Ⅰ
責任能力は、近時の刑法学におけるホットイシューの一つであり、多くの注目すべき著作が発表されている。本書もその一つであり、とりわけ、詳細な沿革研究と広範な比較法分析を踏まえ、理論と実務の架橋を強く意識した議論を展開している点でひときわ異彩を放っている。¶001
Ⅱ
従来、責任能力については、責任非難のためには他行為可能性が前提となることから、当該犯行を「思いとどまることができたか」を判断基準とする見解が有力であった。著者は、この有力説を批判し、原理・基準・適用の一貫性の観点から、大要、以下のような主張を展開している。まず、原理については、責任非難を行うにあたっては、非難する側が行為者の精神状態を把握したうえで、これに対する規範的評価として責任非難が行われるところ、かかる把握を超えるものが行為者の精神状態に介在している範囲については、責任非難の規範的評価の前提をそもそも欠くものであり、責任非難が妥当しないとする。次いで、基準については、犯行と関連する行為者の精神状態において、非難する側の把握を超えるものがどれほど介在しているか、責任非難という法的観点から了解の範囲を超えるものがどれほどあるかが問題となるとする(このような基準を「精神状態の法的了解」と呼んでいる)。そして、適用については、行為者の行為時点の精神状態の解明が基本的には要請されるものの、その解明に限界がある場合には、行為者の行為時点の精神状態が、法的了解の範囲を超えるものを含んでいるとして責任能力の減退を直截に基礎づけることが可能であり、このような判断方法には、とりわけ重度の統合失調症の場合における責任非難の減退を適切に説明し得るという意義があるとする。なお、このような原理・基準・適用の及ばない範囲においても、他の原理(通常の期待可能性の判断等)から責任非難の減退の余地があり得るとしている。¶002