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左から、水野 祐、飯田 高、茅野みつる、野口祐子

Ⅰ 法務論の現在地

1 自己紹介

水野本日は「いま、法務に求められるもの」と題したジュリスト1600号を記念した座談会にお集まりいただき、ありがとうございます。議論に入る前に、まず自己紹介をお願いできればと思います。では、茅野さん、野口さん、飯田さんの順でお願いします。¶001

茅野ありがとうございます。私はカリフォルニア州弁護士からキャリアをスタートしました。主に、日系企業と米国企業のクロスボーダー取引(M&A)に携わりたいという思いから、最初はアメリカの弁護士事務所に入所し、その事務所のニューポートビーチ(カリフォルニア)、香港、東京、サンフランシスコ・オフィスにて勤務しました。2000年に帰国し、伊藤忠商事の法務部に入社いたしました。2013年より4年間、法務部長を務め、その後、伊藤忠のアメリカ会社(ITOCHU International Inc.)の社長に就任し、ニューヨークに駐在しました。帰国後、伊藤忠の常勤監査役を経て、今は広報部長をしております。様々な役職を経験いたしましたが、どの場面においても、法務の知識や経験が役立ったと思っており、今日はそのあたりのことをお話ししたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。¶002

野口野口祐子です。弁護士になって25年が過ぎました。私は日本の弁護士で、森・濱田松本法律事務所でキャリアをスタートして、主に知的財産、国際系の紛争などを手がけていました。15年事務所で過ごしてからGoogleに社内弁護士として2013年に転職し、ちょうど10年経ったところです。一時期、研究者にあこがれて、事務所から留学に出て、スタンフォード・ロースクールで5年研究をして博士号を頂いたのですが、現場で実際に物事を動かしていくほうが楽しいなと思い、実務に舞い戻りました。法律事務所からGoogleに移ったときには、これが正しい選択なのか迷う面もあったのですが、企業内法務の面白さを味わって気付いたら10年が経っていたという感じです。どうぞよろしくお願いいたします。¶003

飯田東京大学社会科学研究所の飯田高と申します。私は企業にも法務にも詳しいわけではないので、場違いな感じはするのですが、実際にその法というものが社会の中でどういうふうに使われているのか、どういう効果を持っているのかといったことに関心があり、今日の議論を非常に楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。¶004

水野皆さま、ありがとうございます。私も簡単に自己紹介させていただくと、法律事務所で弁護士として企業法務の仕事をしています。テックやコンテンツ・知的財産(IP)を活用したスタートアップから大企業の新規事業を法的な側面からサポートしている弁護士です。あと、上場・未上場含め社外役員を数社務めています。¶005

2 法務論の盛り上がり

水野それでは、さっそく本日のテーマである法務についての議論に入っていきますが、私なりに法務に関する議論の現状認識を整理しておきたいと思います。2018年、2019年に経済産業省(以下「経産省」)で「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」という研究会が行われました。私は2018年、2019年ともに委員として参加させていただいたのですが、日本企業の法務部門が事業のストッパーになっているのではという問題意識から始まった研究会でした。以前から法務の機能の議論はあったと思いますが、ここ5年ぐらいで法務論が少し盛り上がってきているのかなというのは、この研究会が1つのきっかけになった面があるのではと思っています。この研究会の報告書自体は賛否は様々だと思うのですが、「ガーディアン機能」(法的リスク管理の観点から、経営や他部門の意思決定に関与して、事業や業務執行の内容に変更を加え、場合によっては、意思決定を中止・延期させるなどによって、会社の権利や財産、評判などを守る機能」)と「パートナー機能」(経営や他部門に法的支援を提供することによって、会社の事業や業務執行を適正、円滑、戦略的かつ効率的に実施できるようにする機能)という2つの機能に分けた上で、経産省の研究会ということもあり、もう少し法務の「攻め」の部分、すなわち、事業開発に併走したり、価値創造的な側面をもうちょっと重視すべきなのではないかというところに、力点が置かれた報告書だったと思います。¶006

その後、2021年にリーガルリスクマネジメントのISO規格化だったり、コロナ禍前後からのリーガルテック分野への注目の高まり、そして、米国でもともとあった取組だと思いますが、リーガルオペレーションズという経営の視点で法務をどう捉え直すかの議論を日本にどのように取り入れるか等が議論され始めている、というのが法務論の現在地なのかなと思います。¶007

そういう中で、研究会の報告書の中にもありますが、私なりの問題意識として、法務による価値創造というのは何なのか、あるのか、その可能性とは何なのかといったことなど、あるいはこれもよく日本では言われがちな法務の能動性、主体性、プロアクティブに動くにはどうすればいいのか。また、どうして何かやや後ろ向きだと評価されやすいのかなど、それは人材的な影響なのか、部門的な影響なのか、歴史的な影響なのか、それともそもそも法の役割というものにそういう要素があるのかなど、興味があるところです。現状、法務と経営というものに距離があったり、経営層が法務をうまく使えていないといった問題意識を前提とするならば、では今の日本の法務部門、あるいは法務機能、はたまた経営層に何が足りないのか、どうしていったらいいのか。本日はこのようなことについて議論できたらと思います。¶008

Ⅱ 「法務」の広がり

1 法務部門と法務機能の多角化

水野ところで、「法務」とは何なのか、法務の範囲はどこまでなのか。字義どおりに言えば、法に関する事務全般を指しますが、経産省の報告書では法務部門だけでない、経営層や他部門にも存在する法務全般を指してあえて「法務機能」という言葉を意識的に設定しました。一方で、同じくジュリスト1535号(2019年)の鼎談(奥邨弘司ほか「企業内法務の展望と戦略」)では「企業内法務」という言葉を使用することで、企業外法務である法律事務所で働く弁護士等の業務と区別して慎重に議論しています。法務論においても、議論の内容によって法務の範囲や捉え方、焦点の当て方も少しずつ変わってくるように思います。本日議論したい法務の価値創造や経営における法務の役割等を考える際に法務の範囲・捉え方をどのように考えるのが適切なのでしょうか。¶009

野口組織によって法務の範囲や捉え方は違うのではないかと思います。コンプライアンスを法務に含むのか別組織なのか、などの違いもあれば、調達契約など特定の契約を担当する部門が事業部にある会社もあると思います。組織のあり方により法務のデザインも様々なのでしょうね。¶010

水野企業内法務の範囲や形も企業によって様々ということですね。企業内と企業外の法務の相違についてはいかがでしょうか。¶011

野口法律事務所で弁護士をすることと企業内弁護士には、やはり若干の違いがあるのかなと思っています。¶012

仕事のきっかけという意味では、法律事務所はほぼ100%受け身だと思います。クライアントから案件を頂いて、その案件に対してアドバイスをするのが通例だからです。企業内弁護士はもっと能動的に社内の問題点を拾いにいく場面があります。¶013

また、経営判断をする側にいるかどうかという違いもあります。私が弁護士になりたての頃に先輩のパートナーに言われたのは、法律事務所と企業内弁護士は役割が違う、法律事務所はその組織の経営に責任を持つ立場にはないから経営判断をしてはいけない、ということでした。だから法律事務所は、クライアントから聞かれた問題に対して、選択肢1はこれがリスクで、これがメリットです、選択肢2はこれがリスクで、これがメリットですというふうに、調査や分析をするけれども、だからあなたはこうすべきです、というところまで言ったら言いすぎだと言われました。でも、若い弁護士の中には、それをやらないと法律事務所のサービスとして価値がないのではないかという声もあり、外の弁護士がどこまで前のめりに経営判断に関わるアドバイスに踏み込むべきか、ということについて、すごく大きな議論があったのです。この議論が象徴するように、法律事務所の弁護士は事業や経営に責任を持つ立場ではないのに対し、企業内弁護士は経営判断をする人のそばにいてその判断を最終的にアシストするわけです。企業の決定に実際に参加しているという点が面白さにもつながっていると思います。¶014

もう1つの違いとして、法律事務所の場合、ある問題に対して関連する全てのリスクを網羅的に調べるのが役割である、という面があると思います。経営的な視点のある弁護士さんの中には、論点の中で強弱を付け、これは大事ですのでしっかり検討します、その他にもこういう論点もありますので深掘りしたければ教えてください、というふうにされる方もいらっしゃいますが、全ての論点を同じような重要度で検討してメモを出してくる弁護士さんもいらっしゃいます。その背景には、リスクを指摘しなかったことの責任を自分が問われないようにするために、網羅的であらねばならないという意識がある気がします。それに対して、企業内弁護士は、全ての論点を網羅的に経営陣に説明しても評価されません。法律のリサーチ結果を踏まえて、どこまでのリスクを企業体として取れるのかということを判断するプロセスに関わりアドバイスするのが一番重要な役割ですから、そのアドバイスには価値判断と強弱が必要です。¶015

野口最後に、企業内に入ると、法務以外の視点を広く持つことの大事さというのがより分かるようになると思います。茅野さんのほうが私よりももっとご経歴も広くていらっしゃるので、是非おうかがいしたいなと思いますが、やはり法律事務所の主な仕事は法律のアドバイスをすることです。それに対して、企業内弁護士はビジネス、広報的視点、政策的視点など、より視野を広くアドバイスをするという面白さがあるのかなと思います。¶016

茅野そうですね、本当にそのとおりだと思います。視点を少し変えて、法務部の観点から、というより、営業部の観点から物事を考えてみたいと思います。なぜなら、企業とは営利が目的なので、まずその営業の立場から考えてみたいと思うからです。今日は、ジュリストの1600号記念特別座談会です。大変おめでとうございます。ジュリストは、1952年に創刊されたと理解しています。ジュリストの創刊当時、伊藤忠の(現在の呼称だと)「法務部」はどのような機能を担っていたのか、ということを歴史的に紐解くと、それは営業部の国内案件の支援と、債権回収機能でした。これらの機能を当時の法務部が提供していた、というよりも、そのような機能を営業部署が求めており、その需要に応えていた、と言えます。したがって、法務の観点から物事を見るということも大切なのですが、その時々で会社が何を必要としていたのか、営業が何を求めていたのか、その中で広義の「法律」に関連する部分が法務の機能であった、というのが実態でしょう。約70年前と今では、会社や営業部署が法務に求めたり、期待する機能は大変に進化をしてきている。¶017

例えば、営業部がある案件を推進したいというときに、法務部は、その案件のストラクチャリングを営業部署と一緒に検討したり、契約書作成・交渉を行ったりします。このような基本(ベース)の作業もありますが、近年、以前に増して経済安全保障、サプライチェーンマネジメント等、多角的な「法務」の観点から案件を精査する場面が増えてきました。先ほど野口さんがおっしゃったように、広義の「法務機能」を発揮するのは法務部だけに限らず、他部署、例えばリスクを管理する部署かもしれないし、物流を担当している部署かもしれません。それが、法務機能の多角化、ということです。また、最近の流れとして大変興味深いと思っているのが、「法律」と厳密に定義されるハード・ロー(hard law)の世界と、コーポレートガバナンス・コードのような、ソフト・ロー(soft law)の世界が互いに近づいてきている現象です。特に、常勤監査役を務めていたときに、このことを感じました。このような環境変化の下、監査役の役割は何か、どのように取締役の職務執行を監査するべきか、等を考えました。質問のお答えには直接なっていませんが、法務機能という機能は基本、法務部にあるのだと思いますが、会社や営業が求める機能の多角化や、コーポレートガバナンスなどの概念のグローバル化や進化・深化によって、法務機能というコンセプトが広域になり、結果、法務部以外の部署にも法務機能が期待される時代になってきていると思います。¶018

2 動的な社会に適応する法務

水野ありがとうございます。もちろん、企業や事業によっても様々ですが、法務を機能で考えると、法務部門だけでなく、総務や公共政策、広報、そして営業などの法務以外の部門にも法務機能が存在し得るのですね。¶019

茅野そうです。新しいビジネスやプロジェクトを創造する上で、当然、営業部署も自分たちが行いたい案件は、法的に可能なのかなということを入口で一生懸命調べるわけです。もちろん法務部にも相談には行くのだと思いますが。私が法務部にいたときの実際の例ですが、営業部が考えた斬新なビジネスモデルがあり、この相談を受けました。営業部署も業界法をいろいろ調べて、考案した面白いビジネスモデルでした。営業担当と法務部担当とで更に深掘りをし、その上で外部の弁護士さんとも相談しながら、更に詰めたところ、ストラクチャーのアジャストメントが必要となりました。最終的には、当初のコンセプトは大切にしながらも、業界法に照らし合わせて、大幅な変更を加えました。したがって、営業部署も自分たちが考えるビジネスが法的に可能なのか、というところが出発点であり、新しいビジネスという価値創造のプロセスにおいて、法律が重要な役割を果たすわけです。この例が示すとおり、営業の中においても法務機能は存在するわけです。¶020

野口そうですね。大学や大学院で法律を学んでいるときには、法律とは、その条文や背後にある原理原則という形で見えているかもしれないのですが、実際に企業で法律を扱うと、常に社会のリアリティと切り離せない。例えば、「個人情報の第三者提供には本人の同意が必要です」という条文だとすると、何が第三者提供に該当するのかというのは、実際のプロダクトを深く読み解かないと判断できないところもありますし、プロダクトはある意味、法律と離れたところで、社会のニーズとともに発展していきます。先ほど茅野さんもおっしゃっていましたし、飯田さんも研究されていらっしゃるところだと思いますが、法律の概念やニーズは時代や技術とともに変化をしていきますので、会社は、現場に近いところに法務機能を置く必要があります。そういう意味で、皆さんが思っているよりも、法務的役割を果たしている場所は多い。実際に、法学部を出て営業に行かれる方もたくさんいらっしゃいますよね。Googleでも、営業、プロダクトの品質などを担保する部署、政府渉外部門などに、法学部出身の方がたくさんいらっしゃいます。そういう方たちがそれぞれ法的な価値や考え方を、それぞれの立場から実現しながら動いているのが企業だと思います。その中で一番法律の専門性が高いのが、法務部門なのでしょうね。¶021

茅野例えば今一番ホットなトピックの1つとして、日本において今後ライドシェアが解禁されるのか、というものがあります。もしも解禁されたならば、どのような新しいビジネスが可能になるだろうか、ということを営業部署は考える(考えている)わけです。そのように、法規制の変化に伴い、生まれてくる、今までにないビジネスやビジネス展開があるということです。¶022

野口そうですね。でも、そのビジネスは法律を変えないと実現できないとなったときに、その重要性を誰に分かってもらえたら、そこまでたどり着けるのだろうかと考えると、社内だけではなく、社外にも働きかけなければいけない場面もたくさんあると思います。また、東京だけを見ていても、その重要性は分からない。ライドシェアの実験も実際に地方から始める形になっていますが、人口が減ってきている中でライドシェア的な社会機能が求められている地方が増えている、それをどう実現していけばいいのかというように、視野を広く持って、自分の企業の中に閉じないいろいろな方たちと共同作業をする中でルールができていくのだと思います。¶023

水野今の、野口さんと茅野さんのお話は、日本の企業と例えば米国の企業で違いはないと理解してよいものでしょうか。¶024

茅野違いはないと思います。¶025

野口違いはないと思いますが、例えば、冒頭水野さんがご紹介されていた「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」のワーキンググループに参加されていた企業内弁護士の渡部友一郎さんが書かれた『成長を叶えるリーガルリスクマネジメントの教科書』(日本加除出版、2023年)という本には、「法律を見ると違法だと書いてあるからできません」、というようなアドバイスをしている日本企業の法務部が登場します。この本は、どうやってそこから脱却するかということが楽しく描かれているので、ぜひ一読をおすすめしたいのですが、本当にそんな法務部が存在するのだとしたら、それは私達がイメージする法務とはかなり違うような気がします。¶026

一般的に日本の会社はリスクを取りたがらないとか、イノベーションが起こりにくいとか、アメリカやインド、中国に日本が負けているのではないかということはしばしば言われていますよね。それは法務が駄目と言っていることも原因なのかというのは、検証が必要かなと思いますけれども。¶027

茅野企業法務のランキング、つまり、外部機関による企業内法務の評価が世の中に定着してきたということは最近のことですね。例えば、いつも営業部署に対して「ノー」と言っている法務部は多分ランキング的にもあまり評価されないと思います。法務部もクリエイティブでないといけない、価値を提供しなくてはいけないという流れの中で、法務部は一生懸命頑張らなくてはいけない。そのような環境が醸成されてきているのだと思います。¶028

飯田そのランキングの評価項目は、どういうものなのですか。¶029

水野日本経済新聞が弁護士ランキング以外に始めた「法務力が高い企業」ランキングは、「訴訟に強い」「法務スタッフの能力が高い」「法務部門が経営に影響力がある」「社内弁護士が多い」「法律事務所などとうまく連携」等の評価項目について、国内の企業法務弁護士のアンケートで評価されていたと思います。¶030

茅野ほかにも、日経以外にも様々なランキングやアワードがあり、これらは日本にとって比較的新しいものです。法務部門が評価やアワードの対象になるということが。¶031

水野私はあの手のランキングは独り歩きしやすいものとしてやや冷ややかに見てしまうところがあるのですが、あのような形で企業内法務の仕事に対する評価に透明性や外部性を取り入れることは、法務部門や業界を盛り上げる効果だけでなく、その企業の法務部門や法務機能、ひいてはその企業の姿勢みたいなものの評価にもつながり得るのかもしれないと感じました。¶032

3 法社会学における法務の位置付け

水野飯田さんにうかがいます。もともと伊藤忠では法務が営業支援と債権回収から始まって、会社に必要とされる機能がどんどん広がっていったという話や、現在では企業内において法務機能が法務部門だけではなく他部門にも溶けていくような流れがあるという話を茅野さんからいただきましたが、そもそも法社会学的にはこのような法務の存在というのはどのように議論されてきたのでしょうか。¶033

飯田法社会学は現実の法の働きというものに関心を持っていますので、企業法務に携わる人たちが重要な役割を果たしているのだということは認識していました。日本の企業法務には興味深い特徴があって、その1つが「法曹資格を持たない社内の人たちがリーガルサービスの供給を担っている」という点でした。おそらく背景には、弁護士数が少ないことや企業の業務の中で法の存在感が希薄だったことなどがあるのだと思いますが、いずれにしても、企業法務は弁護士が提供するリーガルサービスとの対比で論じられることが多かったように思います。その意味で、企業の法務機能は、社会全体のリーガルサービスの供給の中ではどちらかというとサブ的というか、周縁的なものとして位置付けられてきたような感じがします。¶034

今のところ、企業法務の具体的な中身や変化を直接に捉えようとする研究は、その社会的重要性の割には多いとは言えなくて、まだまだ研究の余地がありそうです。企業の法務というのは、弁護士が通常提供しているリーガルサービスとは異なる、独自の役割を担っているのではないかと思っています。¶035

ちょっと付け加えておきますと、法社会学では「人々の行動が現実のルールを作っていく」という点を重視します。ルールが人々の行動を形作るというのは普通のことですが、その逆ですね。特に近年、「公的機関以外の人たちの行動がルールにどのように影響を及ぼすのか」とか、「ステークホルダーの行動を通じてルールがどのように具体化されていくのか」といった問題に注目が集まっています。こういうステークホルダーはlegal intermediariesやrule intermediariesと呼ばれるのですが、企業法務に携わる人たちは当然そこに含まれるはずです。¶036

こういった人たちの行動がルールにどのような影響を及ぼし、具体的にどういうルールになっていくのかということです。¶037

水野企業によるルールメイキングですね。¶038

飯田はい。もっとも、これにはいろいろなレベルがあるかと思います。公的に働きかけて法律を作るということもあるかもしれませんし、日常の業務のレベルでの細かいルールを作っていくといったこともあるかもしれません。ただ、最終的にルールの具体的な内容を決めるのは、企業の現場にいる人たちの行動です。これは法務部に限らず、先ほど法務機能というふうに総称されていましたが、全てrule intermediariesとして捉えられると思います。¶039

水野これは小さな政府から始まって、いわゆる共同規制などの公民連携によるルールメイキングにおいて企業によるルールメイキングが注目されていることとも関係があるでしょうか。¶040

飯田ありますね。その「ガバメントからガバナンスへ」という流れが1つ目の背景としてあります。そして2つ目として、ルールが扱う問題が複雑化していることが挙げられます。複雑化していますので、結局、実際にそのルールを使う人の行動が重要になるということです。それから、2点目と関連していますが、細かく規定されたルールではなく、緩いスタンダードのほうが使われるようになってきている、ということがあります。スタンダードは曖昧ですから、結局、実際にそれがどう使われるのかが重要になってくる。こういった3つぐらいの背景があろうかと思います。¶041

Ⅲ 法務による価値創造とは

1 小さな(日々の)価値創造と大きな価値創造

水野ありがとうございます。企業によるルールメイキングにも関わってくるところだと思いますが、次に、法務による価値創造について議論していきたいと思います。企業経営において価値創造が重要視される時代にあって、法務も価値創造に貢献していくべきだ、法務による価値創造もあるのではないか、という議論があります。一方で、日本では他部門からすると法務部門がストッパー的な見られ方をしていることを典型に、まだまだ法務が価値創造に貢献・寄与するというとピンと来ない方は多いように見受けます。また、逆に法務はむしろ価値創造など考えないでよいのではないかという意見もあるかもしれません。茅野さんはいかがお考えですか。¶042