Ⅰ イノベーションの促進と公正な競争のバランス
技術の高度化・複雑化によって、研究開発に要するコストと時間が膨大となり、研究開発のリスクも大きくなっています。そこで、研究開発のコスト軽減、時間短縮、リスク分散、異分野の事業者間での協力による技術的な相互補完等を目的として、複数の事業者による共同研究開発が盛んになされています。¶001
複数の事業者が協力する共同研究開発は、多くの場合には、活発で効率的な研究開発活動によって、技術革新(イノベーション)を促進するものといえます。もっとも、共同研究開発によって、市場における競争が実質的に制限される場合もあり得るほか、共同研究開発の実施に伴う取決めによって、参加者の事業活動を不当に拘束し、共同研究開発の成果である技術の市場やその技術を利用した製品の市場における公正な競争を阻害するおそれのある場合も考えられます。¶002
そこで、複数の事業者によるイノベーションの促進と公正な競争のバランスを考慮して、「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」(以下「共同研究開発ガイドライン」といいます)に公正取引委員会の考え方が示されています。¶003
共同研究開発ガイドラインによれば、研究開発の共同化によって独占禁止法上の問題が生じるか否かは、競争促進的効果を考慮しつつ、技術市場又は製品市場における競争が実質的に制限されるか否かによって判断されます。当該判断にあたっての考慮事項としては、(1)参加者の数、市場シェア等、(2)研究の性格、(3)共同化の必要性、(4)対象範囲、期間等が挙げられています(同ガイドライン「第1」2)。¶004
また、共同研究開発ガイドラインは、共同研究開発の実施に伴う取決めが独占禁止法上の不公正な取引方法に該当するか否かについて、共同研究開発の実態を踏まえて、①共同研究開発の実施に関する事項、②共同研究開発の成果である技術に関する事項、及び③共同研究開発の成果である技術を利用した製品に関する事項に分けたうえで、(a)原則として不公正な取引方法に該当しないと認められる事項、(b)不公正な取引方法に該当するおそれがある事項、及び(c)不公正な取引方法に該当するおそれが強い事項に分けて、独占禁止法上の考え方を明らかにしています。¶005
¶006
- 共同研究開発ガイドライン「第1」2
2 判断に当たっての考慮事項
(1) 研究開発の共同化の問題については、個々の事案について、競争促進的効果を考慮しつつ、技術市場又は製品市場における競争が実質的に制限されるか否かによって判断されるが、その際には、以下の各事項が総合的に勘案されることとなる。
- [1]参加者の数、市場シェア等
参加する事業者の数、市場シェア、市場における地位等が考慮されるが、一般的に参加者の市場シェアが高く、技術開発力等の事業能力において優れた事業者が参加者に多いほど、独占禁止法上問題となる可能性は高くなり、逆に参加者の市場シェアが低く、また参加者の数が少ないほど、独占禁止法上問題となる可能性は低くなる。
製品市場において競争関係にある事業者間で行う当該製品の改良又は代替品の開発のための共同研究開発についていえば、参加者の当該製品の市場シェアの合計が20%以下である場合には、通常は、独占禁止法上問題とならない。さらに、当該市場シェアの合計が20%を超える場合においても、これをもって直ちに問題となるというわけではなく、[1]から[4]までの事項を総合的に勘案して判断される。
○ 研究開発の共同化に関連する市場としては、製品とは別に成果である技術自体が取引されるので、技術市場も考えられる。技術市場における競争制限の判断に当たっては、参加者の当該製品についての市場シェア等によるのではなく、当該技術市場において研究開発の主体が相当数存在するかどうかが基準となる。その際、技術はその移転コストが低く、国際的な取引の対象となっていることから、当該技術市場における顕在的又は潜在的な研究開発主体としては、国内事業者だけでなく、外国事業者をも考慮に入れる必要があり、通常は相当数の研究開発主体が存在することが多く、そのような場合には、独占禁止法上問題となる可能性は低い。- [2]研究の性格
研究開発は、段階的に基礎研究、応用研究及び開発研究に類型化することができるが、この類型の差は共同研究開発が製品市場における競争に及ぼす影響が直接的なものであるか、間接的なものであるかを判断する際の要因として重要である。特定の製品開発を対象としない基礎研究について共同研究開発が行われたとしても、通常は、製品市場における競争に影響が及ぶことは少なく、独占禁止法上問題となる可能性は低い。一方、開発研究については、その成果がより直接的に製品市場に影響を及ぼすものであるので、独占禁止法上問題となる可能性が高くなる。- [3]共同化の必要性
研究にかかるリスク又はコストが膨大であり単独で負担することが困難な場合、自己の技術的蓄積、技術開発能力等からみて他の事業者と共同で研究開発を行う必要性が大きい場合等には、研究開発の共同化は研究開発の目的を達成するために必要なものと認められ、独占禁止法上問題となる可能性は低い。
なお、環境対策、安全対策等いわゆる外部性への対応を目的として行われる共同研究開発については、その故をもって直ちに独占禁止法上問題がないとされるものではないが、研究にかかるリスク、コスト等にかんがみて単独で行うことが困難な場合が少なくなく、そのような場合には、独占禁止法上問題となる可能性は低い。- [4]対象範囲、期間等
共同研究開発の対象範囲、期間等についても共同研究開発が市場における競争に及ぼす影響を判断するに当たって考慮される。すなわち、対象範囲、期間等が明確に画定されている場合には、それらが必要以上に広汎に定められている場合に比して、市場における競争に及ぼす影響は小さい。
(2) なお、上記の問題が生じない場合であっても、参加者の市場シェアの合計が相当程度高く、規格の統一又は標準化につながる等の当該事業に不可欠な技術の開発を目的とする共同研究開発において、ある事業者が参加を制限され、これによってその事業活動が困難となり、市場から排除されるおそれがある場合に、例外的に研究開発の共同化が独占禁止法上問題となることがある(私的独占等)。
○ 例えば、参加者の市場シェアの合計が相当程度高く、研究開発の内容等からみて成果が当該事業分野における事実上の標準化につながる可能性が高い共同研究開発については、当該研究開発を単独で実施することが困難であり、これによって生産、流通等の合理化に役立ち、需要者の利益を害さず、かつ、当該技術によらない製品に関する研究開発、生産、販売活動等の制限がない場合には、研究開発の共同化は認められる。
この場合においても、当該共同研究開発について、ある事業者が参加を制限され、成果に関するアクセス(合理的な条件による成果の利用、成果に関する情報の取得等をいう。以下同じ。)も制限され、かつ、他の手段を見いだすことができないため、その事業活動が困難となり、市場から排除されるおそれがあるときには、独占禁止法上問題となる。
しかしながら、参加を制限された事業者に当該共同研究開発の成果に関するアクセスが保証され、その事業活動が困難となるおそれがなければ、独占禁止法上問題とはならない。