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Ⅰ はじめに

被害者証人が公判証言する際にとられた遮蔽措置の合憲性が争われたアメリカ合衆国最高裁判所のCoy v. Iowaで法廷意見を執筆したScalia裁判官は、「人は、相手に面と向かっては噓をつきにくい」という趣旨の判示をしている1)¶001

人々のコミュニケーション手段は近年著しく多様化し、その参加者は、内容の重要性や興味の程度、参加者間の関係など諸要素の強弱・濃淡に応じてその手段を選択するが、コミュニケーションの内容が重要であったり、それへのコミットメントが積極的・肯定的であったりする場合には、そうでない場合に比べてオンラインではなく対面のコミュニケーションが選好されるということについて、多くの人々は直感的に異論をはさまないものと思う2)。しかし、その選好があまりに自然であるために、「なぜ人は重要な場面でのコミュニケーション手段として対面を選ぶのか」という問いへの理論的ないし体系的な説明をしようとすると、これがなかなか容易ではない。筆者はかつて、人のコミュニケーションにおいて非言語情報が果たす役割の重要性を指摘したが3)、上記の選好の理由を十分に掘り下げることはできていなかった。今般の「情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律」(以下「改正法」と表記する)の柱は、「訴訟に関する書類の電子化」と「手続の非対面化」であるが、このうち手続の非対面化の是非を論ずるためには、「なぜ対面がいいのか」を多少なりとも説明できなければなるまい。そこで本稿では、まず、筆者の理解しえたコミュニケーション理論等の知見によって、重要場面での人の対面コミュニケーション選好の理由を考え、その後、「勾留質問・弁解録取」、「被告人等の公判期日等への出頭・出席」、「証人尋問」について改正法を紹介し、法的な考え方の枠組みを整理することとする。¶002