直しと軌道修正をしていくことも不可欠になると思います。感想めいたものになりますけれども、以上になります。¶059
笠井どうもありがとうございました。皆様からいろいろな示唆に富んだご知見をいただきました。今のそれぞれのご発言について、相互にご質問、あるいはご意見、あるいは補足でも結構ですけれども、ご発言をお願いいたします。いかがでしょうか。¶060
垣内最後に杉山さんが言われた視点は、非常に重要な点だと私も思います。杉山さんは今回、民事訴訟のほうがIT化されることによって、裁判外の各種の手続への影響というところに、差し当たり焦点を当てて言われたわけですけれども、そういう側面ももちろんあると思います。他方で、裁判手続の外でODRの検討なども進んでいるところで、一部ではAIなどの自動化技術の活用という試みも、様々な形で進められようとしています。そうしますと逆に、そちらのほうから、また裁判手続へのフィードバックということも生じてくる、つまり、裁判手続が、そうした技術をどのようにさらに取り込んでいくのかという問題も出てくるだろうと思いますので、杉山さんが言われたように、まだこれで終わりではなく、引き続き検討が重ねられる必要があると私も思うところです。¶061
笠井ありがとうございます。ほかにはいかがでしょうか。¶062
脇村先ほど杉山さんからご紹介がありましたので、民事訴訟以外の検討状況をお話ししますと、現在、法制審議会におきましては、民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(IT化関係)部会におきまして、民事訴訟以外の民事・家事関係の裁判手続のIT化について検討しています。その検討に当たっては、まさにこの民事訴訟法の改正を踏まえた検討がされていて、民事訴訟法と違う点、あるいは同じ点などを中心に議論をしているところでございます。¶063
この部会につきましては、2022年8月5日の部会におきまして、中間試案が取りまとめられています。今後、この中間試案について、パブリックコメントの手続が予定されているところです。政府の方針としては、2023年の通常国会に関係する法律を提出することを目指すこととされており、法務省民事局においても法制審議会での議論を踏まえて、引き続き立案作業に従事する予定でございます。¶064
笠井ありがとうございます。その辺りについても、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。ほかにいかがですか。¶065
杉山先ほど言いそびれたのですけれども、今回の改正で、一般には“民事訴訟の全面的なIT化”という言葉が前面に出ていて、初めて聞く方などは、手続が全てオンラインで行われる、申立てはもちろん、法廷も全てバーチャルなものになると思われるかもしれません。そうではなくて、オンライン申立てについては、取りあえず一部の者について義務化されたわけでありますし、バーチャル法廷になるわけではないのです。そのため、今回はこのような形で改正されたけれども、将来どこを目指すのかについては、常に意識しなければならないと思っています。オンライン申立てについてはこの後議論される予定ですが、最終的には全面的に義務化を目指すことになるはずですし、訴訟記録の電子化についても同様で、つまり、e提出とか、e事件管理は全面的なIT化を目指すけれども、e法廷をどの程度目指すのかという点は、今後の運用の仕方とも関わってくるのであろうと思っているところです。もし、その辺りの見通しがあるのであれば共有させていただきたいですし、今の段階でないのであれば今後探っていく必要があると思っています。¶066
笠井ありがとうございます。e法廷の今後の見通しというお話ですけど、何かご発言はありますでしょうか。¶067
日下部弁護士の受け止め方ということで発言をさせていただければと思います。検討会取りまとめの中で、一般論で言うと、大きく2点が柱であったのかと理解しています。¶068
1つは、民事訴訟一般を念頭に置いた骨太な検討と制度設計をするという点です。この点については非常に適切であったと思います。例えば、倒産手続だけやる、あるいは知財事件だけやるといった弥縫策のような対応を取っていたとすると、その後の様々なIT化の障害になっただろうと思います。¶069
もう1つの柱が、「裁判手続等の全面IT化」という言葉で、これが先ほど杉山さんから言及もありましたとおり、ややその言葉が独り歩きをして、それを過大に、過剰に受け止めた人がハレーションを起こすという事態が、少なくとも弁護士業界の中では若干見られました。法廷の撤去ということもそうですし、想像力豊かに、裁判官がいなくなってしまって、全てAIになるのではないかというような、極端なものの見方というものも、ないわけではなかったところです。実際はそういう話ではなくて、裁判手続の入口から出口まで、ITを活用していくという話だったと思いますので、その点の理解が進むにつれて、ハレーションは治まっていったということがございました。¶070
先ほど言及のありましたe法廷の行き着く先というのは、非常に関心のあるところだと思っています。伝統的なものの考え方で言えば、とりわけ証拠調べにおいて、裁判官も、それから法廷にいる弁護士も、証人の姿を物理的に直接目で見て、その挙動や言動を感得することが重要である、という価値観が支配的です。しかし、実際にウェブ会議の利用が非常に浸透してきますと、そうした価値観を当然の前提として捉えなければいけないのだろうか、むしろウェブ会議の方式で証拠調べをすることが、例えば証人の表情を理解する上では、法廷よりもはるかに良いのではないかといった評価も聞くところです。今、証拠調べについて申し上げましたけれども、弁論についても、法廷で行うことに本質的な良さがどのくらいあるのか、ウェブ会議でそれは代替できないのかということは、今後、検討していく必要があることだと思います。¶071
笠井ありがとうございます。ほかにはいかがでしょうか。¶072
脇村今回の改正要綱、あるいは法律の中でのe法廷等の位置付けを少しお話しさせていただきますと、今回は、e法廷の方向性について、何か、将来的に、こういった方向性をとる、例えば、将来的に、現実の法廷を廃止するといった方向性を定め、それに向けて、まずはこういった制度としようといった議論ではなく、今、現在として、どういった制度をとるべきかという観点から、当事者のウェブ会議による参加は認めつつ、少なくとも期日を開いて、そこに裁判官がおり、それを傍聴人が傍聴するという現在の仕組みは残しましょうという結論になったということだろうと思います。¶073
また、いわゆるリアルな形での法廷の出席と、ウェブ会議を利用した法廷の出席との関係については、将来は別にして、現時点での取扱いや通信技術を前提にすると、法廷での現実のやりとりとウェブ、インターネットを通じたやりとりには、やはり差があるだろうということを前提に、例えば、証人尋問のウェブ会議の利用等の要件については、厳格なもの、一般的な口頭弁論よりも厳格なものをとったというところで、結論としてはこの改正では、現実の法廷での取扱いを残さざるを得ないと言いますか、残すことを前提に、使える範囲でウェブを使おうという方向で改正要綱、あるいは法律がまとまったところだと理解しています。¶074
この改正を踏まえた、今後の方向性について、恐らく、この法制審部会に参加されたメンバー、この法律改正作業に関与されたメンバーの方々でも、様々なご意見があるのだろうと思います。そういう意味では、この改正要綱、改正法が何か方向性を決めているというわけではないとは思いますが、今後の方向性については、先ほど言った現実のやりとりの意義などを踏まえて、かつ、恐らく、今後、通信技術がどこまで発達するかといいますか、オンライン上のやりとりがどこまでリアルに近づくか、まさに、実際の通信技術、発達、進展によって決まってくることかなと思います。¶075
垣内今の脇村さんの発言に重なるところもあるかもしれませんけれども、今回の改正の非常に重要な特徴として、e法廷の関係、つまり、ウェブ会議を使った口頭弁論その他の期日に関しては、ウェブ会議を使える場合でも、それはオプションとして、選択肢として選べるというのにとどまり、期日は法廷ではやはり開かれているということですので、法廷に物理的に出頭するという可能性は、その場合でも排除はされていないということです。その意味では、従来との連続性が維持されているということなのだろうと思います。¶076
ということは、逆に言えば今後その点が非常に重い宿題と申しますか、検討課題として残されているということで、いつ、どのような条件の下で、法廷に本当に代わる、法廷がない形でもe法廷というものが実現可能なのか。当事者の同意があればできるということなのか、あるいは、そのほかに様々な条件が必要なのか。そのことは一面では通信技術の発達の度合い、どういう技術が使えるのか、その質がどうなのかということにも関わりますでしょうし、またその技術によって何が可能になり、そのことが裁判にとってどういう利点を持つのかということの評価にも関わるというところで、今後いろいろ難しい宿題が残っているということなのだろうと受け止めているところです。¶077
笠井ありがとうございます。他にはいかがでしょうか。私も個人的に、e法廷という意味では、『法律時報』の特集で、これには杉山さんや垣内さんも入っておられたと思いますけれども、e法廷のところを書いて、そのときにもやはり全面IT化ということは、法廷に来ないのが普通になるのではないかという誤解が確かにあったように思いましたので、そこは違うという話を書いた覚えがあります(笠井正俊「e法廷とその理論的課題」法時91巻6号〔2019年〕18頁)。まさにその辺りが重要で、先ほど日下部さんからもお話があった弁護士さんのご心配には、土地管轄の問題等にも関係している部分があるところで、今後どうなるかは、いろいろ考えていかないといけないと思います。¶078
今回の改正が施行された後の話としては、法廷に是非行きたいのだという意向が、実際の期日指定においてどのように考えられるのかという問題があります。ウェブならばその期日に参加できるけれども、法廷に行きたい。その当事者や訴訟代理人が法廷に来ることを前提にすると、その日は期日が入らないというような場合、裁判長の期日指定や訴訟指揮はどうあるべきかといったことです。実務的かつ細かい話かもしれませんけれども、重要な問題としてあるのではないかと個人的に思っております。¶079
(第2回に続く)¶080
[2022年8月7日ウェブ会議にて収録]¶081