Ⅰ 1976年(昭和51年)
1976年(昭和51年)9月8日、第1次厚木基地訴訟が横浜地裁に提訴された。第1次訴訟では、自衛隊機の飛行差止請求の訴えの適法性が問題となった。本件における民事差止請求の根拠は、原告らの人格権又は環境権である。¶001
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- 原告の請求
戦前、厚木基地は旧海軍省により航空基地として使用されていたところ、1945年(昭和20年)9月2日、米陸軍が接収、1950年(昭和25年)12月、米海軍が移駐し、以後、米海軍の航空基地となった。
1952年(昭和27年)4月28日以降、旧日米安保条約に基づく日米行政協定*に基づき、日本側から米軍は厚木飛行場の提供を受け、それに基づき、米軍が同飛行場を管理、使用することとなった。同年7月15日、航空法と同時に公布、施行された航空法特例法**により、米軍の使用する飛行場、米軍機及びこれに乗り組んでその運航に従事する者につき、航空法の適用除外が定められた。その後、昭和30年代には航空基地としての機能強化が図られ、1960年(昭和35年)頃から米海軍のジェット機が飛来するようになった。
*正式名称「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定」
**正式名称「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基く行政協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(なお現在は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」)
1960年(昭和35年)6月23日、日米安保条約*が発効し、以降、厚木飛行場の提供根拠が、日米地位協定**となった。同年、厚木基地の周辺住民が、厚木基地爆音防止期成同盟を結成し、1961年(昭和36年)5月、同期成同盟は、厚木基地の航空機騒音により人権侵害を受けていることを横浜地方法務局に申告した。これを受けて、1964年(昭和39年)10月、法務省は、厚木基地の飛行場周辺及び航空機の進入路下に当たる地域においては騒音が激しい場合があり、その地域の相当多数の住民が精神的及び日常生活上ある程度の被害を受けていると認定し、更に調査検討の上適当な措置を講ぜられたいとしてこの調査結果を防衛施設庁に通知した。
*正式名称「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」
**正式名称「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」
1971年(昭和46年)7月1日以降、厚木基地の一部についての共同使用及び使用転換が閣議決定され、基地使用に係る日米政府間協定が締結、告示された。これに伴い、自衛隊の飛行施設としての「厚木飛行場」が設置され(自衛107条5項、飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する訓令2条)、同年12月以降、海上自衛隊の航空集団司令部と第4航空群、厚木飛行場に移駐し、以後、自衛隊機が使用することになった。その後、1973年(昭和48年)10月以降、米空母ミッドウェイが事実上の母港として入港し、以後、空母艦載機が頻繁に飛来することになった。
9月8日:第1次訴訟 横浜地裁に提訴。
厚木基地の周辺住民93名が、国に対し、厚木基地における航空機離着陸等の差止め並びに過去及び将来の損害の賠償を求める訴えを横浜地方裁判所に提起した。もっと詳しく(Ⅰ)
1982年(昭和57年)2月以降、厚木基地でNLP(Night Landing Practice=空母艦載機が夜間、陸上で行う着艦訓練)が開始され、その後、第2次厚木基地訴訟が提起される。
10月20日:第1次訴訟 第1審判決(横浜地判昭和57・10・20判時1056号26頁)。
(1) 飛行差止請求の訴え(民事差止め)については、自衛隊機、米軍機ともに不適法であるとして却下した。
(2) 損害賠償請求については、①過去の損害賠償請求の訴えは認容し、②将来の損害賠償請求の訴えは不適法な訴えとして却下した。
10月22日:第2次訴訟 横浜地裁に提訴。
厚木基地の周辺住民161名が、①午後8時から午前8時までの(米軍機、自衛隊機の)夜間飛行等の差止め並びに騒音到達の禁止、②過去及び将来の損害賠償を求めて、横浜地方裁判所に提訴した。
4月9日:第1次訴訟・控訴審判決(東京高判昭和61・4・9判時1192号1頁)。
(1) 自衛隊機及び米軍機の飛行差止請求の訴え(民事差止め)については、ともに不適法であるとして却下した。
(2) 損害賠償請求については、①過去の損害賠償請求の訴えは棄却し、②将来の損害賠償請求の訴えは不適法であるとして却下した。
12月21日:第2次訴訟・第1審判決(横浜地判平成4・12・21判時1448号42頁)。
(1) 民事差止請求のうち、①自衛隊機の離着陸の差止め及び騒音到達の禁止を求める訴えの審査は統治行為に及ぶとはいえず、基地における自衛隊機の運航活動が公権力の行使に当たる事実行為であるともいえないとして、訴えの適法性を認めた上で、請求を棄却し、②米軍機について夜間飛行等の差止め及び騒音到達の禁止を求める訴えは、不適法であるとして却下した。
(2) 損害賠償請求については、①過去の損害賠償請求の訴えについては、周辺住民133名について請求を認容し、②将来の損害賠償請求の訴えは、不適法であるとして却下した。
2月25日:第1次訴訟・上告審判決(最判平成5・2・25民集47巻2号643頁)。
(1) 飛行差止請求の訴え(民事差止め)のうち、①自衛隊機の飛行差止請求については、不適法な訴えであるとして却下すべきものとし、②米軍機の飛行差止請求については、訴え自体は適法としつつも、棄却すべきものとした。
(2) 損害賠償請求ののうち、①過去の損害賠償請求については、請求を棄却した原判決を破棄し、原審に事件を差し戻し、②将来の損害賠償請求については、訴えが不適法であるとして却下すべきものとした。
12月8日:第3次訴訟 横浜地裁に提訴。
厚木基地の周辺住民約2820名が、国に対し、過去及び将来の損害の賠償を求める訴えを提起した。その後追加提訴があり、原告となった周辺住民の総数は5000名を超えた。この訴訟では差止めは求められておらず、専ら損害賠償請求の可否が争われた。
7月23日:第2次訴訟・控訴審判決(東京高判平成11・7・23訟月47巻3号381頁)。
(1) 民事差止請求のうち、①自衛隊機の飛行差止請求の訴えを不適法として却下し、②米軍機の飛行差止請求の訴えについては、棄却を免れないとした。
(2) 損害賠償請求のうち、①過去の損害賠償請求の訴えについては周辺住民134名の請求を認容し、②将来の損害賠償請求の訴えについては、不適法な訴えとして却下した(確定)。
10月16日:第3次訴訟・第1審判決(横浜地判平成14・10・16判時1815号3頁)。
損害賠償請求のみが争われたところ、①過去の損害賠償請求の訴えについては、周辺住民4935名の請求を認容し、②将来の損害賠償請求の訴えについては、不適法として却下した。
行政事件訴訟法の改正。
差止訴訟(3条7項)が義務付け訴訟(同条6項)とともに法定化され、訴訟要件と本案勝訴要件が明文化された(37条の4)。また、公法上の当事者訴訟(4条)につき、「公法上の法律関係に関する確認の訴え」が明文化され、その活用の方向が示された。
7月13日:第3次訴訟・控訴審判決(東京高判平成18・7・13〔2006WLJPCA07138001〕)。
損害賠償請求につき、①過去の損害賠償請求については、原告の大半の請求を認容し、②将来の損害賠償請求については、不適法な訴えとして却下した(確定)。
12月17日:第4次訴訟 横浜地裁に提訴。
第4次訴訟では、①自衛隊機・米軍機の飛行差止めを求める行政訴訟(主位的請求=抗告訴訟としての差止請求、予備的請求その1=公法上の法律関係に関する訴訟・給付訴訟、予備的請求その2=公法上の法律関係に関する訴訟・確認訴訟)、②過去及び将来の損害賠償請求の訴えが横浜地裁に提起された。
5月21日:第4次訴訟・第1審判決(横浜地判平成26・5・21民集70巻8号1886頁参照)。
(1) 飛行差止めを求める行政訴訟
①自衛隊機の運航差止請求(行政訴訟)については、無名抗告訴訟としてその適法性を認めた上で、「防衛大臣は、厚木飛行場において、毎日午後10時から翌日午前6時まで、やむを得ないと認める場合を除き、自衛隊の使用する航空機を運航させてはならない」として、請求を一部認容した。
②米軍機の運航差止め(行政訴訟)については、不適法な訴えとして却下した。
(2) 損害賠償請求
①過去の損害賠償請求の訴えについては認容し、②将来の損害賠償請求の訴えについては不適法却下した。
7月30日:第4次訴訟・控訴審判決(東京高判平成27・7・30判時2277号13頁)。
(1)自衛隊機・米軍機の運航差止めを求める行政訴訟のうち、①自衛隊機の運航差止請求については、法定の差止訴訟(行訴3条7項)と捉え、「平成28年12月31日までの間、やむを得ない事由に基づく場合を除き、本件飛行場において、毎日午後10時から午前6時まで、自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容すべきもの」とした。②米軍機の運航差止めの訴えについては、不適法な訴えとして却下した。
(2)過去及び将来の損害賠償請求の訴えについては、①過去の損害賠償については認容し、②将来の損害賠償についても適法な訴えであるとして、一部認容した。
12月8日:第4次訴訟・上告審判決。
(1) 自衛隊機の運航差止めを求める訴えにつき、①行訴法3条7項の差止訴訟として捉え、重大な損害要件(行訴37条の4第1項)を認め、②本案において、裁量権の逸脱・濫用が認められないとして請求を棄却すべきものとして、上告を棄却した(最判平成28・12・8民集70巻8号1833頁)。
※原告側の上告については、9月15日に上告不受理・上告棄却の決定がなされている(最決平成28・9・15 LEX/DB 25544943)。
(2) 将来の損害賠償請求の訴えについては、訴えを却下した第1審判決は相当であるとした(最判平成28・12・8判時2325号37頁)。
8月4日:第5次訴訟 横浜地裁に提訴。
第5次訴訟では、①行政訴訟として、自衛隊機・米軍機の飛行差止めを求める訴え(抗告訴訟としての差止訴訟、公法上の法律関係に関する確認訴訟)、②民事訴訟として、(ⅰ)人格権に基づく差止め請求、(ⅱ)過去及び将来の損害賠償請求、(ⅲ)人格権に基づき、本件差止請求が実現されるまでの間、厚木飛行場の米軍への供用について、米国との間で本件差止請求の内容の実現のための協議を求める請求(協議請求)の各訴えが横浜地裁に提起された。
3月:2017年(平成29年)8月から行われていた、米海軍第5空母航空団の固定翼機が厚木基地から岩国飛行場へ移駐を完了。
このことにより、第5次訴訟第1審判決では、原告らの居住地における実勢騒音は、2020年(令和2年)度分布図により評価されることになる。
11月20日:第5次訴訟 第1審判決。
(1) 自衛隊機の運航差止めを求める訴えにつき、①行訴法3条7項の差止訴訟として捉え、重大な損害要件(行訴37条の4第1項)を認め、②本案において、裁量権の逸脱・濫用が認められないとして請求を棄却した。
(2) 協議請求の訴えは、不適法却下した。
(3) ①人格権に基づく差止め請求のうち、自衛隊機に係るものは不適法であるからその請求に係る訴えは却下し、米軍機に係るものは主張自体が失当であるとして棄却し、②過去及び将来の損害賠償請求の訴えについては、(ⅰ)過去の損害賠償については一部認容し、(ⅱ)将来の損害賠償についても適法な訴えであるとして、一部認容した。
1976年(昭和51年)9月8日、第1次厚木基地訴訟が横浜地裁に提訴された。第1次訴訟では、自衛隊機の飛行差止請求の訴えの適法性が問題となった。本件における民事差止請求の根拠は、原告らの人格権又は環境権である。¶001
¶002
- 原告の請求