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序章 捜査概説

序説

A. 捜査の意義¶001

(1)刑事手続の起点¶002

(a)刑事手続の最初の段階が捜査である。¶003

捜査とは、犯罪があると疑われる場合に、捜査機関が、その事実を確認し、関連する証拠やその他の情報を収集・保全するとともに、犯人と思われる者(被疑者)を特定し、必要に応じ――かつ、今日の法制下では、法定の要件と手続に依る限りにおいて――その身体を拘束・保全して、訴追機関に依る公訴を提起するか否かの決定に供し、同時に、公訴を提起したときの遂行に備える一連の手続過程を謂う。¶004

(b)(ⅰ)従って、捜査は、通常、先ず、捜査機関が、何らかのないしから「犯罪があると思料する」――即ち、その疑いを抱く――ことによって開始される(刑訴法189条2項1)同規定の淵源である治罪法92条は、「〔同法で捜査の主宰者とされる〕察官ハ……告訴告発現行犯其他ノ原由ニ因リ犯罪アルコトヲ認知シ又ハ犯罪アリト思料シタル時ハ其證憑及ヒ犯人ヲ捜査〔す可し〕」と規定していた。そこで言う「認知」とは、「確實ニ知リ得タルコト」(井上操・講義(中)4頁)ないし「信認知得シテニ之ヲ疑ワサルノ謂」(堀田=高谷・異同辨(3)(上)7頁)であるのに対し、「思料」とは、フランス語の" soupçon "、即ち「疑念アルコト」(井上操・同上書5頁)ないし「推測疑察シテ未タ之ヲ確信セサルノ謂」(堀田=高谷・同上)であるという差異があるものの、それは「ノ差アルニ過キス……二語ヲ掲ケタルハ……ニ罪アルコトヲ認知シタルトキノミナラスニ之レアリト思料シタルトキトモ亦タ必ス捜査ノ處分ヲ行フヘキコトヲ知ラシメムカメ」(堀田・釋義(上)401~402頁)であり、確実に「認知」することまでは不要とするところに主意があったから、用語法としては、「思料」の一語で「認知」の場合をも包摂して表現させることもできなくはなかったと思われる。現に、その規定をそのまま存置した明治刑訴法から大正刑訴法への全面改正時に、その点は「思料」に一本化され(同法246条)、それが現行法の189条2項に受け継がれたのである(なお、主体が、治罪法では、各違警罪裁判所で検察官の職務を行う同裁判所所在地の警部をも含む意味で「檢察官」とされていたのが、明治刑訴法から、それを除く趣旨で「檢事」と改められたうえ、現行法では、新たに第一次捜査機関となった「司法警察職員」へと変更された。別稿【刑事訴訟法余瀝2】〔リンク予定〕参照)。)。このないしを、一般に、「捜査の端緒」と呼んでいる。¶005

(ⅱ)ここで「犯罪がある」と言う場合の「犯罪」とは、具体的に如何なる罪に当たる如何なる事実があるのかが初めから特定されていることまで意味するものでは必ずしもない。実務上何を以て「捜査の着手」としているかは別として2)警察実務では、警察官が「犯罪がある」と思料するときは、原則として、先ず、所属組織内の順を経て警察本部長または警察署長に報告し、その指揮を受けて捜査に着手するものとされており(犯罪捜査規範76条)、その意味で、公式に「捜査の着手」がなされたことが識別され得る。、捜査機関が、未特定ではあるものの犯罪があるという疑いを抱いたことから、これを確認するため事実の調査を開始するのも、性質上は既に捜査だと言って良い(第2章第2節1(1)Aで警察官に依る職務質問の法的性質について述べるところも参照)。¶006

(2)「行われようとしている犯罪」と捜査¶007

(a)また、「犯罪が」(傍点筆者)と言うのも、犯罪が既に行われ、または現に行われつつあることを専ら意味する、と限定して捉えなければならないものでは必ずしもなく、犯罪がこれから行われようとしていると疑われる場合にも、一定の捜査活動を行うことができるものと解される。¶008

(b)(ⅰ)この点で、ヨーロッパ大陸法(中でもフランス法)系諸国では、伝統的に、「行政警察(police administrative)」と「司法警察(police judiciaire)」とが区別されてきた3)その区別は、権力分立が強く意識されたフランス革命期の法制を淵源とするものであったが、実際上の意義は、行政裁判所と通常裁判所との間での裁判管轄の区別の基準となるという点にほぼ限られてきたと言われる。井上・通信傍受143~144頁。
ドイツでは、一般に、基本的に州ごとに組織されている警察本来の責務である「予防(Prävention)」ないし「危険防止(Gefahrenabwehr)」の作用と、犯罪捜査全般に亙る責務・権限を有する検察官の補助者として警察官が行う「〔処罰による〕禁圧(Repression)」ないし「刑事訴追(Strafverfolgung)」のための作用との区別として論じられる。
これに対し、英米法系諸国では、そのような区別は見られない。
。そして、我が国でも、明治初期に法制上その区別が採り入れられて以来4)検事職制章程(明7)10条、行政警察規則(明8)1条。、行政警察とは《犯罪が発生する前にその発生を防止する警察作用》を謂うのに対し、司法警察とは《犯罪の発生後にこれを捜査し、訴追・裁判に備えて証拠を収集するとともに、犯人ないし被疑者を逮捕ないし検挙することにより、司法――ないし準司法――機関(裁判所や検察官)の作用を補助する警察作用》を謂う、と位置付けられてきた5)【刑事訴訟法余瀝2】(リンク予定);井上・通信傍受142~144頁参照。¶009

このような伝統的な観念を前提にするときには、未だ発生していない犯罪に関する証拠や情報を収集することは、その発生の防止を目的とする行政警察活動に属し、犯罪が既に発生していることを前提とする司法警察活動ないし捜査の対象とはそなり得ないようにも見える6)治罪法時代から、「捜査ヲスノ原由ハ……犯罪ナルカ故ニ其之ヲ行フノヲ発生スルモ犯罪成立ノ日ニ在リ依此觀之ソ捜査權ハ犯罪ニツテ発生スルモノニアラス」(井上正一・講義478頁)とか、「犯罪ナクシテ捜査權発生スルノ理アランヤ……然ルカ故ニ捜査權ナルモノハ犯罪ニ先タチテ生スルモノニアラス」(堀田=山田・司法警察事務7頁)などとすら説かれていた。。上記刑訴法189条2項の「犯罪がある」とは犯罪が既に発生していることを意味すると――特に立ち入った検討もないまま、あたかも自明のように――理解する見解が従来多かったのは、そのためである。¶010

(ⅱ)しかし、犯罪が既に発生しているとの疑いにより捜査を行う場合であっても、結果として、被疑事実は発生していず、あるいは認知された事実が犯罪を構成するものではなかったことが判明するということもあり得るから、実体的な犯罪の発生を手続面での司法警察ないし捜査の権限の存立根拠とするのは、自己撞着を来すきらいがある。¶011

そればかりか、上記の区別を基本とするとしても7)旧法時代に既に、「〔両者〕の間には密接にして分離すべからさる関係」(小野・講義347頁)が存し、「両者を全然分離することは実際的にも理論的にも支持され得ない」(團藤・綱要169頁)との指摘があった。
むろん、両者を混沌とした状態に置くと、例えば旧法時代に屡々、警察が行政執行法による行政検束を被疑者取調べのために転用するという悪弊が見られた(【刑事訴訟法余瀝2】〔リンク予定〕参照)ように、専ら一方の警察作用のために認められている権限が他方の警察作用のために悪用される事態を誘発するおそれもないわけではないから、警察官などへの権限付与にあたっては、法令上、両者の区別を前提にした明確な位置付けおよび許容要件・手続の設定により権限行使の限界を厳格に画しておくことと、それに対応した警察組織内での職制・指揮監督系統の画定が必要とされるのは、言うまでもない。
、《司法警察活動ないし捜査は犯罪の解明・訴追を目的にする作用である》から、《専ら「既に行われた」か「現に行われつつある」犯罪のみが対象になる》、あるいは、《将来行われるであろう犯罪を対象にする》のは《総てその予防を目的とする行政警察の作用である》から、《司法警察活動ないし捜査には属しない》とするのは、論理上当然の帰結ではない。犯罪が発生する前であっても、後に発生した場合にその解明や被疑者の検挙・訴追を迅速かつ実効的に行うため、それに備えて証拠や情報を収集・保全するなど一定の措置を取っておくことも十分考えられるからである。¶012

(c)(ⅰ)実際、従来の捜査実務においても、例えば、スリの検挙8)犯行前からスリだと疑われる者を捜査官が監視していて、犯行に及んだところを現行犯逮捕するというのが、最も通常のやり方だとされる。やいわゆる「迎撃捜査9)出店し」(夜間に店舗等に侵入して物品を盗み出す事犯)が連続して発生しているときなどに、次に狙われる店舗等を予測して、その場所に捜査官が張り込み、犯人が犯行に及んだところを検挙するという捜査手法を謂う。」、更には後述のおとり捜査など、犯行前に着手し、犯行を待って犯人を検挙するという手法も用いられてきた。¶013

むろん、犯罪が実行される前に実行しそうな人を逮捕すれば、実行は阻止され、実行されなかった犯罪を理由にその者を訴追するということもあり得ないから、それは予防的処分以外の何ものでもなく、これを捜査として行うことは凡そ許されない。しかし、犯罪の実行に及べば逮捕する態勢の下に、それに備えて上記のような一定の活動をすることは、犯罪の予防ではなく、犯罪の摘発――ひいては、その訴追・処罰――こそを目的とするものであり、そうである以上、司法警察活動ないし捜査の範疇に属すると言うべきであろう。¶014

(ⅱ)証拠収集との関係でも、後に犯行を実行するに至る者の犯行計画や犯行準備に関する情報・記録など、犯罪が実行される前から存在するものも、その犯罪が行われたときには有用な証拠となり得るのであるから、その犯罪が実行される相当程度の蓋然性がある一方、その時点で当の証拠を確保しておく必要性が高いと認められるときなどに、後に予想される本格的な捜査・訴追に備えて、これを収集・保全しておくということも許されないわけではないと思われる。中には、犯罪の発生が予測されても、発生場所が不明であるなど、防止の措置を講じることはできず、せめて、発生した場合に犯人を検挙・処罰するため、予め証拠等を保全しておくべきだと考えられる場合もあろう。¶015

これらの場合にも、その活動は、特定犯罪の解明・摘発こそを目的とし、訴追の準備をするものにほかならないから、同様に、司法警察活動ないし捜査と位置付けて然るべきである10)詳しくは、井上・通信傍受142~157頁参照。¶016

(ⅲ)現に、現行刑訴法の解釈としても、最高裁の判例は、「少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意として許される」(傍点筆者)ことを認めている11)最(一)決平成16年7月12日・刑集58巻5号333頁。高裁裁判例にも、「当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり、あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性及び緊急性があ」るときには、犯罪が行われる時点以前からその場所をテレビカメラで継続的に撮影・録画することも、捜査の一環として許されるとしたものがある12)東京高判昭和63年4月1日・判時1278号152頁¶017

そして、現行法規上も、通信傍受法には、後に詳述するように、これから行われる犯罪をも対象に含めて、捜査手段として電気通信の傍受を行うことを許す規定(3条1項2号および3号)が設けられている13)その解釈――ないし、本文の論点との関係での位置付け――については、第5章第4節;井上・通信傍受158~159頁;井上「挑む」168~169頁参照。¶018

このように、これから行われようとしていると疑われる犯罪を対象にした捜査というものも、観念し得るのである。¶019

(d)もっとも、未発生の犯罪の場合、行われる蓋然性が極めて高いと認められるときであっても、何らかの事情で実行に移されない可能性は常にある。そして、それが実行されずに終わったときには、結局、捜査に依る解明や訴追の準備ということも無用となってしまうのであるから、そのような段階で、捜査として如何なる処分や措置を行うことが許されるかについては、更なる慎重な検討が必要である。¶020

殊に、後述のように、強制処分は性質上、対象者の重要な権利・利益の侵害ないしその危険を生じさせるものであるため、それに依るのは必要最小限にめるべきだと考えられることからすれば、ここでも、強制処分まで用いることが正当化され得るのは、上記通信傍受法の規定に見るように、間近に重大な犯罪が行われる蓋然性が相当高いうえ、それが実行されるまで待っていたのでは関連する有用な証拠がなくなってしまうため、予めこれを保全しておく必要性・緊急性が著しく高い場合などに限られるであろう14)井上・強制捜査162~163頁。¶021

B. 捜査の概容と本シリーズの構成¶022

(a)以上のようにして開始される捜査は、①証拠やその他の情報の収集・保全と②被疑者の身体拘束とを主たる内容とする。このうち②は、常に行われるものでは必ずしもなく、その理由と必要があるときのみに限られる。その理由と必要とを裏付けるためには、通常、先行して①が相当程度行われていることが前提となるが、②が行われた場合、それを踏まえて、①もまた進展することが多く、両者は相互に密接に相関し、相互作用を積み重ねながら進行していく。¶023

①の活動にも、大きく分けて、(ア)被疑者や参考人から取調べ等により供述を得ることと、(イ)捜索・押収、検証その他の処分や鑑定などにより証拠物や種々の情報を収集・保全することの2種類があるが、この両者の関係についても、同様に、どちらかが常に先行するというものではなく、前後することがありながら併行し、密接に相関しながら実施されるのが通常である。¶024

ただ、本シリーズでは、便宜上、「被疑者の身体拘束」、「被疑者等の取調べ」、「捜索・押収、検証等」の順に論述することにする。¶025

(b)その論述の基本となるのは、従来利用されてきたタイプの捜査方法・証拠収集手段を主として念頭に置いて定められている現行刑訴法の規律であるが、その後の犯罪情勢の変動と社会状況の様々な変化(複雑多様化、科学技術の日進月歩の発展・普及、情報化、国際化、人々の生活様態・意識の変容や人間関係の希薄化など)に応じて、それらの従来型の方法・手段の枠内には必ずしも収まらないような――中には、それらとはかなり異質の――方法や手段が必要となり、捜査実務上考案され実施されるようになっているものや、学説での議論を含め検討課題とされているものも少なくない。それらの非従来型の捜査方法・証拠収集手段についても考究を及ぼし、各方法・手段に適した合理的な規律の在り方(既存の法規の合目的的ないし柔軟な解釈に依り対処可能か、立法的解決が必要ないし妥当かや、その規律内容)を明らかにしていくことが必要とされる。¶026

その幾つかについては、既に判例・裁判例や立法により解決が図られているが、本シリーズでは、上記各章の後に、別に「非従来型捜査方法・証拠収集手段」の章を設けて、未解決の問題や生成中のものをも含め、考究を試みることにしたい。¶027

(c)捜査の段階はまた、被疑者を始め、捜査機関の捜査活動の対象とされる者にとっても、それに因り自己の権利や自由その他の利益が不当に侵害・制約されないようにするとともに、殊に被疑者においては、将来自分に対して提起されるかもしれない刑事訴追とそれに引き続く裁判に備えて、防御の準備をする必要があるという意味でも、非常に重要な手続段階である。¶028

本シリーズでは、上記各手続についての論述に引き続き、「捜査の終結」の章の前に「被疑者等の権利」の章を置いて――必要に応じ、共通ないし連続する被告人としての権利をも含め――纏めて論述する。¶029

第1節 捜査機関

1 司法警察職員

A. 一般司法警察職員¶030

(1)警察官¶031

(a)前述のように、刑訴法189条2項は、「司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする」と規定する。そこに言う「司法警察職員」とは、刑訴法上の資格であり、同条1項に定めるとおり、主に警察官がこれに当たる。¶032

警察の使命は、本来的ないし伝統的には、犯罪の予防鎮圧や市民の保護、交通の取締りなど広い意味での行政警察的作用を遂行することにある15)別稿【刑事訴訟法余瀝2】(リンク予定)参照。が、それに加えて、犯罪の捜査や被疑者の逮捕などをも含み16)警察法2条1項。、この後者の使命のために、警察官は、刑訴法上「司法警察職員」として認められた権限を行使し、同法およびその関連法令に則って職務を果たすのである。¶033

(b)警察の組織は、国家公安委員会とその管理下にある警察庁、その地方機関である管区警察局(6局)等その他の付属機関、および、各都道府県公安委員会とその管理下にある各都道府県警察(本部〔東京都では警視庁〕と警察署等)より成っており、全国で26万2,000名近い警察官(2021年度定員)がいる17)警察白書(令5)図表1-1、1-2、7-1、資料3。警察署は全国で1,149を数え、警察官総定員262,093名中259,802名は都道府県警察に所属する(国家公務員である警視以上の地方警務官631名を含む)が、都道府県警察ごとに見ると、その規模は、警察署9・警察官1,231名(鳥取県)から警察署102・警察官43,486名(警視庁)まで大きな差がある。が、具体的事件の捜査は、基本的に、各都道府県警察の警察官がこれに当たることになっている18)特例として、令和4(2022)年に警察法が改正され(警察法の一部を改正する法律〔令和4年3月31日法律第6号〕)、同年4月以降、関東管区警察局に全国管轄の「サイバー特別捜査隊」が設けられて、警察庁所属の警察官が「重大サイバー事案」(国・公共団体の情報システムや重要インフラに対するサイバー攻撃、国際的ないし広域に亙る重大なサイバー犯罪など。警察法5条4項6号(ハ))の捜査に直接従事できることになった(同法30条の2)。「特集・警察法の一部改正について」警察学論集75巻7号(2022年)1頁以下参照。¶034

警察官には、警察庁長官を別として、警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長、巡査の9つの階級がある19)警察法62条。これに加えて、運用上のものとして、巡査の中から「勤務成績が優良であり、かつ、実務経験が豊富な」者を「巡査長」に任じ、他の巡査の指導などに当たらせるという態勢が採られている(巡査長に関する規則〔昭和42年6月1日国家公安委員会規則第3号〕)。¶035

(2)司法警察員と司法巡査¶036

(a)刑訴法上、司法警察職員には、「司法警察員」と「司法巡査」との区別があり、各種の令状を請求すること等一定の処置をする権限は、司法警察員(中でも、逮捕状や没収保全命令の請求については、警察官の場合、国家公安委員会または都道府県公安委員会が指定する警部以上の者20)刑訴法199条2項;麻薬特例法19条3項;組織犯罪処罰法23条1項;不競法35条3項。、通信傍受令状の請求については、更に絞って、それら各公安委員会が指定する警視以上の警察官、厚生労働大臣が指定する麻薬取締官、および海上保安庁長官が指定する海上保安官のみ21)通信傍受法4条1項。)に限って認められている。¶037

(b)司法警察員と司法巡査の範囲は、各(国家または都道府県)公安委員会の定めるところに依るとされている(刑訴法189条1項)。¶038

実際には、(ア)一般的に、巡査部長以上の階級にある警察官を司法警察員、巡査の階級にある警察官を司法巡査としつつ、これに加えて、(イ)個別的に、長官・管区警察局長ないし本部長において特に必要があると認められるときに、巡査の階級にある警察官も司法警察員に指定することができるものとしている所がほとんどである22)刑事訴訟法第百八十九条第一項及び第百九十九条第二項の規定に基づく司法警察員等の指定に関する規則(昭和29年7月1日国家公安委員会規則第5号)1条、刑事訴訟法第189条第1項及び第199条第2項の規定に基づく司法警察員等の指定に関する規則(昭和29年7月1日京都府公安委員会規則第3号)1条、司法警察員等の指定に関する規則(昭和29年7月1日千葉県公安委員会規則第1号)2条など多数。
これに対し、巡査部長以上の階級の警察官に加え、警視庁や大阪府警察のように、一定の部署(警視庁の場合、本部および各警察署の交通、鉄道、公安・外事、刑事、生活安全・少年、組織犯罪対策の関係各課・係等、島部警察署や幾つかの駐在所など。大阪府警察の場合、本部等および各警察署の生活安全、地域、刑事、交通、組織犯罪対策、犯罪対策戦略の関係各課・隊等)に勤務する巡査のうち、捜査に従事する者(警視庁)、あるいは巡査長である者(大阪府警察)をも、一般的に、司法警察員としている所もある。警視庁司法警察員等の指定に関する規則(平成5年2月2日東京都公安委員会規則第2号)2条2項、司法警察員等の指定に関する規則(昭和29年7月1日大阪府公安委員会規則第4号)2条1項および別表。
¶039

(c)これらの警察官に依る捜査実務は、刑訴法や刑訴規則のほか、国家公安委員会等が定めた各種の規則に準拠して行われているが、その中でも重要なものが犯罪捜査規範である。¶040

B. 特別司法警察職員¶041

(a)以上のような警察官のほか、刑訴法190条は、「森林、鉄道その他特別の事項について司法警察職員として職務を行うべき者」があることを規定している(講学上、上記Aの「一般司法警察職員」と区別する意味で、「特別司法警察職員」と呼ばれる)。この特別司法警察職員は、特別の法律の定めのある場合に限り、しかもその法律に定められた特別の事項についてのみ、司法警察職員としての職務を行うことができる。¶042

(b)現行法上、具体的には、【別表1】に示すとおり、司法警察職員等指定応措法および司法警察官吏等指定勅令のほか、上記別表に挙げた個別の法規が、これを定めている。¶043

これらの特別司法警察職員の中には、専ら「司法警察員」としての職務を行うとされているものと、上記(2)と同様、「司法警察員」と「司法巡査」の区別が設けられているものとがある。また、その特別司法警察職員に依る捜査活動についても、刑訴法や刑訴規則のほかに、上記の犯罪捜査規範に相当する準則が定められている場合がある23)例えば、海上保安庁犯罪捜査規範(昭和36年海上保安庁訓令)、自衛隊犯罪捜査服務規則(昭和34年12月21日防衛庁訓令第72号)など。¶044

(c)このほか、特別司法警察職員ではないが、一定の犯罪について「犯人及び証拠を捜査する」職責を有する者として、国税庁査察官がある24)財務省設置法27条〔国税庁職員が行った職務犯罪、その共犯事件、または国税庁職員に対する贈賄の罪につき捜査権を有する〕。ただし、現行犯逮捕を除き、強制処分を行い、または請求する権限は有しないため、強制処分をするには、検察官または一般司法警察職員(警察)との協力に依る捜査が必要となる。¶045

【別表1】特別司法警察職員一覧表¶046

2 検察官・検察事務官

A. 捜査権限¶047

これに加えて、刑訴法191条は、1項で、「検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる」と規定し、検察官にも捜査権を与えるとともに、2項で、検察事務官は、検察官の指揮を受けて、捜査に当たることを規定している。¶048

検察官は、刑事手続のみに限らず、「公益の代表者25)検察庁法4条。」として法令に定められた様々な事務に携わるが、特に刑事手続との関係では、起訴独占主義(刑訴法247条)の下で独占的に公訴権の行使を付託された公訴官として、個々の事件について公訴を提起するか否かを決定し、公判活動を行うとともに、裁判の執行の指揮にも当たるばかりか、自ら――ないしは、検察事務官を指揮して――犯罪の捜査に携わる職権を有する捜査機関でもあるのである。¶049

B. 検察官と検察事務官¶050

(1)検察官¶051

(a)検察官には、検事総長、次長検事、検事長(各高等検察庁の長)、検事(令和5〔2023〕年3月末現在定員1,876名)および副検事(同879名)の5種類がある26)法務年鑑(令4)373頁。このほか、地方検察庁の庁務を掌理する「検事正」(検察庁法9条)や2人以上の検事または副検事の属する区検察庁に置かれる「上席検察官」(同法10条)があるが、これらは職名に過ぎない。¶052

(b)各検察官は、その事務を統括する官署である検察庁(最高検察庁、高等検察庁〔8庁・6支部〕、地方検察庁〔50庁・203支部〕、区検察庁〔438庁〕)に属するが、法令上の権限を有するのは個々の各検察官であって、検察庁ではない(その意味で、検察官は「独任制の官庁」とも称される)。¶053

(c)検察官のうち副検事は本来、各区検察庁に配属されて、その所管に属する事件について検察官の職務を行うものである27)検察庁法16条2項。が、「地方検察庁検察官事務取扱い」として、地方検察庁の所管に属する一定の事件(比較的簡易な窃盗、詐欺、横領、覚せい剤取締法違反等)の捜査、公判活動に従事する者もいる。¶054

(2)検察事務官¶055

(a)検察庁は、このほか、検察事務官、検察技官等多数(同上定員約9,000名)の職員を擁する。¶056

(b)このうち検察事務官は、検察庁の事務を掌るとともに、上記のとおり、検察官を補佐し、その指揮を受けて捜査を行うことを本来の職務とするが、これに加えて、「検察官事務取扱い」として、区検察庁において、交通事犯などにつき検察官の職務を行う者もいる28)検察庁法27条3項、附則36条。¶057

C. 検察官と司法警察職員との関係¶058

(1)相互協力の関係¶059

(a)このように、検察官も自ら――あるいは、検察事務官を指揮して――捜査を行う権限を有するうえ、司法警察職員が被疑者を逮捕し、あるいは私人により現行犯逮捕された被疑者を受け取った場合、留置の必要がないと思料するときを除き、一定時間以内に、書類および証拠とともに、その被疑者を検察官の許に送致して、その身体拘束を更に継続するため勾留を請求すべきか否かを検察官に判断してもらわなければならない(刑訴法203~206条)。司法警察職員が捜査を行った以外の事件も、原則として総て検察官の許に送致――または、告訴・告発事件の場合、送付――され(同法242条、246条)、検察官がそれにつき公訴を提起するか否かを決定することになっている。¶060

(b)しかし、旧法時代に検察官が捜査の主宰者であり、司法警察官吏はその補助者として検察官の指揮の下に捜査に従事するものとされていたのとは異なり、現行法下の捜査機関としては、検察官と司法警察職員とは上命下服の関係にはなく、それぞれ独立であることを基本としつつ、「互いに協力」すべき関係(刑訴法192条)にある(この現行法の定めに至る歴史的推移については、別稿【刑事訴訟法余瀝2:犯罪捜査に関する検察・警察相互関係の歴史的推移】〔リンク予定〕参照)。¶061

(2)第一次捜査機関と第二次捜査機関¶062

(a)しかも、上記のように、刑訴法上、司法警察職員については、「犯罪があると思料するときは……捜査する」(傍点筆者)とされているのに対し、検察官については、「は……捜査することが」(傍点筆者)とされていることから、司法警察職員が第一次捜査機関であり、検察官・検察事務官は第二次捜査機関だと位置付けられてきた。¶063

(b)実際にも、ほとんどの事件では、第一次的に捜査を開始し、これを遂行するのは司法警察職員(主として警察官)であり、検察官・検察事務官は、それらから事件(ないし被疑者の身柄)の送致・送付を受け、必要に応じ併行して――あるいは、補充的に――捜査を行う、というのが普通である。¶064

検察官が独自に、当初から直接、捜査に当たるのは、いわゆる直告事件(検察庁に直接、告訴・告発がなされた事件)や、主要な地方検察庁に設置されている特別捜査部ないし特別刑事部29)特別捜査部は東京、大阪、名古屋の3地方検察庁に、特別刑事部(特捜事件と公安事件を担当)は札幌、仙台、さいたま、千葉、横浜、京都、神戸、広島、高松、福岡の10地方検察庁に、それぞれ置かれている。が扱う大きな贈収賄事件や政治的事件、財政経済事件(税法違反、会社法違反・独禁法違反・証取法違反等の企業犯罪、出資法違反等の金融犯罪、企業に係る詐欺・背任・業務上横領事件等)など、一部の事件に限られている。¶065

(3)検察官に依る司法警察職員の捜査に対する規制¶066

(a)ただ、捜査が司法警察職員によって行われる場合にも、それは最終的に検察官に依る起訴・不起訴の決定――更には、公訴が提起された場合のその遂行――に結びつくことを目的とするものであり、その捜査が適正、有効かつ十分になされるか否かは、後者の成否をも左右し得るものであるから、公訴の任に当たる検察官の立場から、その司法警察職員に依る捜査に対し、次の3通りの形で規制を行う権限が認められている。¶067

① 一般的指示¶068

検察官が、管轄区域内の司法警察職員に対して、その捜査に関し、「〔これ〕を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項に関する一般的な準則を定める」形で指示を行うものである(刑訴法193条1項)。¶069

その実例としては、「捜査書類基本書式例」を定める検事総長の一般的指示、未検挙重要事件に関する必要な証拠の収集・保全について定める各地方検察庁検事正の一般的指示、微罪事件の送致手続の特例(同法246条但書に拠る、いわゆる「微罪処分」)について定める各検事正の一般的指示などがある。このほか、捜査を適正にさせるための遵守事項や司法警察職員からの必要な報告事項なども、一般的指示の対象となり得るものとされる。¶070

② 一般的指揮¶071

検察官が、自ら捜査を行うことにつき協力を求めるため、管轄区域内の司法警察職員一般ないし関係する司法警察職員一般に対して、必要な指揮を行うものである(同条2項)。¶072

具体的事件につき、検察官が自らの捜査の方針や計画を示して協力を求めることや、複数の司法警察職員の捜査が競合し、調整が必要になった場合に、検察官が自らその捜査を主宰し、その一般的指揮の形で調整を行うこと30)犯罪捜査規範47条など参照。などが、その例として挙げられる。¶073

③ 具体的指揮¶074

検察官が、具体的事件について自ら捜査を行う場合に、必要に応じ、司法警察職員を指揮して、その補助をさせるものである(同条3項)。¶075

検察官の独自捜査事件のみならず、司法警察職員から送致・送付を受けた事件につき、検察官がその司法警察職員に対して、必要な補充捜査を求めるのも、これに依る。¶076

(b)そして、これらの指示や指揮の実効性を担保するため、司法警察職員はそれに従わなければならず(同条4項)、司法警察職員が正当な理由なくこれに従わない場合において必要と認めるときは、検事総長、検事長または検事正は、警察官については国家公安委員会(国家公務員たる警察官の場合)または都道府県公安委員会(その他の警察官の場合)に、それ以外の司法警察職員についてはその者に対して懲戒・罷免権限を有する者に、それぞれ懲戒または罷免の訴追をすることができるものとされている(同法194条31)この請求を受けた者が懲戒または罷免に関する処分をする場合における処分の種類、手続、効果については、刑訴法に定めのあるもののほか、それぞれ、当該職員に対する通常の懲戒処分の例に依ることとされている。司法警察職員懲戒法2条。)のである。¶077

第2節 捜査の原理

現行法(憲法、刑訴法その他の関係法令)上、捜査手続は様々な趣旨や考慮に由る法的規律に服しており、それに従って遂行されなければならない。それらの法的規律の中でも基幹に位置し、既存法規の解釈・適用はもちろん、新たな立法的手当の要否やその内容を検討・考案するうえでも、基本枠組ないし指導原理となるのが、強制処分法定主義と令状主義である(ただし、後述のとおり、それらが捜査法の総てをべる一元的原理ないし唯二の観点というわけではない)。¶078

1 強制処分法定主義

A. 現行法の構成¶079

(1)強制処分法定主義規定と令状主義規定¶080

(a)刑訴法197条1項は、「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない」と規定し32)現行刑訴法において、「取調」、「取調べ」ないし「取り調べる」という語は、①人に対し質問するなどして、その者の供述を得ようとすること(ないしその行為)(198条1項、2項、223条1項など)、②証拠を所定の方式で調べること(ないしその行為)(282条、296条など多数)、あるいは、③事実(関係)を認知・確認するため資料を調査すること(ないしその行為)(43条3項、393条1項など)との意味でも用いられているが、この197条1項本文で言う「取調」とは、それら三様の用法とも異なり、後述する治罪法時代以来の同規定の沿革(詳しくは、別稿【刑事訴訟法余瀝3】〔リンク予定〕参照)および同項但書の文言との対比から明らかなように、但書に言う「〔強制の〕処分」を含む《捜査のための調査・情報収集その他の活動》一般を謂うものであり、「処分」と言い換えられることが多い。、捜査上、強制処分は、刑事訴訟法にそれを許す特別の規定がある場合に限って用いることができることを明らかにしている(強制処分法定主義)。¶081

(b)これに加えて、強制処分のうち多く(後述のとおり、憲法33条に言う「逮捕」、または同法35条1項に言う「住居」、「書類」、「所持品」についての「侵入」、「捜索」、「押収」に当たると認められるもの)は、憲法の令状主義(後述)の支配を受け、原則として、予め裁判官の発する令状に基づいて行われなければならない。¶082

(2)「強制処分」・「強制捜査」と「任意処分」・「任意捜査」¶083