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Ⅰ 知財実務における税務の位置づけ

経済活動においては、常に何らかの税金の負担が発生しますので、税務は、すべての法実務と深く関連する問題です。¶001

知財実務においても税務は重要であり、特に知的財産権が関連する取引については、当該取引で発生し又は発生しうる課税を踏まえつつ、契約当事者が不測の経済的負担を負わないようにすることを意識して、契約条項を検討する必要があります。¶002

本稿では、ライセンス契約を題材として、ライセンサー及びライセンシーの課税関係を明らかにしつつ、ライセンサーとライセンシーそれぞれの立場から留意すべき事項を説明します。¶003

Ⅱ 税務において検討すべき知的財産権

Q1

税務において検討すべき知的財産権はどのようなものですか?

¶004

A1

税目ごとに検討すべき知的財産権の範囲は異なります。特に移転価格税制における「無形資産」や所得税の源泉徴収の対象となる「使用料」の範囲は、一般的な定義にいう「知的財産権」又はその対価よりも広範であることに注意が必要です。

¶005

ライセンス契約は、法的保護の対象となっている知的財産の実施や使用を許諾するために締結されます。知的財産及び知的財産権の一般的な定義は、以下のとおりです。¶006

知的財産及び知的財産権の一般的な定義
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他方、税務において検討すべき「知的財産権」に関連する概念には、以下のようなものがあります。税務の観点では、基本的に、何の対価として、ライセンス料を支払うかが重要であり、それによって税務上の取扱いが異なります。なお、移転価格税制における「無形資産」や所得税の源泉徴収の対象となる「使用料」の範囲には、法的保護を受ける「知的財産権」のみではなく、必ずしも法的保護を受けない顧客リストや販売網のような収益の源泉となるものが広く含まれていることに注意が必要です。¶007

税務において検討すべき「知的財産権」
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*1 ここでの「工業所有権……これらに準ずるもの」とは、特許権、実用新案権、意匠権、商標権の工業所有権及びその実施権等のほか、これらの権利の目的にはなっていないが、生産その他業務に関し繰り返し使用し得るまでに形成された創作、すなわち、特別の原料、処方、機械、器具、工程によるなど独自の考案又は方法を用いた生産についての方式、これに準ずる秘けつ、秘伝その他特別に技術的価値を有する知識及び意匠等をいいます(所得税法基本通達(以下、「所基通」といいます)161-34)。
*2 特別の技術による生産方式とは、特許に至らない技術、技術に関する附帯情報等、いわゆるノウハウを意味する、とされています(消費税法基本通達5-7-7)。

Ⅲ 日本国内のライセンス契約により生じる課税

Q2

日本の株式会社が、①ライセンサー(許諾者)又は②ライセンシー(被許諾者)として、日本の個人又は株式会社との間でライセンス契約を締結する場合には、それぞれどのような課税が発生するでしょうか?

¶008

A2

①ライセンサー(許諾者)には法人税及び消費税の課税、②ライセンシー(被許諾者)には源泉所得税の課税がそれぞれ発生します。

¶009

1 ライセンサー(許諾者)の課税

(1)法人税

法人税は、株式会社等の法人の所得に対して課税される税金です。大枠としては、株式発行等の資本取引や金銭の貸借等の貸借取引以外の取引全般によって発生する利益部分が、法人税の課税対象です(法税22条4項)。¶010

細かく見ますと、法人の所得に対しては、法人税(国税)のほか、法人住民税(地方税)、法人事業税(地方税)、特別法人事業税(国税)及び地方法人税(国税)が課税され、これらの税金を併せた実効税率は30%~33%程度です。本稿では、これらを総称して、「法人税」といいます。¶011

日本国内の企業がライセンサー(許諾者)として受領するライセンス料は、一律に法人の収益に含まれますので、他の損益と合算したうえで所得があれば、当該企業に法人税が課税されます。なお、令和6年税制改正で導入されたイノベーションボックス税制等によって、一定の場合に税制優遇を受けることができます。¶012

(2)消費税

事業者が日本国内で行う資産の譲渡、資産の貸付け又は役務提供の対価に対して課税される税金であり(消税4条1項)、消費税及び地方消費税を合計した税率は、原則として、10%です。¶013

日本国内の企業がライセンサー(許諾者)として受領するライセンス料は、原則として、消費税の課税対象です。¶014

ただし、外国のみで登録されている特許権等をライセンスする場合には、消費税の対象ではありません。これは、ライセンス取引(資産の貸付け)が国内で行われたかどうかの判定(内外判定)は、後述する「電気通信利用役務の提供」(消税2条1項8号の3)の一環として行われる場合を除き、以下の考え方によるとされています。これは、外国のみで登録されている特許権等の譲渡等は、国内取引とされないからです。¶015

各権利の内外判定の考え方
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(3)印紙税

印紙税は、日本国内で作成される一定の類型の文書について、作成者に対して課税されます(印税2条・3条)。¶016

印紙税の税額は、課税文書の類型及び当該文書に記載された契約金額により定まります。また、印紙税は契約書1通ごとに課税されますので、契約締結時に正本を複数作成する場合には、正本の通数分、印紙税が課税されます。なお、近時、急速に普及した電磁的方法で契約を締結する場合には、印紙税は課税されません。¶017

この点、ライセンス契約は、印紙税法の課税文書には該当せず、印紙税は課税されません(印紙税法別表第一参照)。ただし、契約にライセンス料の受領を確認する文言がある場合などには、別途、受取書(例えば、領収書)(印紙税額一覧表第17号文書)等としての課税を受ける可能性がありますので、注意が必要です。¶018

2 ライセンシー(被許諾者)の課税

(1)法人税

日本国内の企業がライセンシー(被許諾者)として日本国内のライセンサー(許諾者)に対して支払うライセンス料は、その対価設定が相当である限り、ライセンシー(被許諾者)である国内企業の法人税の計算上、その全額が損金(費用)として処理されます。なお、複数事業年度にまたがる期間に対応するライセンス料が一括して支払われる場合であっても、当該ライセンス料は繰延資産(法人の支出する費用のうち、その効果が支出の日以降1年以上に及ぶものとして政令で定めるもの)に該当することから、当該期間において均等償却され、損金算入されます(法税2条24号・32条1項等)。¶019

(2)消費税

国内企業がライセンサー(許諾者)に対してライセンス料を支払う場合には、外国のみで登録されている特許権等を対象とするものを除き、消費税を含めて支払う必要があります。この場合、企業が支払った消費税相当額は、適格請求書の発行・保存を要件として、仕入税額控除により、その企業の売上全体における課税売上(消費税の課税対象となる売上)の割合に応じて、当該事業年度に受け取った消費税相当額から控除できます。¶020

(3)源泉所得税

前述のとおり、国内企業が支払うライセンス料のうち、国内に居住する個人に対して支払うライセンス料で所得税法204条1項1号の類型に該当するものについては、所得税の源泉徴収(源泉所得税)の対象となります(所税204条1項1号、所税令320条1項)。¶021

この場合、国内企業は、支払時に源泉所得税相当額を控除したうえで、支払日の翌月10日までに所轄税務署に納税する必要があります。¶022

(4)印紙税

1(3)で述べたとおり、日本国内において作成されるライセンス契約は、印紙税法の課税文書には該当せず、原則として、印紙税は課税されません。¶023

日本国内のライセンス契約に係る課税関係
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Ⅳ クロスボーダーのライセンス契約に係る課税関係

国際税務の観点から見ると、知的財産権の存在は、その保有者に通常の取引における利潤を超える収益を集める根拠となりえます。例えば、国際的な企業グループが知的財産権の保有に対する課税の軽い国(軽課税国)に所在するグループ内の法人に知的財産権を保有させ、当該法人がライセンシー(被許諾者)からライセンス料を収受すれば、グループ全体としての税効率を良くすること(税負担を軽くすること)ができますが、ライセンシー(被許諾者)の所在国は税収を失います。このような事態を避けるため、多くの国は、自国から海外に支払われるライセンス料に対して支払時に源泉徴収義務を課すことにより、自国の税収を確保することを原則としています(例えば、日本の所得税法161条1項11号)。¶024

Q3

クロスボーダーのライセンス契約に係る課税関係は、日本国内のライセンス契約の場合と、どのように異なるのでしょうか?

¶025

A3

クロスボーダーのライセンス契約に係る課税関係を、日本国内のライセンス契約と比較しますと、大きくは、①ライセンス料の支払の相手方が個人・法人のいずれであるかを問わず、原則として、ライセンス料の支払に源泉徴収義務が生じること、及び、②グループ間でのライセンス契約に関し移転価格税制の適用があることに差異が生じます。また、③例えば、オンラインゲーム等に関してライセンス契約が取り交わされる場合には、「電気通信利用役務の提供」に該当し、消費税の課税関係が変わります。

¶026

1 非居住者等に対するライセンス料の支払に係る源泉所得税

日本国内において業務を行う者が、その業務に関し、非居住者・外国法人に対し、以下のいずれかに該当するライセンス料を国内において支払う場合には、原則として、ライセンス料から20.42%に相当する所得税相当額を控除して、所轄税務署に支払う必要があります(所税212条1項・161条1項11号・213条1項1号、東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法〔以下、「復興財源確保法」といいます〕28条1項)。¶027

源泉徴収が必要な非居住者等に対するライセンス料
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また、この源泉徴収義務については、ライセンス料の支払を受ける者(つまり、ライセンサー)の所在国との間で租税条約がある場合には、租税条約の定めが優先されます(所税162条)。特に、租税条約によって、以下の点の取扱いが変更される可能性がありますので、注意が必要です。¶028

租税条約によって税務上の取扱いが変更される可能性のある諸点1)日本の所得税法は、工業所有権等の譲渡対価も源泉所得税の対象としていますが、この取扱いも租税条約により変更される場合があります。日本の締結している多くの租税条約は、工業所有権等の譲渡対価を使用料ではなく譲渡収益又は事業所得として取り扱っており、この場合、少なくとも軽減税率の適用はないことになります。

① 使用地主義⇒債務者主義への転換

所得税法161条1項11号は、上記のとおり、日本国内において業務を行う者が、その業務に関し支払った使用料(ライセンス料)であることを源泉所得税の課税要件(源泉地の決定基準)としています。このような考え方を使用地主義といいます(所基通161-33)。使用地主義を前提としますと、例えば、特許権の場合には、日本で登録されていなければ、日本国内で実施されることはありませんので、その登録地が課税関係に影響を及ぼします。

これに対し、例えば、日伊租税条約12条4項では、支払者の所在国をもって源泉所得税の課税要件(源泉地の決定基準)とすることを原則としています。このような考え方を債務者主義といいます。債務者主義の場合には、特許の登録地等ではなく、支払者がどの国に所在するかによって、一律に源泉所得税の対象であるかどうかが決まります。

日伊租税条約12条4項

使用料は、その支払者が一方の締約国又はその地方政府、地方公共団体若しくは居住者である場合には、その締約国内で生じたものとされる。

② 源泉所得税の減免

租税条約の中には、使用料(ライセンス料)に対する源泉所得税を一律に免除するもの(日米租税条約12条1項等)又は軽減税率を適用するものがあります。日本においては、所定の租税条約に基づく届出書を提出することを要件に、使用料(ライセンス料)に対する源泉所得税の減免を認める制度になっています。

なお、租税条約に基づき源泉所得税率が軽減される場合には、復興特別所得税は課されないことになっています(復興財源確保法33条9項)。

日米租税条約12条1項

一方の締約国内において生じ、他方の締約国の居住者が受益者である使用料に関しては、当該他方の締約国においてのみ租税を課することができる。

日星租税条約12条2項

1の〔一方の締約国内において生じ、他方の締約国の居住者に支払われる〕使用料に対しては、当該使用料が生じた締約国においても、当該締約国の法令に従って租税を課することができる。その租税の額は、当該使用料の受領者が当該使用料の受益者である場合には、当該使用料の額の10パーセントを超えないものとする。

2 移転価格税制

移転価格税制とは、企業グループ法人間での国境をまたぐ利益移転を防止するため、企業グループ間で行われる取引の対価を、独立当事者間の取引で形成されたであろう価格(独立企業間価格)とみなして課税する税制です(租特66条の4)。¶029

移転価格税制は、国によって多少の適用要件の違いはあるものの、ほとんどの国で導入がなされています。そのため、移転価格税制の適用がある企業グループ法人間のライセンス契約については、ライセンサー(許諾者)所在国・ライセンシー(被許諾者)所在国の両方でライセンス料の相当性を検証することが必要になります。¶030

日本において、移転価格税制の適用がある企業グループ法人間の取引(「国外関連者」との取引)であるかどうかは、外国法人との間に、以下のいずれかの関係があるかで決まります(租特66条の4、租特令39条の12第1項)。¶031

移転価格税制の適用がある「国外関連者」との取引であるかどうかを決める関係
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独立企業間価格の算定については、様々な方法がありますが、冒頭で述べた「無形資産」が存在する場合には、当該無形資産の帰属等に応じた算定が求められます。具体的な運用には、国税庁「移転価格事務運営要領 別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」事例11以下において説明されています。¶032

3 電気通信利用役務の提供

外国事業者が実施するオンラインサービスの一環でライセンス契約が締結されるような場合、具体的には、インターネットを通じた電子書籍・電子新聞・音楽・映像・ソフトウェアの提供等の場合には、消費税法上の「電気通信利用役務の提供」に該当します。この場合には、サービス対価が消費税の課税対象かどうかは、サービスを受ける者の所在地で判定されます(消税4条3項3号)。¶033

そして、当該サービスの受け手がそのサービスの内容から一般的に判断して事業者に限られる場合には、サービス対価の支払をする各事業者がサービス事業者に代わって申告納税義務を負う課税方式(いわゆる、リバースチャージ方式)により、サービスを受ける事業者が自らの納税義務に合わせて申告納税義務を負います。他方、サービスの受け手が事業者に限られない場合にはサービスを提供する外国事業者が申告納税義務を負います。¶034

なお、後者の場合(サービスの受け手が事業者に限られない場合)について、令和7年4月1日以降に、デジタルプラットフォームを通じてサービスが提供され、かつ、サービス料が特定のデジタルプラットフォーマーを通じて収受される場合には、当該デジタルプラットフォーマーが申告納税義務を負います。¶035

クロスボーダーのライセンス契約に係る課税関係
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Ⅴ ライセンス契約の準拠法と税務

Q4

クロスボーダーのライセンス契約の準拠法は、日本国内における課税関係に影響を及ぼしますか?

¶036

A4

原則として、日本の課税関係には影響を及ぼしません。

¶037

クロスボーダーのライセンス契約においては、外国法が準拠法として選択される場合があります。しかしながら、そのような場合であっても、知的財産権の保護は、あくまで各国での知的財産法によります(知的財産権の属地主義)。¶038

また、前述のとおり、日本国内におけるライセンス契約の課税上の取扱いは、あくまで日本の知的財産法及びそれに基づく特許権等の登録を基準に決まります。したがって、ライセンス契約の準拠法は、原則として、日本国内での課税関係には影響を及ぼしません。¶039

ただし、法人税法や所得税法においては、収益がどの時点で発生したのかが問題となりうるところ、ライセンス契約に基づくライセンシー(被許諾者)の権利等の発生時期は契約によって決定され、当該権利等の発生時期は各国の法令によって異なることがあります。したがって、その限りでは、準拠法が課税上の取扱いに影響を及ぼすこともあるといえます。¶040

Ⅵ ソフトウェア利用契約と源泉徴収

Q5

日本企業が利用者として外国の法人との間でソフトウェアの利用に関する契約(ライセンス契約)を締結した場合、外国法人に支払われる利用料(ライセンス料)は、源泉徴収の対象となりますか?

¶041

A5

当該利用料(ライセンス料)が、複製その他の著作権法に定められた利用行為を行うことを許諾する対価として支払われるときに限って、源泉徴収の対象となります。

¶042

Q3で述べたとおり、日本企業が外国法人に対して「著作権……の使用料」を支払う場合には、原則として、源泉徴収が必要です。¶043

ところで、従来、プログラムの著作物(著作10条1項9号)であるソフトウェアをコンピュータ上で使用する行為そのものは、著作権法上、著作物の利用に該当しない、と解されてきました2)中山信弘『著作権法〔第4版〕』(有斐閣、2023年)480頁参照。。他方で、所得税の源泉徴収の対象となる著作権の使用料については、税務上、著作権法の法定利用行為(つまり、複製その他の著作権法に定められた利用行為)を行うことの許諾対価に限定すると解されています(国税不服審判所裁決平成16・3・31判例集未登載〔東裁(諸)平成15第253号〕参照)。そして、この考え方を前提としますと、ソフトウェアを使用する行為そのものは法定利用行為ではないとされていますので、たとえソフトウェアの利用規約に、ソフトウェアの利用を許諾するという文言があったとしても、顧客による別途の法定利用行為(例えば、当該ソフトウェアを複製すること)等が観念できないのであれば、その対価は、税務上、著作権の使用料ではないことになり、源泉徴収は不要となります。実務上も、一般的にはこの考え方を前提とした対応がなされていると思われます。¶044

また、ソフトウェアは、かつては、CD-R等のソフトウェアを格納した媒体等をパッケージで購入して利用するパッケージ販売が主流でしたが、現在では、ダウンロード販売、さらには、コンピュータにインストールすることなくクラウド上でソフトウェアを利用するSaaS(Software as a Service)が主流になっています。このうち、ダウンロード販売については、プログラムの著作物の有形的かつ適法な複製物(著作47条の3)を購入した場合はもちろんのこと、ソフトウェア提供者のクラウド上のソフトウェアを利用者のコンピュータに複製する場合も、プログラムの著作物を複製したことが明らかです。これに対して、SaaSの場合には、利用者はWebブラウザーを経由してソフトウェア提供者が管理するサーバーにあるソフトウェアの機能を使用するだけですので、原則として、複製等の法定利用行為は観念されないといえます。したがって、日本の企業がソフトウェア提供者である外国法人に対してソフトウェアの利用対価を支払うとしても、ダウンロード販売の場合には一般に所得税の源泉徴収が必要ですが、SaaSの場合には原則として所得税の源泉徴収は必要ではありません。¶045

このようにソフトウェア関連取引については、取引形態等により著作権法上の法定利用行為が観念できるかどうかが異なりますので、個別の取引の実体を踏まえた税務的な検討が必要です。¶046