Ⅰ. はじめに――人間の経済活動
18世紀末には既に始まっていた「人新世」1)だが、グローバル化によって人間の経済活動が地球を覆いつくした現在、地球上の「分配」(とその結果)の不公平さは途方もない(グローバル・ノースとグローバル・サウス、現役世代と将来世代等)。さらに、新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックは、上記の「格差」だけでなく、地球規模の課題に対応する国際的・国内的仕組みの脆弱さを可視化した2)。¶001
本稿では、こうした状況を前提として、新たな注目を集めている「ビジネスと人権」というテーマの中で、企業・市民社会の取組みにおける「人権」のポテンシャルを模索し、「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合『保護、尊重および救済』枠組実施のために」(以下、「指導原則」)3)や「持続可能な開発目標」(SDGs)など法的拘束力はないがビジネスに対して影響を与えている国際的な目標・基準(ソフトロー)の意義や、それを梃として発展する多元的・非階層的・循環的な取組みを考察する4)。その理由は5つある。第1に、人間の活動が自然の巨大な力に匹敵する「人新世」における危機の根本には、人間の活動、なかでも、企業によって展開されるグローバルな経済活動がある5)。第2に、現状では国家や国際機関の対応には限界がある。第3に、指導原則やSDGs等は、第1の点に対する取組みであるが、現状に即応した人権の一形態と捉えうる。第4に、地球上の人々・集団が、地球の現状に対して新しいメディアを駆使しながら声をあげる活動がグローバルに行われている。そして、第5に、グレート・リセットやグリーン・ニュー・ディールは、新しい科学技術を頼みの綱とするが、開発・実用化における企業の役割とそれを支える国家の役割について検討する必要がある6)。一見、ばらばらなようで、いずれも人間(およびすべての生命体)に関わる問題であり、人権はそれらを「つなぐ」役割を果たしうる7)。¶002