Ⅰ はじめに
グローバル化が進む中で人の国際移動は急速に拡大するとともに多様化している。典型的な移民現象として我々は経済格差を背景とした途上国から先進国への南北移動を想定しがちである。しかしながら特に21世紀以降は先進国からの移動である北北移動や北南移動の重要性が高まっている1)。たとえば、法律・会計・金融などの専門知識を持つ高度・専門人材は、ロンドン・東京・ニューヨークといった「グローバル・シティ」と呼ばれる世界経済の拠点となる都市を転々と移動する2)。こうした華々しいグローバル・エリートたちの国際移動に加えて近年では高齢者・退職者といった経済活動を行わない人々の移動も増加している。彼らの移動は通貨間格差による生活費の相対的な安さを1つの契機としつつ、サービスを受ける消費者としての側面も持つ3)。また、ワーキングホリデー制度を利用して国際交流や文化的動機のもとに移住する「ライフスタイル移民」としての若者の存在感も増している。ワーキングホリデー制度は滞在国での休暇を楽しみながら滞在資金を補うための就労を認める二国間・地域間の取り決めであり、ツーリズムと結びつけて理解されてきたが、経済的・階層的要因に規定されていることも指摘されている。たとえば、大石奈々は住み込みで家事・育児を担うオペアとして渡豪した若年の日本人女性を対象とした研究において、彼らが英語力の不足や日本的な文化規範、人種的な要因により経済的に搾取されやすい構造を明らかにした4)。こうした高齢者や若者の移動は、福祉国家の退行や少子高齢化のもとでのケア労働の担い手不足、労働市場の再編に伴う若者の周縁化と無関係ではなく、日本社会の変容とグローバルな移動を相関させて分析する必要を基礎づけている。¶001