事実
Ⅰ
X(原告・控訴人=被控訴人・上告人)は、一般貨物自動車運送事業等を営むY社(被告・被控訴人=控訴人・被上告人)に雇用され、トラック運転手として勤務していた。¶001
Ⅱ
Y社では、かつて、業務内容等に応じて賃金総額を決定した上で、その総額から基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当とするとの賃金体系がとられていた。Y社は、労働基準監督署からの指導を契機として就業規則を変更し、新給与体系を導入した。新給与体系下では、業務内容等に応じて賃金総額を決定した上で、その総額から基本給等(基本給、基本歩合給、勤続手当等)を差し引いた金額を「割増賃金」として支給し、この「割増賃金」は、基本給等を通常の労働時間の賃金として労基法37条等に基づいて算定した「時間外手当」とその余の額(「調整手当」)からなるものとされた。¶002
Ⅲ
新給与体系の導入後も、Y社の労働者の賃金総額や総労働時間は従前とほとんど変わらなかったが、基本歩合給が大幅に減額され、新たに調整手当が導入された。Xが新給与体系下で勤務した19か月間を通じ、1か月当たりの時間外労働等の時間は平均80時間弱であり、基本給の支給額は月額12万円、時間外手当の支給額は合計約170万円、調整手当の支給額は合計約203万円であった。¶003
Ⅳ
Xは、Y社に対し、新給与体系下での時間外労働、休日労働、深夜労働に対する賃金、付加金等の支払を求めて、本件訴えを提起した。第1審(熊本地判令和3・7・13判例集未登載〔平成30年(ワ)第560号〕)は、本件時間外手当の支払は判別要件を充たし対価性も認められるから労基法37条の割増賃金の支払といえるが、調整手当の支払は割増賃金の支払といえないとして、Y社に未払の割増賃金および付加金等の支払を命じた。原審(福岡高判令和4・1・21判例集未登載〔令和3年(ネ)第604号〕)は、第1審判決と基本的に同様の判断をしつつ、Y社が第1審判決後に未払割増賃金等をXに支払ったことをもって未払賃金はなくなった等として、Xの請求を棄却した。¶004
判旨
破棄差戻し。¶005
「本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、〔両者の区別には、〕……それぞれ名称が付されているという以上の意味を見いだすことができ」ず、両者からなる本件割増賃金が「全体として時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かを問題とすべき」である。¶006
「新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金……として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。……本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価……を含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得」ず、「本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」から、本件割増賃金の支払により、同条の割増賃金が支払われたものということはできない。¶007
〔本判決には、実質においては通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働等に対する対価として支払われる金額に含まれているという脱法的事態の下では、その支払を法定割増賃金の支払として認めるべきではないとの旨の草野耕一裁判官の補足意見がある。〕¶008
解説
Ⅰ
本判決における争点は、業務内容等に応じて賃金総額を決定した上で、この賃金総額は「基本給等」(基本給、基本歩合給、勤続手当等)と「割増賃金」から構成されるものとし、「割増賃金」を、ⓐ時間外手当(基本給等を算定基礎として計算した時間外・休日・深夜労働割増賃金)とⓑ調整手当(その余の額)からなるものとする給与体系において、時間外手当(ⓐ)の支払が労基法37条の割増賃金の支払といえるかという点にある。¶009
Ⅱ
いわゆる定額残業代の労基法37条適合性について、判例は、「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」を判別することができ(判別要件)、後者が労基法37条に基づく計算額以上であること(割増賃金額要件)(高知県観光事件・最判平成6・6・13労判653号12頁等参照)、および、その前提として、使用者側が割増賃金として支払ったと主張する部分が時間外労働等の対価(「割増賃金に当たる部分」)として支払われたものといえること(対価性)(日本ケミカル事件・最判平成30・7・19労判1186号5頁
等参照)が必要であるとの解釈枠組みを提示してきた。例えば、基本給20万円、固定残業代10万円とする制度では、固定残業代部分が時間外労働等の対価として支払われるものと労働契約上位置づけられ、その額が実際の時間外労働等の状況と大きく乖離していないこと、および、実際に労基法37条等により計算された割増賃金額が10万円を超える場合にはその超過分を支払うことなどが必要と解されている。¶010
これに対し、時間外労働等が長時間にわたる場合にも、追加で賃金を支払うことを回避できるようにするために、割増賃金が増加する分、その他の賃金部分を減額させる仕組みがとられることがある。そのような仕組みの適法性が問われる先例となった国際自動車(差戻上告審)事件で、最高裁は、タクシー乗務員の歩合給(歩合給(1))の計算において、揚高から算定された賃金額(対象額A)から時間外労働等の割増賃金(割増金)を控除して支払う方式をとり、時間外労働等をしても賃金総額は増加しないものとする(歩合給(1)と割増金の合計額は常に対象額Aとなる)仕組みについて、実質において通常の労働時間の賃金に当たる賃金部分(歩合給(1))を時間外労働等がある場合に名目的に割増金に置き換えて支払うこととするものであり、本件割増金の中に通常の労働時間の賃金に当たる部分が相当程度含まれていると解されるから、判別要件を欠き、適法な割増賃金の支払とはいえないとした(国際自動車(差戻上告審)事件・最判令和2・3・30民集74巻3号549頁)。これに対し、その後のトールエクスプレスジャパン事件で、大阪高裁は、基準内賃金(能率手当を除く)をもとに時間外手当A、能率手当をもとに時間外手当Bが算出され、能率手当は出来高に基づき算出された賃金対象額が時間外手当Aの額を上回る場合に支給される(賃金対象額から時間外手当A相当額を減額した額が能率手当とされる)制度について、判別要件を充たし、本件能率手当は時間外手当Aを含む固定給部分に追加して支給される(固定給部分は減額されない)という性質を有するものであるとして、労基法37条に違反しないとした(トールエクスプレスジャパン事件・大阪高判令和3・2・25労判1239号5頁〔最決令和3・9・9労判1248号96頁参照(上告棄却・上告受理申立不受理)により確定〕)。¶011
Ⅲ
これらの先例がある中、本判決は、本件時間外手当と調整手当は、一方の額が定まると他方の額が定まるという関係にあり、両者を包摂した本件割増賃金は、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分を相当程度含んでいると解さざるを得ないから、判別要件を欠き、適法な割増賃金の支払とはいえないと判示した。¶012
この判断は、一方(割増賃金部分)が増えれば他方(その他の賃金部分)が減るという関係の中で、名目的な割増賃金部分の中に本来通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が相当程度含まれており、その部分と割増賃金部分とを判別できないため、適法な割増賃金の支払といえないとしている点で、上記国際自動車(差戻上告審)事件判決と共通性をもつものといえる。国際自動車(差戻上告審)事件と本件との間には、割増賃金の額だけ基本給(歩合給(1))を減らす設計にしていたか(国際自動車(差戻上告審)事件)、調整手当を減らす設計にしていたか(本件)という点で形式上の違いがあるが、いずれもその性質上通常の労働時間の賃金に当たる部分を相当程度含むものであり、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが実質的に混在して判別できないことから、総体として適法な割増賃金の支払とはいえないとの解釈を示したものといえよう。¶013
これに対し、上記トールエクスプレスジャパン事件においても、時間外手当Aと能率手当は一方が増えれば他方が減るという関係にあり、能率手当はその性質上通常の労働時間の賃金に当たる(両者の合計額である賃金対象額には通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分の両者が含まれる)ものと解されるが、大阪高裁は、同事件では判別要件は充足され、労基法37条に違反しないと判断した(最高裁もその結論を支持した)。このトールエクスプレスジャパン事件と本件の違いは、能率手当が賃金制度上明確に位置づけられ、それを基礎として算出した割増賃金(時間外手当B)も支給する設計となっていた点にある(その点で同事件の能率手当は通常の労働時間の賃金に当たることが制度上明確になっていた)。この点を考慮して、トールエクスプレスジャパン事件では、両者を包摂する賃金部分(賃金対象額)においても、通常の労働時間の賃金に当たる部分(能率手当)と割増賃金に当たる部分(時間外手当A)とを判別できると解釈された可能性がある。¶014
Ⅳ
中小企業を中心に定額残業代制度をとっている企業は少なくなく、本件のように、時間外労働等の有無や多寡にかかわらず賃金総額を定額とするための工夫をしている企業もある。本判決は、その中で、調整手当等の増減によって賃金総額を定額とする制度が労基法37条違反となる可能性を示した点で、実務に大きなインパクトをもたらしうるものといえる。もっとも、その解釈の仕方は難解である。労基法37条の趣旨に照らした解釈を行うのであれば、同条の趣旨に反する賃金の定めを公序良俗に反し無効とする直截な理論構成(イクヌーザ事件・東京高判平成30・10・4労判1190号5頁等参照)をとることも考えられるだろう。¶015
[水町勇一郎]¶016
労働者側からのコメント
本判決も、いわゆる定額残業代の労基法37条適合性に関する一連の最高裁判決の延長線上に位置づけられるものであって、結論として妥当である。本判決は、「基本給等」(基本給、基本歩合給、勤続手当等)と「割増賃金」(時間外手当と調整手当)が形式的には明確に区分されており、後者の金額が前者から控除されるというような関係にもない。そのような事案において、「割増賃金」のうち調整手当だけでなく、時間外手当の労基法37条適合性を否定したことの意味は大きい。¶017
まず注目したいのは、本判決が、本件時間外手当と本件調整手当を一体として見て、その両者からなる本件割増賃金全体の性質を判断すると明らかにした点である。これは、国際自動車(差戻上告審)事件・前掲最判令和2・3・30が判示した「賃金体系全体における当該手当の位置付け」への留意の1つのあり方である。¶018
次に、本判決が、旧給与体系と新給与体系を比較し、通常の労働時間の賃金の額が大きく減少することなどを指摘した上で、旧給与体系の下において通常の労働時間の賃金に当たるものとして支払われていた賃金の一部を、新給与体系では名目のみ本件割増賃金に置き換えたものと判示した点も注目される。新給与体系への変更は、就業規則の不利益変更であり、そのことも問題になりうるが、その点は措くにしても、本判決が給与制度の変遷に着目して問題となる手当の性質を検討したことは重要である。仮に労基法37条違反の問題を回避しようと賃金制度を変更したとしても、変更後の賃金制度単体で労基法37条適合性が判断されるものではなく、従前の賃金制度も踏まえて判断されることになる。¶019
以上のとおり、本判決は、問題になる手当を単独で見るのではなく賃金体系全体の中で検討すること、その賃金体系も変遷過程を踏まえて検討すること、つまり、横軸・縦軸双方での総合判断の方法を示したことになる。¶020
[竹村和也]¶021
使用者側からのコメント
本件のようなトラック運転手やタクシー乗務員の賃金については、労働時間の長さと成果が連動しないため、成果に着目した歩合給が大きな割合を占めており、かつ、その中に割増賃金を含める取扱いも多い。近時、このような歩合給に関する賃金制度について割増賃金を支払ったものと認められるかが問題となるケースが増えており、既に、最高裁は、歩合給から割増賃金相当額(割増金)をそのまま控除する割増金の定めについて、規定上は歩合給と割増金が区別されていたものの、賃金制度全体における割増金の位置づけ等を踏まえ、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できないとして、法所定の割増賃金が支払われたということはできないと判示している(国際自動車(差戻上告審)事件・前掲最判令和2・3・30)。¶022
このような中で、本判決は、運行内容(出発、輸送、積込、帰庫)等に応じて決定される月ごとの賃金総額といういわば「歩合給的な一定額」から基本給等の合計額を差し引いた金額を「割増賃金」として支払う賃金設計がされていた事案において、形式的には本件時間外手当と通常の労働時間の賃金に当たる部分が区別されているものの、給与体系の変更に伴って新たに設けられた調整手当を含めた「割増賃金」全体を実質的にみれば時間外労働等に対する対価と認められず、判別要件を欠くものと判断した。これは、賃金制度全体を踏まえた実質に着目して判断を行う上記最判の流れに沿うものといえる。¶023
ただし、本判決は、あくまで賃金総額(歩合給的な一定額)を基本給等と「割増賃金」に振り分けた上で当該総額の範囲内でのみ割増賃金を支払うものとする賃金制度(賃金総額を超えて割増賃金を生じさせないことを企図した賃金制度)に着目してこれを特に問題としたものと解され、割増賃金を歩合給の設計・算定に当たって考慮すること自体を否定したものではない。したがって、本判決を前提としても、時間外労働等の割増賃金の金額・比率等に応じて歩合給を一定程度逓減するような賃金制度を設けること自体は可能と解されるところであり、この点については、歩合給の設計・算定に当たって既に確定している過去の一定期間の平均割増賃金額を控除するなど区別の明確性を確保する方法は工夫できるとの指摘もある(菅野和夫・労働法〔第12版〕523頁)。裁判例でも、能率手当(歩合給)の算定に当たって固定給部分に対応する時間外手当相当額を控除するものの、これと別に能率手当部分(歩合給部分)に対応する時間外手当を支給することとしていた事案で、法所定の割増賃金の支払と認められた例がある(トールエクスプレスジャパン事件・前掲大阪高判令和3・2・25〔前掲最決令和3・9・9により確定〕)。¶024
本判決は、新給与体系の内容および変更経過等に照らし、「割増賃金」に通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が相当程度含まれる旨判示しているため、本件事案に即した事例判決と位置づけられるものの、本件のように基本給を減額して当該減額分を固定残業代等に置き換える形で変更を行っているケースも見受けられるため、実務に与える影響は大きく、差戻審の判断も注目される。¶025
[中山達夫]¶026
