Ⅰ M&Aにおける知的財産権の位置づけと知財デュー・デリジェンス
Q1
¶001M&Aを実施する際の知財デュー・デリジェンス(知財DD)とは何でしょうか?
A1
¶002M&Aを実施するにあたって、広く知的財産や知的財産権についてデュー・デリジェンスを実施することを知財DDといいます。知財DDでは、知的財産権の法的性質を踏まえた調査・分析を行います。
1 M&Aにおける知的財産権の位置づけ
知的財産権は、企業の競争力の源泉であり、競合他社に対する競争優位を確立・維持するためのツールです。知的財産権には、権利侵害者に対して差止めや損害賠償を請求できるという特徴があり、競合他社が市場に参入する際の障壁になるからです。¶003
他方で、知的財産権は、企業のアセット(資産)であり、知財・無形資産ガバナンスガイドライン(正式名称:知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン Ver.2.0)においても、知財・無形資産の投資・活用を「費用」ではなく「資産」形成として捉えることの重要性が述べられています(同ガイドライン37頁)。そして、知的財産権は、それ自体が取引の対象となり得る(例えば、特許権の売買)だけでなく、M&Aを通じて財務諸表に計上されることもあります1)。¶004
企業買収や企業再編などのM&Aを実施する目的は様々であるところ、他社の保有する重要なアセット(資産)である知的財産権を自社に取り込み、新規ビジネス創出や既存ビジネス拡大の糸口とすることもあります。例えば、M&A取引の対象会社(M&Aのターゲット)が、①重要な特許権や技術を保有するメーカーである場合、②ロゴやマークなどの商標が高度の信用を生み出しているブランドビジネス会社である場合、③多数の著作権を保有するシステム開発会社やコンテンツビジネス会社である場合などには、知的財産権こそがM&A取引の重要な要素であり、知的財産権の確実な移転・承継が必達目標となります。¶005
2 知財デュー・デリジェンス(知財DD)
(1)知的財産権の法的性質と取引時の注意点
知的財産権を取引の対象(の全部又は一部)とする場合には、知的財産権の法的性質を踏まえて、注意すべき点があります。これは、知的財産権の種類によって異なります。¶006
例えば、(a)特許権は、特許庁に設定登録がなされてはじめて発生する権利であり(特許66条1項)、その存続期間は、特許出願の日から20年です(同67条1項)。そこで、特許権を取引の対象とする場合には、前提として、実際に権利が発生しているか、誰に権利が帰属しているか、存続期間は満了していないか、などを確認する必要があります。また、(b)特許権の効力が及ぶ範囲(権利範囲)は、特許発明の技術的範囲として、特許出願の願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められます(同70条1項)。そこで、特許権を取引の対象とする価値があるかどうかを確認するためには、特許請求の範囲を分析し、特許権の権利範囲を検討する必要があります。さらに、(c)特許権は、毎年、特許(登録)料(いわゆる年金)を納付しなければ、権利を維持できません(同107条)。そこで、特許権を譲り受けると、維持管理にコストがかかることにも注意が必要です。¶007