Ⅰ はじめに
本稿は、SDGs(持続可能な発展目標)の中でもEU、イギリスにおいて活発な議論が行われている環境へ正の効果を持つ共同行為に対する競争法上の評価について、EU、イギリスの判例、ガイドラインを検討し、日本法への示唆を得ることを目的としている。¶001
EU法、イギリス法と日本法を比較するにあたり、その前提として、法文上の差異を確認する。EU機能条約(以下、TFEU)101条1項は競争制限的な共同行為を禁止し、同条3項において適用免除を規定している。イギリス競争法2条は、競争制限的な共同行為を禁止し、9条において適用免除を規定している。これらの適用免除が付与されるためには、当該行為が、商品の生産ないし流通の改善に、または、技術ないし経済的発展の促進に寄与し(以下、第1要件)、消費者に対しその結果として生ずる利益を公平に分配し(以下、第2要件)、当事者に対しこれらの目的の達成に不可欠ではない制限を課さず(以下、第3要件)、事業者に当該製品の実質的な部分に関し、競争を排除する可能性を与えるものではないことを要する。環境への効果は主に第2要件において、その考慮の対象となり、消費者が被る競争制限効果による影響と環境への効果をいかに考慮するかが問題となる。それに対し、日本独占禁止法(以下、独禁法)2条6項、3条は、「競争の実質的制限」をもたらす共同行為を禁止するものの、共同行為一般に関する明確な適用免除規定は存在しない。したがって、当該行為が競争に悪影響をもたらす場合について、これが独禁法上許容されるか否かについては、2条6項をいかに解釈するかということが問題となる。これについて、公正取引委員会(以下、公取委)は、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(以下、グリーンガイドライン)において競争制限効果をもたらす行為について、同時に競争促進効果を有する場合には「当該取組の目的の合理性及び手段の相当性(より制限的でない他の代替的手段があるか等)を勘案しつつ、当該取組から生じる競争制限効果と競争促進効果を総合的に考慮」するとして、「競争の実質的制限」の要件を充足するか否かの判断において環境への効果を考慮するとする1)。それに対し、競争促進効果とは別に、環境保護等の社会公共的目的を狭義の正当化自由として、「競争の実質的制限」または「公共の利益に反し」の要件に当たらないとする考え方がある2)。本稿では、環境に正の効果を持つものの競争制限効果を有する行為について、それを「競争の実質的制限」の枠内で考慮することには文理上の問題があることから、環境への正の効果を持つ共同行為を「公共の利益」に合致するとして正当化される可能性があるものとして、いかに考慮するかということを問題とする。¶002