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法学部生時代、毎日の講義の予習復習で数々の裁判例を読みこなすのに必死だった。原告と被告の主張を整理し、条文を調べ、過去の判決や決定まで遡って読んでも、高校までの自由奔放で平和な生活しか覚えのない凡庸な脳には、なかなか理解できない論旨や結論ばかり。いつのまにか自室の天井をただじっと見つめているだけのことも多かった。¶001

そんなある日、大学正門前のちいさな喫茶店で友人とひとつの決定文を読みながら、無我夢中で議論をしている自分がいることに、ふと気がついた。それは、慶應義塾大学のロースクール校舎建設をめぐる著作権仮処分命令申立事件、いわゆる〈ノグチ・ルーム事件〉(東京地決平成15・6・11判時1840号106頁)についてのものだった。イサム・ノグチと谷口吉郎が制作した建築・庭園・彫刻を破壊する工事の差止めを求めた債権者には申立適格が認められなかったが、決定文では「事案にかんがみ、念のため……」として、これらの作品の性質と工事の態様につき、著作権法20条2項2号に基づく詳細な検討がなされていた。地方裁判所における仮処分事件の「傍論」であるにもかかわらず、2025年の現在もなお、同号にかかわる判例学説においては2003年に書かれたこの部分が必ずといってよいほど参照されている(この決定文から、私は「傍論」という呼びかたに疑問をもつようになった)。¶002