Ⅰ はじめに──行政法研究者による入管法研究の必要性
ア 行政法の研究教育に携わる者で、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」または「法」という)が行政法の対象であることを疑うものはいないであろう。本稿でも引用するように、入管法に関する判例には行政法上の論点にかかわるものが多いし、行政法研究者も入管法に関する論文を書いている。司法試験の行政法分野の出題の素材とされたこともある1)。¶001
イ ところが、入管法に関する体系的な研究が行政法の観点から進められているかというと、筆者の見るところ、残念ながらそうはいえないように思われる。たとえば、現在出版されている入管法の解説書は、実務家(入管行政の関係者・経験者2)または入管関係訴訟の経験のある弁護士3))によるものばかりである。入管法に限ったことではないが、実務家が実務経験を(立案担当者が含まれている場合には立案趣旨も)踏まえて書いた文献は、研究者には知りえない知識や、研究者の目の行き届かない論点を教えてくれることが多く、大いに有用である。¶002
しかし、そういった文献があれば研究者が書くものが不要になるかというと、そうではない、と筆者は信じている。筆者自身が研究者であり、自己言及に中立性が保証されないことを措くとしても、現行実定法の条文に定位して、実定法の仕組みを分析し合理的な説明を与えることは、実定法研究者の重要な使命であり、特に世の中に無数に存在する個別法4)を研究対象としうる行政法5)の研究者が果たすべき役割であると思われる。¶003
実務家による解説は、日々の行政実務や裁判実務を動かしていくための実践的な手引書の性格が強いことがままある。くりかえしになるが、そうした文献も有用であり、その存在意義を否定するつもりはまったくない6)。しかし、それに加えて、個々の条文によって構成される制度の趣旨を明らかにし、個々の条文からどのような要件のもとでどのような効果が発生し、その制度にかかわる当事者の法律関係がどのように展開していくかを、見通しよく示す文献もまた必要である。それを書くのは、第一次的には研究者の役割であろう。実務家の手になる文献にそうしたものが存在することを否定するものではないが、全体的な役割分担としてはそのようにいうことが許されよう。極論すれば、個別法を研究する研究者はいつしか当該法分野の体系書を書くつもりで研究すべきである(実際に体系書の出版に結実することは多くないとしても)。しかし、そうした研究の蓄積は入管法に関する限りまったく十分でないというのが、筆者の認識である7)。¶004
ウ 本稿は、入管法の体系書につながるようなものとは到底いえないが、入管法の全体構造の見通しを少しでも良くするために、行政法の観点からの分析と記述を試みるものである。そうした狙いから、本稿では、入管法の専門家には自明と思われる事柄についても行政法の観点から解説を加えている。レベル感としては、法学部や法科大学院で行政法を学習している学生が、入管法に関する事例や判例に遭遇したときに手がかりを得られる程度を想定している8)。学習者の視線を意識することで、専門家にしか通用しない論理を問いなおし、法の支配からの一貫した説明を求め、入管法を、専門家だけの閉じられた世界とするのではなく、非専門家にも開かれた透明性のある世界へとしていく視座が得られると考える。¶005
エ 入管法は2023(令和5)年に大きな改正があり(令和5年法律第56号による改正。以下「令和5年改正」という)9)、2024(令和6)年にも改正される(令和6年法律第59号・第60号による改正)など、改正が相次いでいる。本稿では、必要に応じて改正の内容10)に触れつつ、改正を織り込んだ現行入管法11)の姿を描き出すことに意を用いる。¶006
以下では、まず、入管法の規定を外国人の出入国および在留の管理に関する一般的規定と難民認定に関する規定とに分け、外国人の入国・在留に係る権利の有無についての前提を確認する(後記Ⅱ)。次に、前者の規定を対象に、主として在留資格制度および退去強制制度について解説する(後記Ⅲ)。最後に結論として、入管法の体系的研究の必要性を述べる(後記Ⅳ)。¶007
Ⅱ 外国人の入国・在留に係る権利の有無
1 入管法の2つの規定
入管法12)のうち外国人13)にかかわる規定14)は、大きく分けると、①外国人の出入国および在留の管理に関する一般的規定(法2条の2~59条の2)と、②難民の認定に関する規定(法61条の2~61条の2の18)の2つから成る15)。この2つはどちらも広い意味では外国人の出入国在留管理に関する制度であり、相互に密接に関連するが、基本的なコンセプトはまったく異なっている。その違いは、一言でいえば、外国人の権利性の有無、そしてその裏返しとしての国(入管行政機関)の裁量性の有無である。¶008
2 外国人の出入国および在留の管理に関する一般的規定
ア 前記1①については、外国人には本邦16)に入国し在留する権利がないことが前提とされている。その旨を正面から判示したのが、いわゆるマクリーン事件に係る最高裁昭和53年10月4日大法廷判決17)(以下「最高裁昭和53年判決」という)である。この判決は、㋐「国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされている」、㋑「憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、……在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもないと解すべきである」、㋒「出入国管理令上も在留外国人の在留期間の更新が権利として保障されているものでないことは、明らかである」と判示し、国際法(㋐)・憲法(㋑)・法律(㋒)18)の3つのレベルにおいていずれも、外国人が本邦に入国し在留することを求める権利が保障されていないことを明言した。そして、そのことに対応して、出入国管理令(入管法)上、在留期間の更新の許否を判断する法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものであると判示した。¶009