Ⅰ 独占禁止法における知的財産権の位置付け
知的財産(財産的価値のある情報)を創出した者に一定の条件で独占を認める知的財産権は、自由で公正な取引秩序の確保を目的とする「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)」(同法1条)の例外であり、知的財産権に基づく「権利の行使と認められる行為」には独占禁止法を適用しない、とされています(同法21条)。¶001
そして、知的財産権に基づく「権利の行使と認められる行為」については、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(以下「知財利用ガイドライン」といいます)に考え方が示されています。¶002
Ⅱ 知財利用ガイドラインと技術の利用に係る制限行為
Q1
¶003ライセンサー(許諾者)は、ライセンス(利用許諾)契約において、ライセンス技術の利用等に条件を付すことができますか?
A1
¶004ライセンサーは、ライセンス契約において、ライセンシー(被許諾者)によるライセンス技術の利用等に条件を付すことができます。ただし、独占禁止法の観点から、一定の制約があります。
1 知財利用ガイドラインと技術の利用に係る制限行為
知財利用ガイドラインは、技術に関する知的財産について、知的財産制度に期待される競争促進効果を活かしつつ、知的財産制度の趣旨を逸脱した行為によって技術や製品をめぐる競争に悪影響が及ぶことのないようにすることが競争政策上重要であることから定められました(知財利用ガイドライン「第1」1参照)。¶005
¶006
- 知財利用ガイドライン「第1」1
実務上、ライセンス契約には、ライセンサーがライセンシーに対して許諾の条件を付すのが一般的です。ライセンス契約に付される条件については、技術の利用に係る制限行為として、独占禁止法上、適法といえるか否かを検討する必要があります。そして、技術の利用に係る制限行為について独占禁止法の観点からは、実務上、私的独占及び不当な取引制限よりもむしろ、不公正な取引方法(独禁2条9項)1)不公正な取引方法については、公正取引委員会による告示(一般指定)に考え方が示されています。の問題となることが多いです(知財利用ガイドライン「第4」参照)。¶007
2 技術の利用に係る制限行為の公正競争阻害性
知財利用ガイドラインは、技術の利用に係る制限行為を不公正な取引方法の観点から、①技術を利用させないようにする行為、②技術の利用範囲を制限する行為、③技術の利用に関し制限を課す行為、④その他の制限を課す行為に分けて、ライセンス契約に付すことができる条件を整理しています。¶008
そして、知財利用ガイドラインは、ライセンス契約に付される条件を不公正な取引方法の観点から検討するにあたっては、当該条件に公正な競争を阻害するおそれ(以下「公正競争阻害性」といいます)があるか否かが問題となるところ、公正競争阻害性の有無は、(1)行為者の競争者等の取引機会を排除し又は当該競争者等の競争機能を直接的に低下させるおそれがあるか否か、(2)価格、顧客獲得等の競争そのものを減殺するおそれがあるか否か、という観点から判断するとしています。¶009
3 ライセンス契約に付すことができる条件
知財利用ガイドラインは、技術の利用に係る制限行為について、(a)原則として不公正な取引方法に該当する行為、(b)公正競争阻害性を有する場合には不公正な取引方法に該当する行為、(c)原則として不公正な取引方法に該当しない行為の3つに分類しています。¶010
例えば、ライセンサーが、ライセンシーに対して、ライセンス技術を用いた製品の輸出を禁止する行為は、②技術の利用範囲を制限する行為であるところ、原則として不公正な取引方法に該当しない、とされています(知財利用ガイドライン「第4」3(3)ア)。同様に、ライセンス技術を用いた製品を輸出し得る地域を制限することも、原則として不公正な取引方法に該当しない、とされています(同「第4」3(3)イ)。ただし、ライセンシーが輸出し得る数量を制限することについては、公正競争阻害性を有する一定の場合には、不公正な取引方法に該当し得る、とされています(同「第4」3(3)ウ)。他方で、ライセンサーがライセンシーに対してライセンス技術を用いた製品の販売価格を制限する行為は、原則として不公正な取引方法に該当する、とされています(同「第4」4(3))。¶011
以下では、実務上、問題になることの多いライセンス条件について、知財利用ガイドラインを踏まえて考えてみます。¶012
¶013
- 知財利用ガイドライン「第4」3(3)
¶014
- 知財利用ガイドライン「第4」4(3)
Ⅲ 原材料・部品に係る制限
Q2
¶015ライセンサーは、ライセンシーに対して、ライセンス技術を用いて製品を供給する際に、原材料・部品の品質や購入先を制限することができるでしょうか?
A2
¶016ライセンス技術の秘密漏洩の防止その他の合理的な理由があれば、必要な限度で、ライセンサーは、ライセンシーによる原材料・部品の品質や購入先を制限することができる、とされています。
1 一定の合理性が認められる場合
ライセンサーが、ライセンシーに対して、原材料・部品その他ライセンス技術を用いて製品を供給する際に必要なもの(役務や他の技術を含みます)の品質や購入先を制限する行為には、ライセンス技術の機能・効用の保証、安全性の確保、秘密漏洩の防止の観点から必要であるなど一定の合理性が認められる場合がある、とされています。そして、一定の合理性が認められる場合には、ライセンサーは、原材料や部品の購入先をライセンス条件に盛り込むことができます(知財利用ガイドライン「第4」4(1)前段)。¶017
実務上は、原材料・部品に係る制限を課す理由(例えば、ライセンス技術の秘密漏洩の防止)をライセンス契約に明記する必要があるか否か、がしばしば問題になります。この点、当該理由が実質的に明らかといえるならば、必ずしもライセンス契約に原材料・部品に係る制限を課す理由を明記する必要はないと考えるのが一般的と思われます。¶018
¶019
- 知財利用ガイドライン「第4」4(1)
2 必要な限度を超えて制限を課す場合
他方、原材料・部品に係る制限は、ライセンシーの競争手段(原材料・部品の品質・購入先の選択の自由)を制約し、また、代替的な原材料・部品を供給する事業者の取引の機会を排除する効果を持つといえます。したがって、上記の必要な限度を超えて原材料・部品に係る制限を課す行為が、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当するとされていますので、注意が必要です(知財利用ガイドライン「第4」4(1)後段)。例えば、他のメーカーから同性能の部材をより低い価格で調達できるにもかかわらず、ライセンサーがライセンシーに対して合理的な理由なく特定の推奨メーカーから調達するように制限する行為は、これによって公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当するおそれがあります(公正取引委員会相談事例集平成16年度事例11参照)。¶020
Ⅳ ライセンス技術を用いた製品の販売制限
Q3
¶021ライセンサーが、ライセンシーに対して、ライセンス技術を用いた製品の販売を制限することができるのは、どのような場合でしょうか?
A3
¶022ライセンサーは、ライセンス技術を用いた製品の販売地域や販売数量の下限を制限することはできますが、販売の相手方を制限することは、公正競争阻害性を有する場合にはできません。他方で、販売価格を制限することは、原則として不公正な取引方法に該当し、独占禁止法の観点から認められない、とされています。
1 販売地域、販売数量を制限する場合
ライセンサーが、ライセンシーに対して、ライセンス技術を用いた製品(プログラム著作物の複製物を含みます)の販売地域、販売数量、販売先、商標使用等を制限する行為は、ライセンシーの事業活動を拘束することになります。このうち、ライセンス技術を用いた製品を販売できる地域及び販売できる数量の下限を制限する行為は、ライセンス技術を用いた製品に係る市場における競争への影響の程度が限定的ですので、原則として、不公正な取引方法に該当しない、とされています(知財利用ガイドライン「第4」4(2)ア)。¶023
実務上、ライセンス技術を用いた製品を販売できる地域の制限は、実質的に、上記Ⅱ3の輸出の制限と重なることが多いといえます。¶024
¶025
- 知財利用ガイドライン「第4」4(2)ア、3柱書及び(2)
2 販売先の相手方を制限する場合
他方、ライセンス技術を用いた製品の販売の相手方を制限する行為(例えば、ライセンサーの指定した流通業者にのみ販売させること、ライセンシーごとに販売先を割り当てること、特定の者に対しては販売させないことなど)は、上記の販売地域や販売数量の制限とは異なり、利用範囲の制限とは認められないことから、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当する、とされています(知財利用ガイドライン「第4」4(2)イ)。¶026
この点、公正競争阻害性の判断においては、例えば、販売先を制限することの合理的理由の有無や、当該制限を受けるライセンシーの数、当該制限の期間、ライセンス技術を用いた製品の競合製品の供給状況等具体的な事情を考慮して、競争への影響を検討します(同「第2」3及び流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針〔以下「流通・取引慣行ガイドライン」といいます〕第1部3参照)。例えば、市場シェアが大きく、多数の取引先を有する会社であっても、実際には当該販売先の制限を課すのは一部のライセンシーのみで、期間も限定的であり、他の事業者から代替製品の供給も十分に受け得るような場合は、公正競争阻害性が否定される可能性が高いといえます。公正取引委員会が公表している相談事例集(相談事例集平成16年度事例9、同平成19年度事例5)においても、販売先制限の合理性や他からの供給可能性を考慮して販売先の制限を認めています。¶027
実務上、ライセンシーによる販売先をコントロールしたいという相談をライセンサーから受けることが少なくありません。独占禁止法の観点からは、まず、具体的な事情を踏まえて当該販売先を制限する行為について公正競争阻害性の有無を判断することが重要であり、公正競争阻害性を有するおそれがある場合には、知財利用ガイドラインで認められる他の方法(例えば、輸出先制限、販売地域制限等)でライセンサーのニーズを満たすことが限界といえます。¶028
¶029
- 知財利用ガイドライン「第4」4(2)イ
¶030
- 流通・取引慣行ガイドライン第1部3(1)
3 特定の商標の使用を義務付ける場合
ライセンサーが、ライセンシーに対して、特定の商標の使用を義務付ける行為は、商標が重要な競争手段であることに鑑みて、原則として、不公正な取引方法に該当しない、とされています(知財利用ガイドライン「第4」4(2)ウ)。¶031
¶032
- 知財利用ガイドライン「第4」4(2)ウ
4 販売価格・再販売価格を制限する場合
なお、ライセンサーが、ライセンシーに対して、ライセンス技術を用いた製品の販売価格又は再販売価格を制限する行為は、ライセンシー又は当該製品を買い受けた流通業者の事業活動の最も基本となる競争手段に制約を加えるものであり、競争を減殺することが明らかですので、原則として、不公正な取引方法に該当する、とされていることには注意が必要です(知財利用ガイドライン「第4」4(3)、上記Ⅱ3参照)。¶033
ライセンサーであっても、ライセンス技術を用いた製品の価格まではコントロールできないことを、実務上、肝に銘じるべきでしょう。¶034
Ⅴ ライセンス料の設定
Q4
¶035ライセンサーは、ライセンス料をどのように設定してもよいのでしょうか?
A4
¶036計算の便宜のために、ライセンス技術を用いた製品の販売数量等に基づいてライセンス料を計算することは認められますが、ライセンス技術の利用と無関係な基準に基づいてライセンス料を設定することはできない、とされています。
1 ライセンス技術の利用と無関係な基準に基づく場合
ライセンサーがライセンス技術の利用と無関係な基準に基づいてライセンス料を設定する行為(例えば、ライセンス技術を用いない製品の製造数量又は販売数量に応じてライセンス料の支払義務を課すこと)は、ライセンシーが競争品又は競争技術を利用することを妨げる効果を有することがありますので、不公正な取引方法に該当することがある、とされています(知財利用ガイドライン「第4」5(2)前段)。¶037
¶038
- 知財利用ガイドライン「第4」5(2)
2 ライセンス技術の利用に応じたライセンス料の設定
他方、ライセンス技術が製造工程の一部に使用される場合又は部品に係るものである場合に、計算等の便宜上、ライセンス技術又は部品を使用した最終製品の製造・販売数量又は額、原材料、部品等の使用数量をライセンス料の算定基礎とすること等、算定方法に合理性が認められる場合には、原則として、不公正な取引方法に該当しない、とされています(知財利用ガイドライン「第4」5(2)後段)。¶039
実務上は、計算の便宜のために、ライセンス技術を用いた製品の販売数量等を前提として、当該製品へのライセンス技術の寄与度等を考慮して、ライセンス料を設定することが多いと思われます。¶040
また、公正取引委員会の相談事例集平成30年度事例7では、メーカーが部品の製造特許等のライセンスを行うにあたって、ライセンスの相手方との交渉を踏まえて、ライセンシーに競合品の製造を認める代わりに、競合品の製造を行わないライセンシーよりもライセンス料率を高額にすることについて、外形上、権利の行使とみられる行為に該当し、かつ、事実上、取引条件等の不当な差別的取扱い(ライセンシーが製造を禁止される部品の範囲やライセンス料率の差が不当に差別的であるなど)がなければ、独占禁止法上問題となるものではない、としています(知財利用ガイドライン「第4」3(1))。¶041
¶042
- 知財利用ガイドライン「第4」3(1)
Ⅵ 改良技術の取扱い
Q5
¶043ライセンシーがライセンス技術を改良して新しい技術を創出した場合、ライセンサーは、当該改良技術を使用することができるでしょうか?
A5
¶044ライセンサーは、ライセンシーが創出した改良技術について、非独占的ライセンスを受けることができますが、当該改良技術をライセンサーに譲渡する義務を課すことなどは原則として認められない、とされています。
1 改良技術の譲渡義務・独占的ライセンス義務を課す場合
ライセンサーが、ライセンシーに対して、ライセンシーが創出した改良技術について、ライセンサー又はライセンサーの指定する事業者にその権利を帰属させる義務(実務上、アサイン・バック〔assign back〕と呼ばれる方法)、又はライセンサーに独占的ライセンスをする義務を課す行為は、ライセンシーの研究開発意欲を損なうものであり、原則として、不公正な取引方法に該当する、とされています(知財利用ガイドライン「第4」5(8)ア)。¶045
また、ライセンシーが創出した改良技術に係る権利をライセンサーと共有する義務を課す場合も、ライセンシーの改良・応用研究の成果を自由に利用・処分することを妨げるものですので、不公正な取引方法に該当することがある、とされています(同「第4」5(8)イ)。¶046
もっとも、ライセンシーが創出した改良技術が、ライセンス技術なしには利用できないものである場合において、当該改良技術に係る権利を相応の対価でライセンサーに譲渡する義務を課す行為は、円滑な技術取引を促進する上で必要と認められる場合があり、また、ライセンシーの研究開発意欲を損なうとまでは認められないので、一般には独占禁止法に抵触しない、とされています(同「第4」5(8)ウ)。¶047
近時は、実務上、アサイン・バックの定められたライセンス契約を見かけることは少なくなりましたが、いまだ当然のようにアサイン・バックを定めている例もあるところ、上記のとおり、アサイン・バックは独占禁止法との関係で問題を生じるリスクが高い点に注意が必要です。必ずしも権利の帰属にこだわる必要がなければ、下記のグラント・バックで実質的に代替するほうが無難といえるでしょう。¶048
¶049
- 知財利用ガイドライン「第4」5(8)
2 改良技術の非独占的ライセンス義務を課す場合
ライセンサーが、ライセンシーに対して、ライセンシーによる改良技術をライセンサーに非独占的にライセンスをする義務を課す行為(実務上、グラント・バック〔grant back〕と呼ばれる方法)は、ライセンシーの事業活動を拘束する程度は小さく、ライセンシーの研究開発意欲を損なうおそれがあるとは認められないので、原則として不公正な取引方法に該当しない、とされています(知財利用ガイドライン「第4」5(9)ア)。¶050
ただし、上記のグラント・バックに伴い、当該改良技術のライセンス先を制限する場合(例えば、ライセンサーの競争者や他のライセンシーにはライセンスをしない義務を課すなど)は、ライセンシーの研究開発意欲を損なうことにつながりますので、不公正な取引方法に該当することがある、とされています(同「第4」5(9)イ)。¶051
なお、改良技術を超えて、ライセンサーが、ライセンシーに対し、ライセンシーが所有し、又は取得することとなる特許権等をライセンサー又はライセンサーの指定する事業者に対して行使しない義務(非係争義務)を課す行為等は、ライセンサーの技術市場若しくは製品市場における有力な地位を強化することにつながること、又はライセンシーの権利行使が制限されることによってライセンシーの研究開発意欲を損ない、新たな技術の開発を阻害することにより、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当します(同「第4」5(6)、公取委審判審決平成20・9・16審決集55巻380頁〔マイクロソフト非係争条項事件〕参照)。上記の場合に、ライセンサーが、ライセンシーに対して、非係争義務ではなく、ライセンサー又はライセンサーの指定する事業者に対してライセンスをする義務を課す行為についても同様に考えることができますが、公正競争阻害性を有すると認められなければ不公正な取引方法には該当しません(同「第4」5(6)(注17))、公取委審決平成31・3・13審決集65巻第1分冊263頁〔クアルコム事件〕
参照)。¶052
実務上は、ライセンサーがライセンシーによる改良技術を無償で使用できるというグラント・バックを定めるライセンス契約が多いと思われます。ただし、改良技術の範囲をどのように定めるか(グラント・バックの対象をどのように設定するか)は、実務上、工夫の余地があるように思われます。また、改良技術の範囲を超えるライセンス義務等を課す場合であっても直ちに不公正な取引方法に該当するわけではありませんが、上記2つの審判審決を踏まえますと、ライセンサーとライセンシーの間でその義務の内容について十分な交渉を経ているか、対象となる技術の内容を踏まえてライセンシーが著しく不利となるような義務となっていないかなどに注意する必要があると考えられます。¶053
¶054
- 知財利用ガイドライン「第4」5(9)
¶055
- 知財利用ガイドライン「第4」5(6)
- 1)不公正な取引方法については、公正取引委員会による告示(一般指定)に考え方が示されています。