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死刑の存廃については、その論点が出尽くし、双方の主張も平行線をたどっているように見える状況下において、本書は、刑罰の本質という見地から確固たる理論枠組みを提示することで、閉塞状況を打破し、死刑存廃論を新たな局面へと前進させる貴重な一書である。¶001

本書の内容は、次のようなものである。わが国の伝統的な刑罰理論は、犯罪のもたらした有形的・可視的な実害と刑罰という害とを対置するものであった。この「実害対応型の応報刑論」からは、実害への反動をエンジンとし、行為者への責任非難をブレーキとする二元的刑罰理解に至る。そこでは、被害者やその遺族の立場と犯人の立場のいずれに思いを致すかという二者択一に陥り、被害感情による死刑の正当化を排除しえない。しかし、刑罰という害と対置されるべき害は、犯罪による刑法規範の効力(刑法規範が保護している法益の価値に対する普遍的承認)の動揺という公益の侵害である。刑罰の意義は、規範意識により避けえた規範違反行為に対する非難を通じて、規範の効力を確証し、回復させることに求められる。この「規範保護型の応報刑論」からは、上述の二者択一からの脱却が可能になるとともに、公益のために人命を犠牲にする制度である死刑の廃止も視野に入ってくる。¶002