本記事の構成
本記事は、2021年(令和3年)から始まる一連の同性婚訴訟を中心的な検討対象とし、その検討に必要な関係する事象を時系列で示す。同性婚訴訟は現在も続いているので、判断が示された7つの同性婚訴訟の後についても、関係するものを記載している。冒頭で示したように、この時系列には大きく分けて2つの流れがある。1つは、性的指向についての医学的知見の変化、家族や婚姻、同性婚に対する国民意識の変化である。この流れをAとして示す。もう1つの流れは、そうした事情の変化を憲法判断に取り入れる手法を示した最高裁による判決の流れである。これをBとして示す。ただし、Bの判決群の多くは家族や婚姻に関するもので、それらはA、すなわち家族や婚姻に関する立法事実の変化をも同時に示すものである。したがって、こうした判決については、A・Bとして示すことにする。
本記事の内容の概観
本記事は、一連の同性婚訴訟に関する出来事を時系列で見た上で、それが同性婚訴訟の帰結にどのように影響しているのかを検討する。それは大雑把にいえば立法事実の変化ということであり(本来、立法事実という言葉それ自体にも説明や定義、一定の議論が必要であるが)、その中で訴訟に最も大きく影響を与えたのは、性的指向を精神疾患としていた時代から、それが否定され、個人にとって生来の属性であると認定されたことだと思われる。各同性婚訴訟の判旨でも、それが確認できる。こうした立法事実の中で、同性婚訴訟において裁判所が言及するものの1つに、婚姻や家族に関する国民意識の変化がある。各裁判所において、国民意識の変化の扱いは同じではなく、その同じではないこと、国民意識の変化を用いること自体をどのように評価するかが問題となる。この論点については、最高裁が国籍法違憲判決で国民意識の変化を用いたことに関する議論にヒントがあると思われる。また、そうした憲法判断方法が用いられた後掲夫婦同氏判決との比較も参考になるだろう。そうした議論を参照しながら、先の論点について、同性婚訴訟についての検討を試みる。検討内容は、①同性婚訴訟において、憲法24条1項はどのように解釈されたか、②国民意識を用いる憲法判断をどのように評価できるか(一般論と同性婚訴訟での国民意識の用い方、立法府へのメッセージという評価)、③同性婚訴訟と憲法学説との関係である。
江戸時代前後(A)
男色という恋愛習慣があった。もっと読む
1891年(明治24年)(A)~ ──明治民法のころ
(1)同性愛に関する知見──精神疾患としていた時代
同性愛を精神的病理であるとする西欧の知見が導入された。
(2)婚姻制度
「明治民法」が、1898年(明治31年)7月16日に施行された。明治政府は、婚姻制度の近代化のために妾制度や封建的身分制度を廃止したものの、国民の把握と統制の手段である戸籍制度を民法上の家族として構成し、婚姻に戸主や親の同意を必要とするなど家による統制を維持した。
もっと読む
1946年(昭和21年)(A)──日本国憲法制定
1890年(明治23年)施行の大日本帝国憲法は、婚姻に関する規定を置いていなかったが、日本国憲法は、「家」制度を解体して、婚姻に関する憲法24条の規定を置いた。もっと読む
1947年(昭和22年)(A)──昭和民法に改正
日本国憲法の制定に伴い、明治民法は1947年(昭和22年)に全面的に改正された。もっと読む
1952年(昭和27年)(A)~ ──外国における性的指向に関する知見(疾患からの変化)
キリスト教的価値観の下、同性愛的関係を否定する考え方があり、19世紀後半に自らを同性愛者と考える人々が現れるようになると、これを処罰する又は病気として医療の対象とするようになった。もっと読む
1995年(平成7年)(A)──現在の性的指向に関する知見へ
日本精神神経学会は、1995年(平成7年)、市民団体からの求めに応じ、WHOのICD-10に準拠し、同性への性的指向それ自体を精神障害とみなさないとの見解を示した。もっと読む
1997年(平成9年)(A)
東京都青年の家事件。もっと読む
2000年前後(平成12年前後)(A)~ ──政府や地方自治体等、外国の対応
(1)政府の対応
2000年(平成12年)、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律が成立、性的指向を理由とする偏見と差別を無くすことが掲げられた。
(2)地方自治体の対応
2015年(平成27年)の東京都渋谷区での導入を皮切りに、各地方自治体で、目的、効果、形式等が異なるものの、パートナーシップ認定制度の導入が広がった。
(3)国会での議論
2009年(平成21年)、衆議院法務委員会において、外国で同性婚を可能とする証明書を法務省が発行することについて質問が行われた。
(4)日本弁護士連合会等の動き
【外国の対応】
各国で、①登録パートナーシップ制度、②PACS(パクス)、③同性婚、④司法判断、⑤国連等の動き。
もっと読む
2003年(平成15年)(A)──「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」制定
2004年(平成16年)7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が施行され、一定の要件を満たす性同一性障害者について、家庭裁判所の審判を受ければ、戸籍上の性別の変更が認められるようになった。もっと読む
2005年(平成17年)~2019年(令和元年)(A)──婚姻に関する調査・統計等
婚姻に関する調査・統計等の実施。もっと読む
2008年(平成20年)(A・B)──国籍法違憲判決
外国人の母から生まれ、出生後に日本国民の父から認知を受けた子が、国籍法3条1項により日本国籍を取得できないことを差別として争った事案である。最高裁は、両親の婚姻による準正を国籍取得の要件とすることに、かつては「立法目的との間に一定の合理的関連性があった」が、その後の「国内的、国際的な社会的環境等の変化」により、合理的関連性は失われたとして、憲法14条1項違反を認めた。家族生活や親子関係の意識・実態の変化や多様化という「社会的環境等の変化」が違憲判断に大きな役割を果たした(最大判平成20・6・4民集62巻6号1367頁)。横尾裁判官ほか反対意見において、立法事実の扱い方について異論がある(「非嫡出子の出生数が1万4168人から2万1634人に増加した」という事実から、上記の「社会的環境等の変化」の認定ができるかについての疑問が提示されている)。もっと読む
2015年(平成27年)(A・B)──女性の再婚禁止期間判決、夫婦同氏判決
(1)再婚禁止期間判決
民法733条1項が定める女性の再婚禁止期間の憲法14条1項適合性について争われ、最高裁は「父性の推定の重複の回避」という立法目的との関係で「100日超過部分」についての合理性は認められないとして、違憲判断を示した(最大判平成27・12・16民集69巻8号2427頁)。
(2)夫婦同氏判決
民法750条が定める夫婦同氏制度について、憲法13条・14条・24条違反が争われた。13条との関係では「氏の変更を強制されない自由」は人格権の一内容とは言えない、24条との関係では「アイデンティティの喪失感等」の不利益を女性が受ける場合があるものの、通称使用により「一定程度は緩和され得る」などと述べられ、合憲判決が下された(最大判平成27・12・16民集69巻8号2586頁)。
もっと読む
2015年(平成27年)(A)前後~ ──同性婚に関する意識調査
【2014年(平成26年)】
日本世論調査会による調査。同性婚を法的に認めることについて、賛成(どちらかといえば賛成を含む)が42.3%(男性では35.4%、女性では48.7%)、反対(どちらかといえば反対を含む)が52.4%。
【2015年(平成27年)】
広島修道大学教授のグループ:「同性どうしの結婚を法で認めること」について、賛成が14.8%、やや賛成が36.4%、やや反対が25.3%、反対が16.0%、無回答が7.5%。このうち、20代~30代の72.3%、40代~50代の55.1%は賛成又はやや賛成と回答したが、60代~70代は32.3%が賛成又はやや賛成と回答し、56.2%は反対又はやや反対と回答した。
もっと読む
2018年(平成30年)(A)──同性婚に関する意識調査
同性婚を法的に認めることの可否について、株式会社電通が全国の20代ないし50代のLGBT以外の男女を対象に行った意識調査では、賛成派は男性で69.2%、女性で87.9%(男女合わせた全体では78.4%)。もっと読む
2019年(令和元年)(A)──同性婚に関する意識調査
2015年(平成27年)と同グループの調査:「同性どうしの結婚を法で認めること」について、賛成が25.8%、やや賛成が39.0%、やや反対が19.4%、反対が10.6%、無回答が5.2%。このうち、20代~30代の81%、40代~50代の74%は賛成又はやや賛成と回答したが、60代~70代は47.2%が賛成又はやや賛成と回答し、43.4%は反対又はやや反対と回答した。もっと読む
2020年(令和2年)(A)~ ──同性婚に関する意識調査
【2020年(令和2年)】
朝日新聞社と東京大学による、全国の有権者に対して行った調査では、同性婚に賛成又はどちらかといえば賛成が46%、反対が23%。同社による2005年(平成17年)の調査と比較すると同性婚に賛成する意見が14%増加した。
もっと読む
2021年(令和3年)~ ──同性婚訴訟
同性婚を認めていない民法及び戸籍法の諸規定は憲法違反であるにもかかわらず、国会が必要な立法措置を講じていないことに対し、国家賠償を求めた訴訟。
司法の判断──現在までの裁判例の動向
谷口洋幸「同性間のパートナー関係をめぐる日本法の現在地──比較法・国際法の視点から」家判48号(2024年)8頁の図表を参考に作成。
もっと読む
2023年(令和5年)
(1)「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」制定・施行
(2)トランスジェンダー職員に対するトイレ利用制限についての最高裁判決
(3)「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」についての最高裁決定
もっと読む
2024年(令和6年)
同性パートナーへの犯罪被害者給付金不支給裁定に対する取消請求事件。もっと読む
その後の同性婚訴訟
東京高裁Ⅰ(第1次、東京高判令和6・10・30 LEX/DB 25621271)──14条1項違反、24条2項違反。もっと読む