本書は、記念論文集等に発表された著者の論文のうち犯罪論に関する主要なものを一書にまとめたものであり、「犯罪成立の基底」「違法性阻却の諸相と展開」「正当防衛論の展開」「責任論の展開」「共犯論の基底と展開」の5部から構成されている。¶001
第1部では、不真正不作為犯の作為義務の根拠について、作為による結果惹起(危険の創出と結果への現実化)との同価値性の観点から、結果原因(危険源と法益の脆弱性)の支配であることが論じられる。第2部では、法的義務に違反する行為(実行行為)のもつ危険の結果への現実化を内容とする違法性の判断が阻却の場面でも妥当しうることが確認された後、被害者の同意について、その範囲を処罰規定の保護対象と一致させる法益関係的錯誤説を支持したうえ、財産や自由は処分の目的も保護対象に含まれる、正当化事情を欺罔したケースでも同説は適用される、責任阻却的事情の欺罔では、同意は存在しても意思決定が自由とはいえず無効となりうるなど、その適用範囲が明確化される。さらに危険の引受けについて、危険な行為を受忍する被害者の自由を認めることで規範的に把握された危険の現実化を否定する見解が示される。第3部では、正当防衛の本質は権利行為であり、それは防衛対象の「権利」性に由来するとの立場に立ったうえで、自招侵害のケースにおける正当防衛の制約が、先行行為の段階ですでに不法な相互闘争行為が始まっており、緊急行為性が否定されることに求められる。また、退避義務・回避義務論を利益衡量的発想に基づくものと批判し、侵害状況の事前回避は被侵害者の実質的利益が害されない限度で必要としても、判例の採る積極的加害意思論や自招侵害論で実質的にカバーされるであろうこと、侵害からの退避可能性は防衛行為の相当性で考慮されうることが指摘される。第4部では、実行行為(正犯性)の外延を構成要件結果惹起の原因に対する事実的支配で画する理解を示したうえ、直接に結果を惹起する自らの第2の行為(結果行為)に責任能力が欠け、かつ事実故意を伴うケースを念頭にその取扱いが論じられ、結果行為時に責任能力を喪失・減弱させる原因行為が結果惹起の故意をもって有責に行われ、事実故意が結果行為時まで一貫していることが実行行為性を肯定するのに必要と主張される。次に、過失犯について、結果回避義務(例えば、交通法規に従った適切な運転操作を行うこと)を実行行為(構成要件該当性)に、予見可能性を責任段階に位置づける構想が明らかにされる。第5部では、(狭義の)共犯の従属性について、正犯行為の適法・違法の判断から離れて(例えば、背後者が正当化の前提となる状況を作出したかに着目して)共犯行為を評価するのは不適切として制限従属性を支持し、共犯は違法な正犯行為の背後にある「二次的責任類型」だと主張される。続いて、共犯の因果性について主に承継的共同正犯を素材にして検討が加えられる。共犯もまた「構成要件該当事実全体」に対して因果性をもたねばならないとの立場を堅持し、先行者との共謀加担後の後行者に、不作為犯(不作為による脅迫・欺罔に基づく強取・喝取・詐取)を肯定し、先行者との共同正犯を認めるとの解決が提案される。先行者はその行為により事態を生じさせており結果原因の支配が認められるため結果回避の作為義務を負い、後行者は先行者への共謀加担によって同義務を共有すると説明される。最後に、過失共同正犯について、過失犯で共同実行されるのは結果回避義務に違反する実行行為であり、責任要件として他人の行為からのものを含む結果発生の具体的な予見可能性が必要なこと、共同の結果回避義務は結果原因の共同支配から導かれることが主張される。¶002