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I 戦争と法秩序

現在行われている露ウ戦争1)2022年2月24日に開始されたロシアによる対ウクライナ軍事侵攻は、国連総会決議ES-11/1によって非難されたように、ロシアによる侵略と解すべきである。したがって、ウクライナで生じているのは、ロシアによる侵略行為とそれに抵抗するウクライナによる自衛権行使の結果としての国際的武力紛争ということになる(なお、それ以前からウクライナ領内では、東部ドンバス地域を中心にウクライナ政府とロシアの一定の支配下にあったとされる反政府武装組織との間で武力紛争が継続していた。このことから、両国の間には、2022年2月24日以前からすでに国際的武力紛争が存在していたと見ることもできる)。本特集においては、こうした認識を踏まえつつ、一般的な呼称として「露ウ戦争」と表現している。は、国内および国際の法秩序にどのような影響を及ぼすだろうか。¶001

戦争と国家の憲法との間に、「切っても切れないつながり2)長谷部恭男『戦争と法』(文藝春秋、2020年)2頁。」があることは夙に指摘されてきた。第二次世界大戦後に日本が新憲法を制定するに至ったことは、その象徴であろう。¶002

戦争と国際法秩序との関係についても同様である。戦争および武力行使の法的規制という問題は、国際法および国際法学の存在理由の1つであった。他方で、戦間期の代表的な国際法学者(ジェイムズ・ブライアリー)によって、「戦争は、時として、それによって諸国が確立した国際秩序(the established international order)をあらためる(revise)手段の1つであった3)James Leslie Brierly, “International Law and Resort to Armed Force,” The Cambridge Law Journal, Vol. 4, No.3(1932), p. 318 (reproduced in idem, The Basis of Obligation in International Law, and Other Papers (Clarendon Press, 1958), p. 240).」と指摘されたように、戦争は、時に既存の国際法秩序を破壊し、新たな国際法秩序を創るものと認識されてきた。戦後にそれぞれ国際連盟および国際連合が創設された第一次および第二次世界大戦をすぐに想起することができるだろう。¶003

2022年2月にロシアがウクライナに対する軍事侵攻を開始して以来、多くの論者によって、それが「現存の国際秩序に対する重大な挑戦を意味する4)松井芳郎「ウクライナ領域の『併合』と国際秩序」法時94巻13号(2022年)1頁。」ことが指摘されてきた。そうした国際秩序を構成し、また現在重大な挑戦を受けているものとして、国際法の観点から、国際社会の基本構造としての主権国家体制、武力行使禁止原則および集団安全保障体制、武力による領域取得の禁止、武力紛争法・国際人道法の規則などが挙げられてきた5)松井・前掲注4)3頁、浅田正彦「ウクライナ戦争と国際法」浅田 = 玉田大編著『ウクライナ戦争をめぐる国際法と国際政治経済』(東信堂、2023年)5頁、酒井啓亘「国際連合の下での国際秩序維持の諸相」世界法年報42号(2023年)81頁参照。アラン・プレは、ロシアによるウクライナ侵略が「国際法秩序〔の〕存立に対する脅威」の1つであると指摘し、「国連憲章2条に規定される原則のほとんどすべてに違反した」と述べる(Alain Pellet, “War in Ukraine: Mutation or Resilience of the Principles of the United Nations Charter?” Revue Européenne du Droit, Vol. 5 (2023), p. 83)。こうした認識は、少なくとも一部の国際政治学者によっても共有されているように思われる。たとえば岩間陽子は、本侵攻が「挑戦し、破壊する」「国際社会の秩序を維持している諸制度」として、武力行使禁止原則、ヨーロッパの安全保障秩序、戦時国際法、半世紀にわたる核秩序を挙げる(岩間陽子「『戦後』秩序 再構築の条件」外交73号〔2022年〕8頁~10頁)。細谷雄一も、同侵攻が「第二次世界大戦後の国際秩序を大きく動揺させ」ると指摘する中で、「国際秩序の根幹」として、「自由民主主義のイデオロギーや市場経済の理念」とともに武力行使禁止原則、集団安全保障体制、武力紛争法規を挙げる(細谷雄一「動揺するリベラル国際秩序」外交72号〔2022年〕7頁~11頁)。。国際法秩序の根幹をなすこれらに対する挑戦の結果、それらが放擲される事態となれば、既存の法秩序は破壊されたと言わざるを得なくなるであろう。¶004

では、露ウ戦争によって、既存の法秩序は破壊されようとしているのだろうか。本特集・小栗論文が論じるように、現在のところ、たとえば国際連合という現存の法秩序において、安全保障理事会がロシアの拒否権行使によって同国を非難する決議を採択することができなくとも、朝鮮戦争勃発直後の1950年に採択された「平和のための結集」決議(国連総会決議377(V))を通じて構築された制度を活かして総会が緊急特別会期を開き、同国の軍事活動を侵略として非難する決議が採択されている6)UN Doc. A/RES/ES-11/1, 2 March 2022.。さらには、拒否権を行使した安保理常任理事国に対し、総会においてその理由を説明することを求める決議が採択されている7)UN Doc. A/RES/76/262, 26 April 2022.。これらの点に注目すると、既存の法秩序は必ずしも崩壊してはおらず、その危機に耐えながら、新たな法秩序を創造していると見ることもできよう。¶005

もとより先に示したブライアリーの見解においても、「時として」とされているように、すべての戦争が国際秩序を破壊するような影響を持つものとされているわけではない。ある戦争が国際法秩序に対してどのような影響を持つかを具体的に検討する必要がある。¶006

また、戦争と国際法秩序との関係を考える際には、「法秩序」としてどのようなものを想定するかということも問題となりうる。ブライアリーが想定していた国際秩序は単数形のものであったが、国際法秩序を複数形で理解することもできるだろう。国際法学においては従前より、「国際社会というと、地球上のすべての国家を包摂して自然に存在する単一の世界社会を連想しがちであるが、そうではなく、……国際社会は、……個々の多数国間条約の適用範囲と対応する8)山本草二『国際法〔新版〕』(有斐閣、1994年)17頁。」と指摘されることもあった。ここで言われる「国際社会」を「国際法秩序」と読み替えることができるとすれば、少なくとも個々の多数国間条約の数だけ国際法秩序は存在するのであり、ある戦争が1つの国際法秩序に与える影響もそれぞれであることが予想される。¶007

ロシアがウクライナに対する軍事侵攻を開始して、本稿執筆時点ですでに約1年5か月が経過した。現時点において本戦争の終結を見通すことはできず、したがって「戦後」の国際法秩序を展望することも困難である。しかし、同侵攻はすでに国内および国際の法秩序に様々な影響を与えている。本戦争の早期終結を期待しつつ、これら影響の内容を特定し、また、「戦後」国際法秩序の展望を描く準備が求められよう。こうした問題意識を踏まえ本特集では、「戦争と法秩序」に関する従来の議論と現在進行中の事態とを整理することで、露ウ戦争が法秩序に与えてきている影響および戦後の法秩序に関する今後の展開を見ていく際に留意すべき点を示すこととしたい。¶008

Ⅱ 本特集の内容

ロシアの対ウクライナ軍事侵攻が日本の憲法秩序にどのような影響を与えようとしているか、その中で憲法9条にどのような意義があるかを検討したのが、江藤祥平「戦争と憲法秩序──ウクライナ侵攻に直面して」である。同論文は、同侵攻が、日本国内における憲法9条の評価をめぐる大きな認識の対立を招いたこと、その中で政府が安全保障政策の大転換に踏み切ったことに注目する。その上で、憲法9条に関して対立する2つの認識の背景にある要因を分析し、「9条が法規範として機能するための解釈論のあり方を探求」する。結論として、日本が憲法9条の「崇高な理念」に固執することは、国際社会における「グローバル多元主義」を推進するものとして大きな重要性を有し、同時にそのことが日本の安全保障環境を向上させる、すなわち、「従来の9条実践は、国際・国内双方の秩序にとって重要な意義を有する」と評価する。¶009

戦争と国際法秩序との関係を、国際法史という観点から検討し、現状の位置づけを示したのが小栗寛史「戦争と国際法秩序──国際法史からの眺め」である。同論文は、国際法による戦争・武力行使の規制(jus ad bellum)と国際社会の平和および安全の確保のための制度構想(国際安全保障体制)に着目し、それらに関する従来の歴史的描写は「やや単線的に過ぎる」として、「複合的に把握する」ことで、「国際法秩序の維持手段としての戦争」から「国際法秩序によって禁止された戦争」への史的展開を追う。その上で、戦争に対する国際法秩序の反応としての集団的不承認に着目し、最後に露ウ戦争という衝撃に耐えている国際法秩序の現状および将来の不透明さを指摘する。さらに、西側諸国が主張する「ルールに基づく国際秩序」に対する中国、ロシア、第三世界諸国による批判と、それと後者の諸国が示す秩序構想との異同にも触れ、国際法秩序の「大がかりなアップデート」の必要性を指摘するとともに、そのための検討課題を提示する。¶010

こうした秩序構想をめぐる構図の中で、日本政府が近年強調するのが、「法の支配」である。岡野公彦「ロシアによるウクライナ侵略を受けた、日本の『法の支配』外交」は、近年の日本外交における「法の支配の強調」について、ロシアによるウクライナ侵攻が続き、またより大きな文脈としての「国際社会の『分断』の危機」の中で、「国連加盟国が幾度となくその重要性を確認してきた、法の支配という……言葉」が注目された背景を示すとともに、2022年9月以降の国連での取組から2023年5月のG7首脳コミュニケにおける結実までを描く。その具体的な内容として、「国際法の誠実な遵守」、「武力による領土取得の禁止」、「協力義務」が挙げられたことを指摘し、各々の内容および相互の関係を示す。こうして国際社会において一定の足場を築くこととなった「法の支配」という秩序構想が、今後どのように根付き、確立していくのか、大いに注目される。¶011

戦争と国際経済法秩序との関係を検討するのが、北村朋史「対ロシア貿易制裁とWTO──WTOは国際の平和と安全の敵か」である。ロシアによるウクライナ侵攻に対して西側諸国がとる対ロシア貿易制裁についてはWTO協定違反の可能性も指摘されており、違反ということになれば、平和および安全の回復を図る取組に対してWTO協定が法的な制約を課すということにもなる。こうした緊張関係について本稿は、GATT21条の安全保障例外と戦争の法的位置づけとの関係という観点から、戦間期に米国が締結した互恵通商協定から現在の安全保障例外条項への流れを整理し、現代のjus ad bellumとGATTの安全保障例外条項との「ズレ」を指摘する。その上で、そのズレがどのように解消されうるかを詳細に検討し、「WTOのパネルにとって最も現実的な選択肢」を示しつつ、それが「WTOの自壊を招きかねない」ことも指摘する。そのことは、WTOが一般国際法という法秩序の中に位置することの帰結である。¶012

戦争と武力紛争法秩序との関係について、核兵器使用の法的評価問題を取り上げるのが、真山全「武力紛争法における『核の忘却』の終焉──対ウクライナ核攻撃を武力紛争法からどのように・どこまで非難できるか」である。害敵方法および害敵手段の規制に関する武力紛争法の中核をなすジュネーヴ諸条約第1追加議定書が核兵器使用に適用されるかという問題や、文民と民用物に向けられる核兵器による戦時復仇(核復仇)が認められるかという問題については、同議定書作成当時(1977年)から決着がついていなかった。その後冷戦の終焉によってこの問題は「忘却」されたところ、今般のロシアによる核兵器使用の威嚇によって、いわば忘却の彼方から呼び戻されたのである。さらに、「東アジアの核兵器保有国と日本の間の議定書適用関係は露ウクライナ間のそれと基本的に同じである」ことが指摘され、日本政府に対する提言も示される。¶013

和仁健太郎「ロシア・ウクライナ戦争から考える中立法の現在──交戦国への軍事援助の国際法的評価」は、伝統的国際法において確立していた中立法の現在について、西側諸国によって行われているウクライナに対する武器の提供その他の軍事援助の位置づけという観点から検討する。本稿は、伝統的国際法における中立法に関する──「一般的・教科書的理解と大胆に異なる」──筆者自身の見解を踏まえ、武力行使が一般的に禁止される現在の国際法においては、交戦国は侵略国と自衛権行使国とに区別され、後者の援助要請を受けて行われる軍事援助は集団的自衛権の行使と位置づけられると指摘する。この点に関連して、いずれの国を侵略国とし、また自衛権行使国とすることができるかという問題については、露ウ戦争に関するかぎり、国連総会緊急特別会期において、ロシアによる「侵略」と認定する決議が採択されたことを重視する。¶014

個々の多数国間条約の数だけ国際法秩序が存在すると解するのであれば、多数国間条約(設立文書)によって設立される国際機構は、それぞれが1つの国際法秩序を形成していると言える。そうした国際機構から加盟国を排除するということは、「いかなる場合に認められ、また、その法秩序にとってどのような意味をもつのだろうか」という問題を扱ったのが、岡田陽平「国際機構からの排除という『制裁』──資格停止、除名、あるいは脱退」である。同論文は、国際機構によるロシアの排除の合法性について検討した上で、「ロシアの排除は、国際機構という法秩序を壊しかねない愚行か、それとも法秩序として耐えるために必要な措置か」を検討する。設立文書に排除規定を置くこと自体が、当該法秩序をどのように認識するかという問題と関わるが、実際に排除することとなれば尚更である。同論文は、「国際機構が形成する法秩序もまた一様ではなく、構成国を排除すべきか否かは、それぞれの法秩序の特質に依存する」と指摘する。¶015

同様に、条約もそれぞれが1つの国際法秩序を形成していると言える。それに対する戦争・武力紛争の影響を検討したのが、若狭彰室「武力紛争が条約に与える影響と露ウ戦争」である。「伝統的に、戦争は、交戦国の条約関係、特に交戦国間の条約関係を終了又は停止させる事由ないしかかる権利を生じさせる事由とされてきた」ことを踏まえた上で、同論文は、現代国際法における武力不行使原則の成立がそれにどのような影響を与えたかという観点から2つの仮説を立てた上で、ロシアによる侵攻開始後にウクライナがとった対応などを、後者の国内資料を丹念に検討することによって明らかにし、それら仮説の妥当を示す実践があることを示す。その上で、これらの点に関する法的規律の明確化およびそのための構想が求められることを指摘する。¶016

ここまでの論文はいずれも、国内および国際の法秩序に対してすでに生じつつある影響を整理したものと言える。それに対して、「戦後」を視野に入れた検討を行ったのが、越智萌「露ウ戦争とjus post bellum──変革的正義のための制度設計にむけて」である。戦争・武力紛争に関する国際法としては、伝統的に、その開始に関わる法(jus ad bellum)と遂行に関わる法(jus in bello)とが論じられてきたが、2000年代以降、その終結過程および終結後に関わる法(jus post bellum)を論ずる必要性が主張されてきた。同論文は、こうした議論状況を整理した上で、変革的正義という観点から、刑事司法と賠償に関する価値の相克と新たな課題を一般論として指摘し、それを踏まえながら、露ウ戦争に関連する戦争犯罪裁判および賠償メカニズムに関する課題を明らかにする。¶017

様々な視点に基づくこれらの論稿が示すように、国際法秩序を全体として捉えた場合でも、個々の国際法秩序を念頭に置く場合でも、ロシアによるウクライナ侵攻は国際法秩序を破壊するには至っておらず、国際法秩序はその衝撃に耐えながら、分野によっては新たな秩序を準備しつつあると言うことができるだろう。また、ウクライナの地で行われている戦争ではあるが、すでに、日本の法秩序および外交に、目に見える形であるいは潜在的に影響が生じていることも注目される。本戦争の衝撃の大きさを示すものであろう。¶018

本稿執筆時点(2023年7月20日)でも本戦争は続いており、したがってそれが法秩序に与える影響も続くことや変化することが予想される。とりわけjus post bellumを含む今後の秩序構想に関わる部分は、これからますます注目されることであろう。もとよりそれ以外の部分についても、今後の展開から目を離すことはできない。本特集がその際の視点を提供することができれば幸いである。¶019

なお、武力行使禁止原則と武力不行使原則、国際機構と国際組織というように、執筆者によって用いる術語が異なる場合があるが、これらの間に特段の意味の違いはない。他方で、伝統的国際法における戦争の位置づけおよび中立法の理解等についても執筆者による違いがあるが、これらは各論説の秩序観の違いを示すものであり、そうした違いを比較することで、国際法秩序に対する理解を深めていただきたい。¶020