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水野どうやってアピールされているのですか。¶166

茅野もちろん、まず日々の仕事もそうですし、案件を審査する過程において、法務部がどのような意見や見解を出すか、というところにも掛かってくると思います。¶167

野口そうですね。まさに、ジュリストのこういう座談会もそうでしょうし、もっとメディアなどで、法務の活躍している場面や価値、法務によって救われた事例、新しい活路が開けた場面などを経営者の方や法務のリーダーが語ってくださると、他の経営者の方がもっと興味を持たれるのではないかなと思います。¶168

2 リスクテイクする姿勢、文化の醸成

野口もう1つ重要な点として、Googleのようなすごくアメリカ的な文化の会社にいて、日本の組織と比べて違うと感じるところがあるとしたら、それは、リスクを取りたいと思っている人たちが、本当にリスクを取れるような土壌になっているのかという点だと思っています。こういうリスクはありますがこういうチャンスもありますというだけで、そのリスクは取れるかというと、そうではない。リスクを取るということは、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあるわけで、実は、うまくいかなかったときの対処こそが大切なのです。うまくいかなかったときに、それで自分のキャリアにバツが付いてしまって、左遷される、出世競争から外れる、となると、みんな自分の将来を考えて、リスクを取るのに慎重にならざるを得ないのです。その点、Googleは本当にはっきりしていて、正しいリスクの取り方をすれば罰せられない。もちろんリスクを取るときには、きちんと分析し評価するプロセスは大切ですし、その評価が誤っていたら問題ではあります。しかし、きちんとしたプロセスを経てリスクを取ると決めた、そうしたら、例えば後から規制当局から審査・訴訟されてしまったとなったときに、それで犯人探しなどは絶対にしないです。これは誰が決断したんだ、あなただろ、あなたの判断が悪かったから、こんなに何億円もの法律費用が掛かって、会社のレピュテーションも下がって、これは全部あなたのせいだと言われたら、次から誰もリスクテイクできませんよね。もちろん、反省すべき点はしなければいけませんが。¶169

水野企業におけるリスクテイクする文化をどのように醸成するかを考えたときに、反省の仕方、責任の取り方についてはまだ深掘りされていないテーマだと感じます。¶170

野口うまくいかなかったときには、Googleでもその反省会はきちんとやります。これは予見できたことなのか、リスクの評価が十分ではなかったのではないか、事前にリスク回避のためにもっとできたことはなかったのか。場合によっては、外的要因が大きいから仕方がない場合もあるかもしれない。再発防止策が必要なら検討して導入します。もっと大きな視点で見て、これは制度改革まで必要なことなのではないか、という場合もあります。この失敗からどう学んで、次に行こうかという、そういう反省会はするのですが、誰が責任を取るのか、という話になって、この人にバツが付くとか、そういうことはない。それが保証されないと、なかなかリスクを取る判断はできにくいと思います。¶171

水野心理的安全性ですよね。今のお話は法務部門の判断としても、そういう反省会みたいなものはやるものなのですか。¶172

野口それはもちろん関係者全員で、ですよね。だから、プロダクトや営業や政府渉外の部門の方が入るときもあるし、法務だけのときもあります。ただ、私がいつもチームに言っているのは、法務でないと見えないことというのはやはりある、ということです。専門知識もそうですし、ほかのプロダクトや営業などの部門は縦割りになっているけれども、自分たちは全てのプロダクトを見ているからこそ、このAとBの立場の整合性はどうだろうか、などの課題が法務には見える場合もあるなど、いろいろあります。ですから、我々としてもっと能動的であるべきことは何だったのか、どこまで強く言うべきだったのか、などは常に議論しています。特に弊社のように最先端のものをやっているときには、正解はまだどこにもない問題も多いです。そういう中での法務の役割や行動の仕方についての議論は、常にありますね。¶173

水野正解が見えづらい環境下で正しいリスクテイクをするためには、振り返りがより重要になるわけですね。そして、そのような振り返りにおいて組織的にも法務だからこそやれることがあるというのは示唆的だと思いました。¶174

Ⅵ 法務の未来

1 AIの影響

水野これからの法務に求められるものについて話していきたいのですが、法務においてもAIの影響に関する議論が出てきています。確かにAIによって法務の効率化というのが期待されてはいるのですが、本当に削減されるのか、かえって無駄な仕事や管理コストが増えるのではないかと言っている人もいます。AIが法務に与える影響や法務のこれからの姿について、いかがお考えでしょうか。¶175

野口まだよく分からないこともたくさんある中であえて個人的な意見を述べさせていただくと、これからAIが発展してくると、法務の質が変わるとは思います。やはりAIが得意な仕事と得意ではない仕事とがあって、AIのツールが進んでいるアメリカなどでは、例えば判例検索は、実際に法律事務所でジュニアアソシエイトにやってもらう場合とAIを使う場合だと、AIのほうが速い、安い、確実というのが見えてきているような分野もあります。他にも、関連する法令を引っ張ってくるなど、テキストとデータで完結する世界については、AIがある程度のレベルで仕事をできる未来は見えてきているのかなと思います。¶176

けれども、ウェブサイトや文書、データなどの文字情報ではくみ取れないものをくみ取っていくというのは、AIではまだ難しいのかなと思います。いろいろな状況を複合的に判断できる強さは人間のほうがまだまだ上ですよね。それこそ契約交渉だって、文言だけの世界ではないわけじゃないですか。¶177

水野おっしゃるとおりですね。¶178

野口契約書には書いていないその企業と企業のポジションの違いもありますし、交渉している方同士のパーソナリティーもあって、強気に出るほうがいいのか、そうではないのかの判断も必要です。Aさんから言って駄目だったら、この部長がこの人と仲がいいから、そのルートで話を持っていけば聞いてもらえるかもしれないとか、そういう戦術も含めて人間というのは、もっと複合的に動いています。ツールで確実に代替できるところは代替しつつ、そこで節約した時間で、AIでは代替できないところにもっと注力していくような感じにはなるのかなとは思います。¶179

茅野私も全く同感で、一番簡単な契約と言われている秘密保持契約ですら、AIでもそれほど簡単にできないと。よっぽど何かひな型化しているのだったら別ですけれども、当社が結ぶような秘密保持契約は、私はAIに任せられないと思いますね。¶180

野口どこからどこまでの情報を定義するのかとか、すごく戦略的なこともありますよね。¶181

茅野そうですね。本当に戦略的で、難しい。¶182

野口一方で、比較的定型的な審査もあると思うのですよね。与信審査とか、アルゴリズムにバイアスが入り込んでいないかという問題はあるけれども、もし本当に公平なアルゴリズムができたら、それは人がやるよりも、余程公平で正確になるかもしれない、という議論もありますよね。そういう意味で、定型的な作業については、その質を担保するために、むしろ積極的にAIを活用すべきかもしれないということも、これから議論されていくかもしれません。逆に、法務の人はますます、定型的ではない作業、すなわち総合的な価値創造というか、法律の知識だけに縛られない広い視点で総合的に、かつクリエイティブに物事を考え判断していくことが必要になっていくように思います。¶183

水野広い視点、視野がいま法務に求められているというのが本日のここまでのお話だったと思いますが、それがますます加速していくかもしれませんね。¶184

野口だけれども、法律家である限りは法律に詳しくなければいけないので、そこはベースとして大切にしたいところです。¶185

2 AIに代替されない法務の価値

水野AIが普及すると、法務の機能は縮小していく方向にいくのでしょうか。¶186

茅野いや、縮小どころか、どんどん広がっていくと思います。¶187

水野その広がる部分というのはどこなのか。皆さん気になっていると思います。¶188

茅野経済安全保障の観点もそうですし、それからSDGs、ESG、またステークホルダーも大勢いる中で、最終的に企業は自分がこういう会社でありたいとか、企業のアイデンティティーというのを求められるような時代になってきていると思っています。この点においては、当然いろいろなステークホルダーの意見、声というのをくみ上げていかなければいけない中で、当然法律に関係する部分も多くあります。¶189

野口そのあたりもこれから動いていくところはあるのでしょうね。¶190

水野法務機能がより多様化・多元化し、法務部門だけでなく他部門にも溶けていくみたいなイメージは湧くのですけれども。¶191

野口溶けていくというか、社会はどんどん複雑化していると思います。例えば経済安全保障1つを見ても、すごく複雑化していますし、アメリカは特にそうですけれども、何が正しいかということ自体を共有できない人たちもたくさん出てきている中で企業はどのようにポジションを取っていくのか、求められている判断もどんどん複雑になってきていると思います。AIによって生み出されていく問題もたくさんあって、そこに対して対応もしなければいけませんし、全く仕事がなくなってしまうというのは、私は幻想だと思います。けれども、例えば電話が最初に登場した時には必要だった電話をつなぐオペレーターの仕事が、その後の産業革命で機械に取って代わっていったように、AIに代替されていく仕事はあるかもしれない、とは思います。だから何が人間の得意な仕事で、何がAIの得意な仕事なのか、何をAIに任せてもよくて何を人間が判断するべきなのか、というのは、だんだん見えてくると思うのですけれども、そこへ向けて、人間も考え続けたり、場合によっては自分の仕事を柔軟に変化させたりすることは、必要なのかもしれないなと思います。¶192

水野そういう意味でも、やはり態度としてのプロアクティブさはより求められてくることになりそうです。¶193

野口そうですね。あと、AIに頼りすぎて考えることをやめてしまわないようにしなければいけないと思います。いくらAIが文章を読んで解釈できるからといって、自分で文章を読んで解釈することをやめてしまったら、その脳のスキルはだんだん退化してしまわないとも限りませんよね。これからますます情報が増えていく中で、人間が全ての情報に目を通せるわけではないかもしれませんけれども、AIならできるかもしれない。しかし、だからといって、文字情報の処理を全てAIに頼ればよいというものでもないように思います。どこに自分の時間とパワーを割くことが一番大切なのかを我々人間が考え、見つけていかなければいけないのだと思います。¶194

3 これから法務を担う方へのメッセージ

水野まだまだ話し足りないところですが、時間が尽きてきてしまいました。では、最後に今日、印象に残ったこととか、あるいは読者、特にこれからの法務を担うかもしれない方々へのメッセージをいただけたらと思います。まず、飯田さんからおうかがいしてもいいですか。¶195

飯田本日は実務に関するお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。私自身、法務のイメージが大きく変わった気がいたします。社会が複雑化していく中で、企業の法務機能は、今でももちろん重要な役割を担っていますし、これから先がどのようになっていくか、どのような重要な役割を担っていくか非常に楽しみです。¶196

あと、印象に残ったことと言っていいのか分かりませんが、正解を求めすぎないということ、これが結構大事なのだなと感じました。「正解がない状態に耐える力」というのは重要なのだという気がします。その力をどのように養っていくか、私には分からないのですけれども。¶197

水野法学部の学生とか、正解が好きな方が多いイメージがありますね。¶198

野口でも、それは法学部に入って、急にそうなったわけではないのかな、と思います。ずっとそのようにトレーニングされてきたから、そう考えてしまうのでしょうね。¶199

飯田その点では、ロースクールも法学部と同じですね。¶200

水野私は法学部とロースクール双方の出身者なので耳が痛いところがあります。飯田さん、ありがとうございました。では、野口さん、お願いします。¶201

野口今日は、法務の中でも広く法律の専門家というように捉えたときにはいろいろなパスがあるということがご紹介できたかなと思います。最近、あまり学生さんが法律家になりたがらないというお話を聞いたりします。弁護士になると法律事務所に入って夜中2時まで働かなければいけないらしいけれど、それは自分のやりたいことではないから弁護士にはならない、だから法学部にも行かない、というように、限られた情報をもとに切り捨ててしまうのだとすると、それはすごくもったいないと思いますね。法学は判断力のベースを養うとても良い学問だと思いますし、法律やルールを深く考える素養があることで、その後どこの分野に行っても活躍できる、という意味で、本来とても裾野の広い学問分野です。その後、法律の専門家になったとしても自分の強みを活かしたたくさんの道があることをぜひ知ってほしいです。論理が好きだったり、修羅場に強い人は訴訟弁護士が向いているかもしれませんし、ビジネスを一緒に作るのが楽しい方は、現場で営業と一緒に仕事をすることもできるかもしれません。何かの専門家にもなれるし、最終的にジェネラルカウンセルになるのであれば、やはりある程度広い視点も必要だと思います。¶202

そこの中には本当に多様な法律家のあり方があって、いろいろな法律家の話を見たり聞いたりすることによって、自分に合う楽しい法律家のあり方というのは必ず見つかると思います。そういう意味で、学生さんには視野を広げてほしいですし、法律家の方で、今やっている自分の法律業務が好きではないなと思っている方も、ほかにいろいろな選択肢があると思います。自分の強みを活かして社会に貢献できる道は本当に広いと思うので、是非楽しく法務をする仲間に加わっていただきたいなと思います。¶203

水野ありがとうございました。最後に、茅野さん、お願いします。¶204

茅野最初の議論に戻りたいと思いますが、1600号ということで、ジュリストが創刊された約70年前の1952年と比較すると、今の日本の企業はとても変わりました。日経平均がこのように高い水準になることは、70年前の人は予測していなかったでしょう。対米投資も日本が1番ですし、海外からの対日投資も活発になっています。法務はM&A案件だけではないですけれども、企業の国際的な競争という中において、特に今日、法務の果たせる機能はとても大きいと思っています。特に私の場合はロー・ファームから法務部に入り、そして経営に行き、監査役も経験した観点から、法務の素養はどの場面においても重要で、助けられました。¶205

なので、法律を勉強している人たちというのは、もちろん外の弁護士事務所に行ったり、法務部に来るということもあると思いますけれども、それ以外の場面でもどのような形であれ、日本の国際化にますます寄与できる、すごく面白い時代に今いるのではないかと思っています。¶206

水野皆さま、ありがとうございました。これまで法務という分野、あるいは法というもの全般に対して、面白いもの、楽しいものであってはいけないような空気すらあるように感じてきました。ですが、本日、印象的だったのは、法務がこれほど面白いのだということを企業法務の最前線にいらっしゃる茅野さん、野口さんのお二人が繰り返しおっしゃっていたことです。このような法務の面白さ・楽しさは意外と語られてこなかったのではないかと思います。また、飯田さんには、現代の法務の動的な有り様を法社会学的な視点から位置付けていただくとともに、法務におけるルールやコンプライアンスの捉え方に対するご示唆もいただき、俯瞰した視点をご提供いただきました。¶207

野口たしかに、法務の面白さを語る機会はあまりないですよね。¶208

茅野自分たちは専門的な黒子みたいなところがあるかもしれないですね。歌舞伎でいう黒衣、そういう職人的美しさというのを求めているかもしれないですね。¶209

水野そういう静的な側面もあるのかもしれませんが、先ほど出てきた「ビジネスイネーブラー」や「プロダクトカウンセラー」などの法務人材のイメージやあり方だけでも、法務に関する全然違った躍動感を感じてもらえると思います。¶210

野口そうですね、そういう面白さをもっと社会に浸透させるというか、経営層に対しても、これから法務になりたい人に対しても、まだまだ伸びしろがあるかもしれないですね。¶211

水野法務は面白いし、まだまだ伸びしろがあると。ジュリスト1600号という記念すべき座談会をポジティブな言葉で締められることをうれしく思います。皆さま、本日は長時間ありがとうございました。¶212

[2024年5月31日収録] ¶213