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Ⅰ 1993年(平成5年)

平成5年決定は、成城学園前駅付近の構造の変更を含むもので、その内容は、都市計画事業における行政裁量のあり方が問われた本件事業認可取消訴訟における中心的争点となった。平成5年決定による変更により、本件鉄道事業の対象である喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近の構造は、①世田谷区喜多見9丁目から成城4丁目の約620mは嵩上式、②世田谷区成城4丁目から成城6丁目の約870mは掘削式、③世田谷区成城6丁目から代田3丁目の約5520mは嵩上式、となった。¶001

Ⅱ 1994年(平成6年)

1 平成5年決定を踏まえた都市計画事業の認可

東京都は、小田急線の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの連続立体交差化を内容とする本件鉄道事業およびその付属街路事業から成る都市計画事業(以下「本件事業」という)について、建設大臣から、事業施行者として、都市計画法59条2項(平成11年法律160号による改正前のもの)に基づき、本件事業認可を得た。¶002

2 本件事業認可取消訴訟の提起

本件事業においては、高架部分の地権者は全員買収に応じたため、高架部分の隣に建設される側道(付属街路)部分の土地所有者および高架沿線住民であるXら(原告・控訴人=被控訴人・上告人)が、Y(建設大臣、1審で関東地方整備局長がその地位を承継。被告・被控訴人=控訴人・被上告人)を相手として、付属街路部分に高架部分も含めて、本件各事業認可の取消しを求めて出訴した。¶003

Xらの主張としては、本件事業の前提となる都市計画は、各種手続法上の違法のほか、事業方式の選定において、環境への影響、事業費などの面でより優れた代替案である地下式を理由もなく不採用とし、いずれの面においても地下式に劣る高架式を採用した点などに実体法上の違法があり、本件各事業認可も違法となるということであった。¶004

Ⅲ 2001年(平成13年)

1 本件事業認可取消訴訟の東京地裁判決(東京地判平成13・10・3訟月48巻10号2437頁)で問題となった論点

東京地裁判決で取り上げられたのは、①複々線化事業周辺住民の原告適格、②実体法上(都市計画決定における裁量判断)の違法、③事情判決の適用の是非、の3点であった。¶005

平成13年東京地裁判決の主な解説

  • 阿部泰隆・環境法百選〔第1版〕86頁

2 各論点に対する地裁の判断

(1)複々線化事業周辺住民の原告適格について

本件当時の最高裁判例法理(2004年行政事件訴訟法改正前。当時の都市計画事業認可の取消訴訟における原告適格のリーディングケースとして、いわゆる環状6号線訴訟最高裁判決〔最判平成11・11・25判時1698号66頁〕)がある。東京地裁判決は、環状6号線訴訟が示した原告適格判断の枠組みに従い、原告適格の有無は、当該処分を定めた行政法規が原告の利益を個々人の個別的利益として保護していると解釈されるかどうかによるとし、事業地内の地権者は原告適格を有するとしつつ、事業地の周辺地域に居住する者の原告適格を否定した。そのうえで、複々線化事業と付属街路事業は一体化しているから、付属街路事業の事業地に権利を有する者について、本件事業認可の取消しを求める原告適格を認めた。¶006

環状6号線訴訟最高裁判決の主な解説

東京地判平成13・10・3訟月48巻10号2437頁の原告適格に関する判示

「4 争点1(原告適格)について

(1) 行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するところ、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も上記にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである(最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁、最高裁平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号250頁)。

(2) そこで、本件各認可について、上記の観点から検討する。

ア 本件で取消しが求められているのは、建設大臣が〔都市計画〕法59条2項に基づいて東京都に対してした本件鉄道事業及び本件各付属街路事業の認可処分である。

そこで、都市計画事業の認可に関する具体的規定を検討するに、都市計画事業の認可が告示される(法62条1項)と、次のような法的効果が生ずることが規定されている。すなわち、①事業地内において当該事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更、建築物の建築、その他工作物の建設を行うこと等が制限され(法65条1項)、②事業地内の土地建物等を有償譲渡しようとする際には、施行者に優先的にこれらを買い取ることができる権利が与えられ(法67条)、③認可をもって土地収用法20条の規定による事業の認定に代え、上記告示をもって同法26条1項の規定による事業認定の告示とみなした上、都市計画事業を同法の事業に該当するものとみなして同法の手続により土地の収用、使用をすることができるものとされている(法69条以下)。これらの規定によれば、都市計画事業の事業地内の不動産に権利を有する者は、違法な認可がされれば、それによって自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれが生ずることとなるのであるから、法59条以下の認可の手続・要件等を定めた規定は、都市計画事業の事業地内の不動産につき権利を有する者個々人の利益をも保護することを目的とした規定と解することができ、したがって、事業地内の不動産につき権利を有する者は、認可の取消しを求める原告適格を有するものと解すべきである

イ これに対し、事業地の周辺地域に居住し又は通勤、通学するにとどまる者については、認可によりその権利若しくは法律上保護された利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあると解すべき根拠は認められない。

すなわち、法は、総則において、『この法律は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする』(法1条)、『都市計画は、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるものとする。』(法2条)、『国及び地方公共団体は、都市の整備、開発その他都市計画の適切な遂行に努めなければならない。』、『都市の住民は、国及び地方公共団体がこの法律の目的を達成するため行う措置に協力し、良好な都市環境の形成に努めなければならない。』(法3条)と規定しており、これらの総則規定を見る限りでは、法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保するなどの公益保護の観点から都市計画について規定しているものであり、法59条の都市計画事業の認可の制度も、基本的視点としては上記の観点から設けられたものということができる。また、認可等の基準を定める法61条の規定からも、事業地の周辺地域に居住する者個々人の個別的利益が保護の対象とされていることを直ちに読みとることはできない。

したがって、事業地の周辺地域に居住し又は通勤、通学しているが事業地内の不動産につき権利を有しない者は、認可の取消しを求める原告適格を有しないというべきである(最高裁平成11年11月25日第一小法廷判決・判例時報1698号66頁)。

(3)ア Xらは、①本件鉄道事業認可の前提となる都市計画については、法13条1項柱書き後段が公害防止計画に適合することを要件としているところからみて、当該事業認可を通じて近隣住民の平穏な環境を享受する権利等の個々人の個別具体的利益をも保護すべきものと位置づけている、②法16条、17条、66条は地域住民の都市計画決定への参加を実質化するために設けられた規定であって、これらの規定からも法59条、61条1項は、当該事業認可を通じて近隣住民の平穏な環境を享受する権利等の個々人の個別的利益をも保護すべきものと位置づけているとみられると主張し、これを根拠に事業地の周辺住民は認可の取消しを求める原告適格を有すると主張する。

イ しかしながら、法の総則規定である法1条ないし3条や認可等の基準を定める法61条の規定をみても、事業地周辺居住者個々人の個別的利益を保護したものとみることができないことは前記のとおりであって、このことは、都市計画の基準を定める法13条についても同様であり、法は、公益的見地から、都市計画施設の整備に関する事業の認可等を規制することとしていると解されるのであって、これらの規定を通して事業地周辺に居住する住民等個々人の個別的利益を保護しようとする趣旨を含むものと解することはできない。

ウ 法13条1項柱書き後段は、当該都市について公害防止計画が定められているときは都市計画は当該公害防止計画に適合したものでなければならないことを定めているが、これも、都市計画が健康で文化的な都市生活を確保することを基本理念とすべきであること等にかんがみ、都市計画がその妨げとならないようにするための規定であって、この規定も、やはり公益的観点から設けられたものと解すべきである。

エ また、法は、公聴会を開催するなどして住民の意見を都市計画の案の作成に反映させることとし(法16条1項)、都市計画の案について住民に意見書提出の機会を与えることとしている(法17条2項)が、これらの規定も、都市計画に住民の意見を広く反映させて、その実効性を高めるという公益目的の規定と解されるのであって、これをもって住民の個別的利益を保護する趣旨を含む規定ということはできない。

よって、この点に関するXら主張には理由がない。

(4) そこで、本件において原告適格を判断する前提となる事業地の範囲について検討するに、……本件要綱〔建運協定に基づく連続立体交差事業調査要綱〕においては、連続立体交差事業調査の際の事業計画の作成に当たっては、鉄道と側道は一体的に設計されるべきものとして取り扱われていることが認められ、実際上も、鉄道に沿って住宅地が連続している区間において鉄道を高架化する場合には、高架施設が生む日影により日照阻害が生じ得ることから、特に高架施設の北側において関連側道として空間をあけることにより日照阻害の問題が生ずることを防ぐ必要があり、そうした都市環境の保全に資する目的で、高架施設に沿って付属街路を設置することが必要不可欠である一方で(昭和51年4月28日運輸省鉄道監督局長・建設省都市局長・建設省道路局長通知『連続立体交差化事業の取扱いについて』においては、鉄道の高架化に関連して、都市環境の保全に資する目的で、高架構造物に沿って、住宅の用に供している土地が連たんしている区間に設置される道路(法に基づく幹線街路を除く。)を『関連側道』として、その幅員及び設置に要する費用の都市計画事業者と鉄道事業者の間における負担割合等を定めている。)、付属街路は、高架施設の存在を前提として都市環境の保全に資する目的で設計されるものであり、高架施設を前提としない道路としての付属街路自体で、都市計画施設たる『道路』としての独立した存在意義を有するものとして設計されるものではないから、付属街路を設置する事業だけでは独立した都市計画事業としての意味を持たないものであるということができ、したがって、付属街路に係る都市計画は、主たる都市計画事業である鉄道の高架化事業に付随する従たるものというべきであり(この点については、……Yも認めるところである。)、本件鉄道事業に係る9号線都市計画と本件各付属街路事業に係る本件各付属街路都市計画とは、形式的には異なる都市計画ではあるけれども、その実体的適法性を判断するに当たっては、両者が相俟って初めて1つの事業を形成するという実質を捉え、一体のものとして評価するのが相当である(なお、Xらの主張する交差道路用地については、理論的にもこのような関係になく、事業者も異なるのであって、これを本件各事業と一体のものということはできない。)。

よって、本件においては、本件各認可に係る事業の対象土地全体を1個の事業地と考え、同事業地の不動産に権利を有する者が、本件各認可全体につき、その取消しを求める原告適格を有するというべきである。

(5) しかして、前記3〔Xらの権利関係について〕に認定した事実によれば、X1は、本件鉄道事業の事業地内の土地建物につき有していた所有権等の権利を喪失したことが認められ、その他の原告が本件鉄道事業の事業地内の不動産につき権利を有することを認めるに足りる証拠はなく、また、X2については、祖師ヶ谷大蔵駅付近の本件線増事業の事業地内とされる地域内にある別紙物件目録3(3)記載の土地の所有権を日本鉄道建設公団に譲渡し、その旨の所有権移転登記手続をしたことは認められるが、その登記の原因となった契約の効力を否定する事実を認めるに足りる証拠はない。しかしながら、別紙原告目録1記載の各原告のうち、X3が付属街路第5号線事業の事業地内に建物を所有していること、X4が付属街路第9号線事業の事業地内に土地を所有していること、X5、X6、X7、X8及びX9がそれぞれ付属街路第10号線事業の事業地内に土地を所有していることは当事者間に争いがなく、X10については、付属街路第5号線事業の事業地内にある別紙物件目録4(1)記載の土地につき賃借権を有していることが認められ、X11については、付属街路第9号線事業の事業地内に存する別紙物件目録5(1)記載の区分所有建物……の共有持分権を有し、同建物の敷地である同目録5(2)記載の土地につき借地権を有していることが認められ、したがって、別紙原告目録1記載の各原告9名については、本件各付属街路事業のいずれかの事業地内の不動産につき権利を有していることが認められるから、同各原告については、一体としての本件各認可の取消しを求める原告適格を有するものと認めることができ、その余の各原告については、本件各認可に係る事業地の不動産につき権利を有することを認めるに足りる証拠はないから、同各原告につき本件各認可の取消しを求める原告適格を認めることはできないというべきである。」

¶007

(2)実体法上(都市計画決定における裁量判断)の違法について

都市計画決定における裁量判断のあり方について、以下に引用するとおり、その内容に踏み込んだ判断を行い、結論として本件各事業認可の前提となる都市計画決定(平成5年決定)に実体法上の違法があるとした。¶008

東京地判平成13・10・3訟月48巻10号2437頁の都市計画決定における裁量判断に関する判示

本件各認可の前提となる都市計画決定(平成5年決定及びこれと一体をなす本件各付属街路都市計画)に当たっての考慮要素には、その当時の小田急線には騒音の点において違法な状態が発生しているのではないかとの疑念が生じる状態であったにもかかわらず、この点を看過し、この疑念を解消し得るものか否かや、それが解消し得ない場合には新たな都市計画によってその解消を図るという視点を欠いていた点において、その著しい欠落があった。また、都市計画決定に当たっての判断内容については、第1に、高架式を採用すると相当広範囲にわたって違法な騒音被害の発生するおそれがあったのにこれを看過するなど環境影響評価を参酌するに当たって著しい過誤があり、第2に、本件事業区間に隣接する下北沢区間が地表式のままであることを所与の前提とした点で計画的条件の設定に誤りがあり、第3に、地下式を採用しても特に地形的な条件で劣るとはいえないのに逆の結論を導いた点で地形的条件の判断に誤りがあり、第4に、より慎重な検討をすれば、事業費の点について高架式と地下式のいずれが優れているかの結論が逆転し又はその差がかなり小さいものとなる可能性が十分あったにもかかわらず、この点についての十分な検討を経ないまま高架式が圧倒的に有利であるとの前提で検討を行った点で事業的条件の判断内容にも著しい誤りがある。これらのうち、当時の小田急線の騒音が違法状態を発生させているのではないかとの疑念への配慮を欠いたまま都市計画を定めることは、単なる利便性の向上という観点を違法状態の解消という観点よりも上位に置くという結果を招きかねない点において法的には到底看過し得ないものであるし、事業費について慎重な検討を欠いたことは、その点が地下式ではなく高架式を採用する最後の決め手となっていたことからすると、確たる根拠に基づかないでより優れた方式を採用しなかった可能性が高いと考えられる点において、かなり重大な瑕疵といわざるを得ず、これらのいずれか一方のみをみても、優に本件各認可を違法と評価するに足りるものというべきである。したがって、以上の諸事情を考慮すると、本件各認可については、その余の点を判断するまでもなく違法であるといわざるを得ない。」

¶009

(3)事情判決の適用の是非について

事情判決については、事業認可が取り消されても、それによって土地収用ができなくなるだけで、事業を行うことはできるとして、事情判決(行訴31条1項)の適用を否定した。¶010

東京地判平成13・10・3訟月48巻10号2437頁の事情判決の適用の是非に関する判示

「当事者双方から特に主張はないが、本件各事業のもつ社会的影響力にかんがみ、念のため、行政事件訴訟法31条1項適用の可否について検討する。

証拠……及び弁論の全趣旨によれば、本件事業区間において、在来線である従来の9号線を存置したまま、本件線増事業の高架橋工事は、用地取得済みの箇所について進められており、既に一部区間は完成していて、平成12年4月の時点では本件事業区間の約5割について線増部分の高架橋工事が完成しており、完成区間から順次在来線を完成した線増部分の高架橋に切り替えていて、祖師ヶ谷大蔵駅付近については平成12年4月に、経堂駅付近については同年6月に高架橋への切替えが行われていることが認められるところ、本判決が確定し、本件各認可を取り消すこととなっても、本判決の効力として、本件各認可に基づいて実際に行われた工事の結果につき、行政庁が一般的にこれを除去すべき原状回復義務や工事を差し止めるべき義務を負うものではない。

もっとも、例えば、公有水面法35条が埋立免許の効力が消滅した場合に工事施工者に原状回復義務が発生することを規定しているように、公法上又は私法上の特別の規定の効果として一定の原状回復義務が発生することはあり得るから、本件につき、都市計画事業の認可が取り消された場合についての実体法の定めについて検討するに、法において、都市計画事業の認可が取り消された場合に、同事業に係る工事施工者等に原状回復義務を負わせるような規定は存在しない。都市計画事業の施行に当たっては、都市計画事業につき法の認可がされ、その告示がされた場合には、施行者は、収用し又は使用しようとする土地が所在する都道府県の収用委員会に収用又は使用の裁決を申請することができる(土地収用法39条1項)などの土地収用法上の効果が生じ(法69条、70条)、施行者がこれらの手続により都市計画事業に必要な土地の所有権を取得することがあり得、また、都市計画事業の施行者が、法の定める先買い権(法67条)を行使することにより、さらには、事業区域内の土地所有者から買取請求権(法68条)を行使されることにより、事業に必要な土地を取得している場合があり得るところ、これらの場合には、都市計画事業の認可が取り消された場合に、既になされた土地取得の手続に法的影響が及ぶと考える余地がないではないが、本件各事業の施行に当たっては、そのような手続により土地が取得されたことはうかがわれないから、この点でも、本件各認可の取消しにより、既になされた土地の所有権の移転やそれを前提とした工事の結果等につき、直ちにこれを覆滅したり、原状回復義務を生じさせるような法的効果が生ずるものとは認められない。また、本件においては、その他の関連法規についても、認可に基づいてなされた工事の結果の原状回復義務といった法的効果を発生させる法律上の根拠を見い出せない。

したがって、本件各認可が取り消されても、その手続自体又はそれに必要な公金の支出に関与した公務員が何らかの意味で責任を追求されるなどの可能性はないでもないが、これにより、既になされた工事について原状回復の義務等の法的効果が発生するものではなく、その他本件各認可の取消しにより公の利益に著しい障害を生ずるものとは認められないから、本判決において、本件各認可が違法である旨の判断をするに当たり、行政事件訴訟法31条1項により別紙原告目録1記載のXらの請求を棄却すべき場合であるとは認められない。」

¶011
【参考】関係法令等(当時)の定め(第1審判決資料より抜粋)

1 都市計画法

本件は、本件各事業を都市計画事業として認可した本件各認可の取消しが求められているところ、法によれば、『都市計画事業』とは、法の定めるところにより法59条の規定による認可又は承認を受けて行われる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう(法4条15項)。そして、『都市計画施設』とは、都市計画において定められた法11条1項各号に掲げる施設をいい(法4条6項)、法11条1項1号では、『都市計画施設』に当たるものとして、『道路』及び『都市高速鉄道』が挙げられている。本件各事業は、『都市高速鉄道』である9号線の本件事業区間につき、『道路』との連続立体交差化をするための事業であり、法の定める『都市計画事業』に当たるものということができる。

2 建運協定

都市における道路と鉄道との連続立体交差化事業については、これを円滑に実施するために、都市計画事業施行者と鉄・軌道事業者との費用負担に関し、昭和44年9月1日、当時の建設省と運輸省との間で建運協定及び『都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する細目協定』(以下、改正の前後を問わず「細目協定」という。)が締結され、これらの各協定は、その後国鉄改革に伴って見直しがされ、平成4年3月31日に一部改正され、改正されたこれらの協定は、同年4月1日から適用されることとなった。

建運協定2条によれば、『連続立体交差化』とは、鉄道と幹線道路(道路法による一般国道及び都道府県道並びに都市計画法により都市計画決定された道路をいう。)とが2か所以上において交差し、かつ、その交差する両端の幹線道路の中心間距離が350メートル以上ある鉄道区間について、鉄道と道路とを同時に3か所以上において立体交差させ、かつ、2か所以上の踏切道を除却することを目的として、施工基面を沿線の地表面から隔離して既設線に相応する鉄道を建設することをいい、既設線の連続立体交差化と同時に鉄道線路を増設することを含むものとするとされ、鉄道線路の増設を『線増』、線増を同時に行う連続立体交差化を『線増連続立体交差化』とそれぞれいうものとされており、本件鉄道事業及び本件線増事業は、9号線の本件事業区間における『線増連続立体交差化』を行おうとするものである。

建運協定3条は、『建設大臣又は都道府県知事は都市計画法の定めるところにより、連続立体交差化に関する都市計画を定める。』(同条1項)、『第1項の都市計画には、線増連続立体交差化の場合における鉄道施設の増強部分(既設線の鉄道施設の面積が増大する部分及び線増線の部分をいう。以下同じ。)を含めるものとする。ただし、鉄道事業者が自己の負担で、既設線の連続立体交差化に先行して線増工事に着手する必要がある場合においては、線増線の部分を含めないことができる。』(同条3項)と定め、また、建運協定4条は、『前条の規定により都市計画決定された連続立体交差化に関する事業(以下『連続立体交差化事業』という。)のうち、単純連続立体交差化の場合における全ての事業及び線増連続立体交差化の場合における鉄道施設の増強部分以外の部分に係る事業は、都市計画事業として都市計画事業施行者が施行する。』と規定しており、『都市計画事業施行者』とは、連続立体交差化に関する事業を都市計画事業として施行する都道府県又は地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項の指定都市をいう(建運協定2条(7))とされ、本件においては、本件鉄道事業が、『連続立体交差化事業』のうち『線増連続立体交差化の場合における鉄道施設の増強部分以外の部分に係る事業』として、『都市計画事業施行者』である東京都が施行するものである。

3 本件要綱

連続立体交差事業調査は、連続立体交差事業の必要性が比較的高く、かつ事業の採択基準に合致する事業計画箇所について、その都市における都市計画の総合的検討を行いつつ、事業の緊急性を検討するとともに、都市計画決定に必要な概略の事業計画を作成することを目的とするものであるところ、建設省は、連続立体交差化事業を行おうとする都道府県及び指定市に対し国庫補助調査を行う場合の調査内容等を示すために、本件要綱を定めており、本件各事業及び本件線増事業についての連続立体交差事業調査が行われた際に定められていた本件要綱は次のような内容であった(なお、本件要綱は、平成4年11月に改正されている)。

連続立体交差事業調査においては、単に鉄道の設計を行うのではなく、広域及び周辺市街地の現状における課題を把握し、連続立体交差事業の必要性を明確にした上で、都市計画の総合的検討を踏まえて関連事業計画、高架下利用計画と一体的に鉄道、側道等の設計を行い、さらに計画の総合的な評価を行うため総合アセスメント調査を行うこと(1項第3段落)。

広域的条件調査(5-1-1項)、現地調査(5-1-2項)、周辺市街地現況調査(5-1-3項)、街路整備状況調査(5-1-4項)及び鉄道状況調査(5-1-5項)を行い、これらの調査をふまえて都市機能、都市交通、土地利用、居住環境及び都市活力等の観点から現況の都市計画上の問題点を整理し、このように整理された都市計画上の問題点を基に連続立体交差事業の必要性及びその区間について検討、整理をすること(5-1-6項)。その上で、都市計画の総合的検討として、将来目標を設定し(5-2-1項)、都市整備基本構想を作成することとし(5-2-2項)、周辺市街地整備基本構想を作成する際には、鉄道・側道等の設計並びに高架下空間及び鉄道残地の利用計画に配慮しつつ行うものとし(同項(2))、その要素として、土地利用計画、交通計画等に加え、公園緑地計画として、公園の配置計画の検討をすることのほか、公園、緑地や他の公共施設や良好な植生を加え、緑のネットワークを構成すべきこと(同項(2)③)。

鉄道・側道等の設計に当たっては、鉄道と側道は一体的に取り扱われ(5-3の標題、5-5-1⑥、図15)、設計は、基本設計と概略設計とした上で、設計に当たっては、5-2項の都市計画の総合的検討及び5-4項の関連事業計画等の検討に配慮しつつ行うものとし、特に、駅周辺の動線計画、街路網計画、駅前広場計画、高架下利用計画、面的整備計画、環境対策等に十分配慮を払いつつ行うものとする(5-3-3項)。基本設計においては、連続立体交差化する区間、経済的かつ合理的な線形、施行方法(仮線方式、別線方式、直上方式等)、おおむねの構造形式を比較検討するものとし、事前検討を行った上で周辺の関連事業計画等と調和のとれた比較案を数案作成し、比較評価を行うものとし(同項(1))、鉄道の縦断線形については特に経済性の観点から十分比較検討を行うこととし(同項(1)②後段)、比較案の評価に当たっては、経済性、施工の難易度、関連事業との整合性、事業効果、環境への影響等について比較し、総合的に評価して順位を付けるものとする(同項(1)③)。概略設計に当たっては、比較案から最適な案を選定し、さらに詳細に上記検討を行い、事業費積算のための設計を行うこととする(同項(2))。

連続立体交差事業の事業効果は、同事業と一体的に整備を図るべき関連事業がいかに実施されるかによって大きく左右されるから、連続立体交差事業の計画に当たり、既に熟度の高まっている関連事業はもちろん、5-2項の都市計画の総合的検討で検討したものを含めて、連続立体交差事業の事業効果を最大にするような計画内容と事業プログラムを検討し、その場合、鉄道残地及び高架化空間の利用にも十分配慮するものとする(5-4-1項)。そして、駅周辺動線計画の検討をするとともに(5-4-2項)、高架下空間を、商業ゾーン、駅業務ゾーン、公共利用ゾーン、通路等に区分するなどして、高架化利用の基本計画を策定し、その場合、周辺市街地の公共施設整備状況、住民の意向等に配慮して、自転車駐車場、小公園、行政サービスコーナー、集会場等公共利用を優先させるものとする(5-4-3項)。

連続立体交差事業の総合的な判断評価を行うため、連続立体交差事業による事業効果及び環境への影響を調査することとし(5-5項)、環境調査については、騒音、振動、日照、電波障害、その他地域分断、都市景観の阻害等の項目についても必要に応じて検討を行うものとする(5-5-2項)。

このうち、騒音については、当該地区の鉄道騒音を代表すると認められる地点及び事業後において騒音が問題となる恐れのある箇所について、現況の騒音レベルの測定を行い、事業後の騒音の予測を行うものとする。測定方法は、『新幹線鉄道騒音に係る環境基準について』(昭和50年7月29日環境庁告示第46号)等に準ずるものとする。騒音予測については、周辺の地形、土地利用等の状況から簡略な計算で騒音レベルの予測が可能な場合は計算等を行うとともに、他地区の事例等諸資料を活用して行うものとする。

4 騒音に関する環境基準

(1) 本件各事業のような在来線鉄道の騒音については、本件各認可当時、特に公的な基準は定められていなかったが、新幹線鉄道の騒音については、上記告示により、『環境基準』として、①主として住居の用に供される地域については70ホン、②商工業の用に供される地域等①以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域については75ホンと定められた(騒音レベルの単位については、当時施行されていた旧計量法(昭和27年法律第207号)では『ホン』又は『デシベル』を用いることとされ、両単位は同一の尺度で表されるものとされていた(同法5条44号)。なお、同告示は、新計量法(平成4年法律第51号)の制定の際に改正され、上記環境基準の単位にはデシベルが用いられ、上記①の地域については70デシベル、上記②の地域については75デシベルが環境基準となり、同改正による新たな告示は平成5年11月1日から施行された。)。

また、同告示では、騒音の測定・評価の方法については、上り下りの列車を合わせて原則として連続して通過する20本の列車について、当該通過列車毎の騒音のピークレベルを読み取って行い、測定は、屋外において原則として地上1.2メートルの高さで行うこと等が定められ、さらに、上記環境基準の達成目標期間について、新設新幹線鉄道の場合には開業時に直ちに、そうでない場合最長でも開業時から5年以内に上記環境基準が達成されるべきこと等が定められていた。

(2) 東京都は、昭和46年以降『都民を公害から防衛する計画』を策定して、環境対策の各種目標値を設定していたところ、昭和49年に策定された同計画においては、昭和60年度を目指した計画として、鉄道騒音につき、住居地域では70デシベル以下、その他の地域では75デシベル以下を目標値としていた。

(3) なお、本件各認可後、『在来鉄道の新設又は大規模改良に際しての騒音対策の指針について』(平成7年12月20日環大─第174号環境庁大気保全局長から各都道府県知事・政令指定都市市長あて。以下「平成7年指針」という。)が発出され、同指針では、在来鉄道の新設又は大規模改良に際して、生活環境を保全し、騒音問題が生じることを未然に防止する上で目標となる当面の指針として、新線(鉄道事業法8条又は軌道法5条の工事の施行認可を受けて工事を施行する区間をいう。)においては、平成7年指針中で測定及び算出の方法が定められている『等価騒音レベル』として、昼間(7時から22時)について60デシベル以下、夜間(22時から翌日7時)について55デシベル以下とし、住居専用地域等住居環境を保護すべき地域にあっては一層の低減に努めることとし、大規模改良線(複線化、複々線化、道路との連続立体交差化又はこれに準ずる立体交差化を行うため、鉄道事業法12条の鉄道施設の変更認可又は軌道法施行規則(大正12年内務・鉄道省令)11条の線路及び工事方法書の記載事項変更認可を受けて工事を施行する区間をいう。)においては、騒音レベルの状況を改良前より改善することが定められた。」

¶012

Ⅳ 2004年(平成16年)

4月、行政事件訴訟法改正における原告適格の取扱いをめぐる政府答弁(下記の参議院会議録抜粋記事を参照)の中で、本件事業認可取消訴訟の東京地裁判決と東京高裁が依拠していた前掲環状6号線訴訟最高裁判決の判例変更が示唆される。また、答弁の中では、都市計画法の関連法規として環境影響評価法(本件においては東京都環境影響評価条例が該当)があり得るという旨の発言もあり、実際、本件事業認可取消訴訟に係る平成17年最高裁大法廷判決では、都市計画法の関連法規として東京都公害防止条例が位置づけられた。6月に行政事件訴訟法改正法(平成16年法律84号)が成立(2005年4月施行)。¶013

第159回通常国会平成16年4月28日衆議院法務委員会議録より(抜粋)

「松野信夫委員 次に、原告適格の問題について移りたいと思います。

恐らく、今度の改正法の一つの大きな目玉は原告適格、第9条の第2項という規定が設けられたというのが一つ大きいところではないかと思います。今までよりは多少原告適格が広く判断されるのではないか、こういうことからこの2項が設けられたのではないか、こういうふうに思います。

しかし、具体的にこの2項、普通の人が読んでも、なかなか正直わかりにくい。原告適格を決めるには当該法令の規定の文言だけではなくていろいろな点を考慮して判断しなさいよ、こういうふうになっているんですが、そのいろいろな点を考慮して判断すれば本当に原告適格が広がるのか。どうもいま一歩、これまでの当委員会での議論を聞いていましても、具体的にどう広がるかというのがもう一つ目に見えない。

これまでは原告適格なしとして却下されていた、こういうようなケースも、今回の法案に基づけば原告適格ありとして救済されるだろう。それは、最終的には、個々具体的な裁判で裁判官が判断することにはなりますけれども、ある程度の見通し、せっかく法改正をして原告適格を広げようというねらいがあってつくっているわけですから、具体的にこういうケースでこう広がりますという点を、これはちょっと率直に御説明いただきたいと思います。

山崎潮政府参考人 この条文を適用して、最終的には裁判所で決められるということになりますので、私の方が現在そこでこうなると言う形は避けたいというふうに思います。

ただ、そうは申しましても、具体的にどういうイメージになるのかということがわからなくては、やはり法律の趣旨がわかっていただけないということになります。そこで、若干のことを申し上げたいと思いますが、これは、私どもの行政訴訟検討会の中で議論がされた二つ、三つのテーマについて、現状がどうなっていて、今回の法案を適用するとどういう可能性があるかという点について申し上げたいというふうに思います。

まず一つは、私どもの検討会で問題になりましたのは都市計画法の問題でございますけれども、道路の拡幅工事でございます。これにつきまして、現在、都市計画法の建前では、そこの拡幅の対象になるところの土地の権利者、これについて提訴をする、そういう原告適格があるということでございますけれども、ではそれ以外、その周辺の居住者あるいは通勤の方々、そういう方々について当事者適格があるかどうかという点につきましては、従来はその点はない、こういうような解釈であったということでございます。

そこで、本当にそれでいいのかどうかという問題もいろいろ議論がされたわけでございます。確かに、道路の拡幅で土地がなくなる方、この方は当然ということになりますけれども、ではその周辺の方々はどういう影響を受けるかというと、騒音の影響を受けたり、あるいは浮遊粒子状物質ですか、こういうものの健康被害の問題とか、さまざまな環境の変化による影響を受けるわけでございます。

こういう点について配慮をすべきかどうかということになりますけれども、これにつきましては、今回の法案の中でも、その根拠となる当該法令、そこの目的やその法令の文言だけじゃなくて趣旨、目的も考えなさいというふうに書いてありますけれども、それを考えるについて、その目的を共通にする、こういうような法令についても考慮の対象にしなさい、こういうことを言っているわけでございます。

そうなりますと、環境に関する関連法令ということで、最近一番新しいのは環境アセスメント法、環境影響評価法でございますか、これがございまして、このような都市計画法上の道路の拡幅工事がその対象になるということになっておりますので、そこで影響を受ける環境評価の点は、全部審査をした上でやらなきゃいかぬということになります。そうなりますと、そこでどういうものが対象になってくるかということですね、被害の実態とか。そういうことを考えて当事者適格を考えなさいということでございますので、その状況によっては、所有者じゃなくて居住者についても当事者適格が認められていく可能性がある、こういうような考えになるわけです。

それが一点でございますが、一つ一つ、区切ってやりますか。それとももう一点。よろしいですか。

松野(信)委員 今の点については、私も、恐らく今回の法令が通れば、道路関係の周辺住民、これはやはり原告適格を認めてしかるべきだ、この法案で認められるだろうという予測も立てております。

例えば、具体的な例で申し上げると、最高裁判所が平成11年の11月25日に下している判決がありまして、これは東京の環状6号線の道路訴訟です。都市計画事業認可処分、この取り消しを環状6号線の周辺の住民の人たちが求めたというケースなんですが、最高裁の方は、事業地内の不動産について権利を持っている、所有権あたりを持っている、これは当然原告適格がある。しかし、その周辺の住民は原告適格なしというふうに最高裁の方は判断をしているわけですね。

だから、今の局長の御答弁からするならば、こういうケースは恐らく原告適格ありという方向で考えられてくるのかなと。今御指摘のように、環境アセス法あたりも十分しんしゃくせよということにでもなればそうなるのかなというふうに思いますが、こういう認識でよろしいでしょうか。

山崎政府参考人 結論は、断定はできませんけれども、思いの方向は多分同じだろうというふうに考えております。」

¶014

Ⅴ 2005年(平成17年)

本件の原告には、付属街路に係る都市計画事業の事業地内の不動産について権利を有する者は存在したが、本件鉄道事業の事業地内の不動産について権利を有する者はいなかった。そうしたなかで、最大判平成17・12・7民集59巻10号2645頁は、行政事件訴訟法改正前の原告適格の定式をほぼそのまま維持し、行政事件訴訟法9条2項を引用したうえで、都市計画事業の取消訴訟の原告適格に関する従来のリーディングケースである前掲環状6号線訴訟最高裁判決を判例変更し、事業地外の一定範囲の住民等にまで原告適格を拡大した。処分の根拠法規である都市計画法と目的を共通にする法令として公害対策基本法と東京都環境影響評価条例を位置づけ、生活環境に係る利益についても原告適格を認めたうえで、具体的な原告適格保持者の範囲決定に環境影響評価手続の対象となったかどうかを用いた点が注目される。¶015

平成17年最高裁大法廷判決の主な解説

最大判平成17・12・7民集59巻10号2645頁の判示

「(1)行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)。

(2)上記の見地に立って、まず、Xらが本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。

ア 都市計画法は、同法の定めるところにより同法59条の規定による認可等を受けて行われる都市計画施設の整備に関する事業等を都市計画事業と規定し(4条15項)、その事業の内容が都市計画に適合することを認可の基準の一つとしている(61条1号)。

都市計画に関する都市計画法の規定をみると、同法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(1条)、都市計画の基本理念の一つとして、健康で文化的な都市生活を確保すべきことを定めており(2条)、都市計画の基準に関して、当該都市について公害防止計画が定められているときは都市計画がこれに適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き)、都市施設は良好な都市環境を保持するように定めることとしている(同項5号)。また、同法は、都市計画の案を作成しようとする場合において必要があると認められるときは、公聴会の開催等、住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとし(16条1項)、都市計画を決定しようとする旨の公告があったときは、関係市町村の住民及び利害関係人は、縦覧に供された都市計画の案について意見書を提出することができるものとしている(17条1項、2項)。

イ また、上記の公害防止計画の根拠となる法令である公害対策基本法は、国民の健康を保護するとともに、生活環境を保全することを目的とし(1条)、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動等によって人の健康又は生活環境に係る被害が生ずることを公害と定義した上で(2条)、国及び地方公共団体が公害の防止に関する施策を策定し、実施する責務を有するとし(4条、5条)、内閣総理大臣が、現に公害が著しく、かつ、公害の防止に関する施策を総合的に講じなければ公害の防止を図ることが著しく困難であると認められる地域等について、公害防止計画の基本方針を示して関係都道府県知事にその策定を指示し、これを受けた関係都道府県知事が公害防止計画を作成して内閣総理大臣の承認を受けるものとしている(19条)(なお、同法は、環境基本法の施行に伴い平成5年11月19日に廃止されたが、新たに制定された環境基本法は、内閣総理大臣が上記と同様の地域について関係都道府県知事に公害防止計画の策定を指示し、これを受けた関係都道府県知事が公害防止計画を作成して内閣総理大臣の承認を受けなければならないとしている(17条)。さらに、同条の規定は、平成11年法律第87号及び第160号により改正され、現在は、環境大臣が同様の指示を行い、これを受けた関係都道府県知事が公害防止計画を作成し、環境大臣に協議し、その同意を得なければならないとしている。)。

公害防止計画に関するこれらの規定は、相当範囲にわたる騒音、振動等により健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域について、その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを趣旨及び目的とするものと解される。そして、都市計画法13条1項柱書きが、都市計画は公害防止計画に適合しなければならない旨を規定していることからすれば、都市計画の決定又は変更に当たっては、上記のような公害防止計画に関する公害対策基本法の規定の趣旨及び目的を踏まえて行われることが求められるものというべきである。

さらに、東京都においては、環境に著しい影響を及ぼすおそれのある事業の実施が環境に及ぼす影響について事前に調査、予測及び評価を行い、これらの結果について公表すること等の手続に関し必要な事項を定めることにより、事業の実施に際し公害の防止等に適正な配慮がされることを期し、都民の健康で快適な生活の確保に資することを目的として、本件条例〔東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの)〕が制定されている。本件条例は、Y参加人が、良好な環境を保全し、都民の健康で快適な生活を確保するため、本件条例に定める手続が適正かつ円滑に行われるよう努めなければならない基本的責務を負うものとした上で(3条)、事業者から提出された環境影響評価書及びその概要の写しを対象事業に係る許認可権者(都市計画の決定又は変更の権限を有する者を含む。2条8号)に送付して(24条2項)、許認可等を行う際に評価書の内容に十分配慮するよう要請しなければならないとし(25条)、対象事業が都市計画法の規定により都市計画に定められる場合においては、本件条例による手続を都市計画の決定の手続に合わせて行うよう努めるものとしている(45条)。これらの規定は、都市計画の決定又は変更に際し、環境影響評価等の手続を通じて公害の防止等に適正な配慮が図られるようにすることも、その趣旨及び目的とするものということができる。

ウ そして、都市計画事業の認可は、都市計画に事業の内容が適合することを基準としてされるものであるところ、前記アのような都市計画に関する都市計画法の規定に加えて、前記イの公害対策基本法等の規定の趣旨及び目的をも参酌し、併せて、都市計画法66条が、認可の告示があったときは、施行者が、事業の概要について事業地及びその付近地の住民に説明し、意見を聴取する等の措置を講ずることにより、事業の施行についてこれらの者の協力が得られるように努めなければならないと規定していることも考慮すれば、都市計画事業の認可に関する同法の規定は、事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境の被害が発生することを防止し、もって健康で文化的な都市生活を確保し、良好な生活環境を保全することも、その趣旨及び目的とするものと解される。

エ 都市計画法又はその関係法令に違反した違法な都市計画の決定又は変更を基礎として都市計画事業の認可がされた場合に、そのような事業に起因する騒音、振動等による被害を直接的に受けるのは、事業地の周辺の一定範囲の地域に居住する住民に限られ、その被害の程度は、居住地が事業地に接近するにつれて増大するものと考えられる。また、このような事業に係る事業地の周辺地域に居住する住民が、当該地域に居住し続けることにより上記の被害を反復、継続して受けた場合、その被害は、これらの住民の健康や生活環境に係る著しい被害にも至りかねないものである。そして、都市計画事業の認可に関する同法の規定は、その趣旨及び目的にかんがみれば、事業地の周辺地域に居住する住民に対し、違法な事業に起因する騒音、振動等によってこのような健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的利益を保護しようとするものと解されるところ、前記のような被害の内容、性質、程度等に照らせば、この具体的利益は、一般的公益の中に吸収解消させることが困難なものといわざるを得ない。

オ 以上のような都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨及び目的、これらの規定が都市計画事業の認可の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質等を考慮すれば、同法は、これらの規定を通じて、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るなどの公益的見地から都市計画施設の整備に関する事業を規制するとともに、騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない。

最高裁平成8年(行ツ)第76号同11年11月25日第一小法廷判決・裁判集民事195号387頁は、以上と抵触する限度において、これを変更すべきである。

カ 以上の見解に立って、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格についてみると、……別紙上告人目録1ないし3記載のXらは、いずれも本件鉄道事業に係る関係地域内である上記各目録記載の各住所地に居住しているというのである。そして、これらの住所地と本件鉄道事業の事業地との距離関係などに加えて、本件条例2条5号の規定する関係地域が、対象事業を実施しようとする地域及びその周辺地域で当該対象事業の実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれがある地域としてY参加人が定めるものであることを考慮すれば、上記のXらについては、本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たると認められるから、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を有するものと解するのが相当である。

これに対し、別紙上告人目録4記載のXらは、本件鉄道事業に係る関係地域外に居住するものであり、前記事実関係等によっても、本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとはいえず、他に、上記のXらが原告適格を有すると解すべき根拠は記録上も見当たらないから、本件鉄道事業認可の取消しを求める原告適格を有すると解することはできない。

(3)次に、別紙上告人目録2記載のXらが別紙事業認可目録6記載の認可の、別紙上告人目録3記載のXらが別紙事業認可目録7記載の認可の、各取消しを求める原告適格を有するほかに、上記(2)の見解に立って、Xらが本件各付属街路事業の実施により健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たるとして、当該事業認可の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。

前記事実関係等によれば、本件各付属街路事業に係る付属街路は、本件鉄道事業による沿線の日照への影響を軽減することのほか、沿線地域内の交通の処理や災害時の緊急車両の通行に供すること、地域の街づくりのために役立てること等をも目的として設置されるものであるというのであり、本件各付属街路事業は、本件鉄道事業と密接な関連を有するものの、これとは別個のそれぞれ独立した都市計画事業であることは明らかであるから、Xらの本件各付属街路事業認可の取消しを求める上記の原告適格についても、個々の事業の認可ごとにその有無を検討すべきである。

Xらは、別紙上告人目録2及び3記載の各Xらがそれぞれ別紙事業認可目録6及び7記載の各認可に係る事業の事業地内の不動産につき権利を有する旨をいうほかには、本件各付属街路事業に係る個々の事業の認可によって、自己のどのような権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあるかについて、具体的な主張をしていない。そして、本件各付属街路事業に係る付属街路が、小田急小田原線の連続立体交差化に当たり、環境に配慮して日照への影響を軽減することを主たる目的として設置されるものであることに加え、これらの付属街路の規模等に照らせば、本件各付属街路事業の事業地内の不動産につき権利を有しないXらについて、本件各付属街路事業が実施されることにより健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあると認めることはできない。

したがって、Xらは、別紙上告人目録2記載のXらが別紙事業認可目録6記載の認可の、別紙上告人目録3記載のXらが別紙事業認可目録7記載の認可の、各取消しを求める原告適格を有するほかに、本件各付属街路事業認可の取消しを求める原告適格を有すると解することはできない。」

¶016

Ⅵ 2006年(平成18年)

最判平成18・11・2民集60巻9号3249頁は、都市計画決定(平成5年決定)には「政策的、技術的な見地から判断」することが不可欠であり、したがって広範な裁量を伴うタイプの行政決定であるとしたうえで、そのような行政決定に対する司法審査のあり方としては、「判断過程の統制」、すなわち、考慮事項に焦点を当てた審査方式を採用する旨を判示した。また、行政処分に関する裁量統制の法理を行政計画にも拡げたことが注目された。¶017

最判平成18・11・2はまず、平成5年決定に至るまでの経緯について認定を行っている。¶018

平成18年最高裁判決の主な解説

最判平成18・11・2民集60巻9号3249頁の平成5年決定に至るまでの経緯に関する判示

「ア 東京都は、9号線都市計画に係る区間の一部である小田急線の喜多見駅から東北沢駅までの区間において、踏切の遮断による交通渋滞や市街地の分断により日常生活の快適性や安全性が阻害される一方、鉄道の車内混雑が深刻化しており、鉄道の輸送力が限界に達しているとして、上記区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業の必要性及び緊急性について検討するため、昭和62年度及び同63年度にわたり、建設省の定めた連続立体交差事業調査要綱(以下「本件要綱」という。)に基づく調査(以下「本件調査」という。)を実施した。

本件要綱は、連続立体交差事業調査において、鉄道等の基本設計に当たって数案を作成して比較評価を行うものとし、その評価に当たっては、経済性、施工の難易度、関連事業との整合性、事業効果、環境への影響等について比較するものとしている。

本件調査の結果、成城学園前駅付近については掘割式とする案が適切であるとされるとともに、環状8号線と環状7号線の間については、高架式とする案が、一部を地下式とする案に比べて、工期・工費の点で優れており、環境面では劣るものの、当該高架橋の高さが一般的なものであり、既存の側道の有効活用などでその影響を最小限とすることができるので、適切な案であるとされた。

なお、本件調査の結果、本件区間の東側に当たる環状7号線と東北沢駅の間(以下「下北沢区間」という。)の構造については、地表式、高架式、地下式のいずれの案にも問題があり、その決定に当たっては新たに検討する必要があるとされたが、平成5年決定に係る9号線都市計画においては、従前どおり地表式とされた。もっとも、その後、東京都の都市計画局長は、平成10年12月、都議会において、下北沢区間の線路の増加部分を地下式で整備する案を関係者で構成する検討会に提案して協議を進めている旨答弁し、東京都は、同13年4月、下北沢区間を地下式とする内容の計画素案を発表した。 

イ Y参加人は、本件調査の結果を踏まえた上で、本件区間の構造について、〔1〕嵩上式(高架式。ただし、成城学園前駅付近を一部掘割式とするもの。以下「本件高架式」という。)、〔2〕嵩上式(一部掘割式)と地下式の併用(成城学園前駅付近から環状8号線付近までの間を嵩上式(一部掘割式)とし、環状8号線付近より東側を地下式とするもの)、〔3〕地下式の三つの方式を想定した上で、計画的条件(踏切の除却の可否、駅の移動の有無等)、地形的条件(自然の地形等と鉄道の線形の関係)及び事業的条件(事業費の額)の三つの条件を設定して比較検討を行った。その結果、上記〔3〕の地下式を採用した場合、当時の都市計画で地表式とされていた下北沢区間に近接した本件区間の一部で踏切を解消することができなくなるほか、河川の下部を通るため深度が大きくなること等の問題があり、上記〔2〕の方式にも同様の問題があること、本件高架式の事業費が約1900億円と算定されたのに対し、上記〔3〕の地下式の事業費は、地下を2層として各層に2線を設置する方式(以下「2線2層方式」という。)の場合に約3000億円、地下を1層として4線を並列させる方式の場合に約3600億円と算定されたこと等から、Y参加人は、本件高架式が上記の3条件のすべてにおいて他の方式よりも優れていると評価し、環境への影響、鉄道敷地の空間利用等の要素を考慮しても特段問題がないと判断して、これを本件区間の構造の案として採用することとした。

なお、上記の事業費の算定に当たっては、昭和63年以前に取得済みの用地に係る取得費は算入されておらず、高架下の利用等による鉄道事業者の受益分も考慮されていない。また、2線2層方式による地下式の事業費の算定に当たっては、シールド工法(トンネルの断面よりわずかに大きいシールドという強固な鋼製円筒状の外殻を推進させ、そのひ護の下で掘削等の作業を行いトンネルを築造する工法)による施工を本件区間全体にわたって行うことは前提とされていないが、Y参加人は、途中の経堂駅において準急線と緩行線との乗換えを可能とするために、1層目にホーム2面及び線路数3線を有する駅部を設置することを想定しており、そのために必要なトンネルの幅は約30mであったところ、平成5年当時、このような幅のトンネルをシールド工法により施工することはできなかった。

ウ 上記のように本件高架式が案として選定された本件区間の複々線化に係る事業及び連続立体交差化に係る事業について、それぞれの事業の事業者であるA株式会社及び東京都は、東京都環境影響評価条例(昭和55年東京都条例第96号。平成10年東京都条例第107号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)に基づく環境影響評価に関する調査を行い、平成3年11月5日、環境影響評価書案(以下「本件評価書案」という。)をY参加人に提出した。本件評価書案によれば、本件高架式を前提として工事完了後の鉄道騒音について予測を行ったところ、地上1.2mの高さでの予測値は、高架橋端からの距離により現況値を上回る箇所も見られるが、高架橋端から6.25mの地点で現況値が82から93ホンのところ予測値が75から77ホンとされるなど、おおむね現況とほぼ同程度かこれを下回っているとされている。

本件評価書案に対し、Y参加人は、鉄道騒音の予測位置を騒音に係る問題を最も生じやすい地点及び高さとすること、騒音防止対策の種類とその効果の程度を明らかにすること等の意見を述べ、これを受けて、東京都及びA株式会社は、予測地点の1箇所につき高架橋端から1.5mの地点における高さ別の鉄道騒音の予測に関する記載を付加した環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)を同4年12月18日付けで作成し、Y参加人に提出した。本件評価書によれば、上記地点における鉄道騒音の予測値は、地上10mから30mの高さで88ホン以上、地上15mの高さでは93ホンであるが、事業実施段階での騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型の防音装置の設置についても検討し、騒音の低減に努めることとされ、これらによる騒音低減効果は、バラストマットの敷設により軌道中心から6.25mの地点で7ホン、60kg/mレールの使用により現在の50kg/mレールと比べて軌道中心から23mの地点で5ホン、吸音効果のある防音壁により防音壁だけの場合に比べ1ホン程度、防音壁に干渉型防音装置を設置した場合3ないし4ホンであるとされている。

以上の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づいて行われた。

なお、高架橋より高い地点での現実の騒音値は、線路部分において生じる騒音が走行する列車の車体に遮られることから、上記予測値のような実験値よりも低くなるとされている。また、平成5年決定当時の鉄道騒音に関する唯一の公的基準であった『新幹線鉄道騒音に係る環境基準について』(昭和50年環境庁告示第46号)においては、騒音を測定する高さは地上1.2mとされていた。

一方、小田急線の沿線住民らは、小田急線による鉄道騒音等の被害について、平成4年5月7日、公害等調整委員会に対し、公害紛争処理法42条の12に基づく責任裁定を申請し、同委員会は、同10年7月24日、申請人の一部が受けた平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えることを前提として、A株式会社の損害賠償責任を認める旨の裁定をした。

エ Y参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、本件高架式を内容とする平成5年決定をした。

オ 東京都は、公害対策基本法19条に基づき、東京地域公害防止計画を定めていたところ、平成5年決定は、その目的、内容において同計画の妨げとなるものではなく、同計画に適合している。

(4)建設大臣は、都市計画法(平成11年法律第160号による改正前のもの)59条2項に基づき、平成6年5月19日付けで、東京都に対し、平成5年決定により変更された9号線都市計画を基礎として、本件区間の連続立体交差化を内容とする別紙事業認可目録1記載の都市計画事業(以下「本件鉄道事業」という。)の認可(以下「本件鉄道事業認可」という。)をし、同6年6月3日付けでこれを告示した。

また、建設大臣は、世田谷区が同5年2月1日付けで告示した東京都市計画道路・区画街路都市高速鉄道第9号線付属街路第9号線及び第10号線に係る各都市計画を基礎として、同項に基づき、同6年5月19日付けで、東京都に対し、上記各付属街路の設置を内容とする別紙事業認可目録2及び3記載の各都市計画事業の認可(以下「本件各付属街路事業認可」という。)をし、同年6月3日付けでこれを告示した。上記各付属街路は、本件区間の連続立体交差化に当たり、環境に配慮して沿線の日照への影響を軽減すること等を目的として設置することとされたものである。」

¶019

上記を踏まえ、最高裁は、本件鉄道事業認可の前提となる平成5年決定の適法・違法につき、次の判断を行った。¶020

最判平成18・11・2民集60巻9号3249頁の平成5年決定の適法性に関する判示

「1 平成5年決定が本件高架式を採用したことによる本件鉄道事業認可の違法の有無について

(1)都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)は、都市計画事業認可の基準の一つとして、事業の内容が都市計画に適合することを掲げているから(61条)、都市計画事業認可が適法であるためには、その前提となる都市計画が適法であることが必要である。

(2)都市計画法は、都市計画について、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条)、都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならず、当該都市について公害防止計画が定められているときは当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き)、都市施設について、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号)、このような基準に従って都市施設の規模、配置等に関する事項を定めるに当たっては、当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると、このような判断は、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては、当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。

(3)以上の見地に立って検討するに、前記事実関係の下においては、平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとはいえないと解される。その理由は以下のとおりである。

ア Y参加人は、本件調査の結果を踏まえ、計画的条件、地形的条件及び事業的条件を設定し、本件区間の構造について三つの方式を比較検討した結果、本件高架式がいずれの条件においても優れていると評価し、本件条例に基づく環境影響評価の結果等を踏まえ、周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないとして、本件高架式を内容とする平成5年決定をしたものである。

イ そこで、上記の判断における環境への影響に対する考慮について検討する。

(ア)前記のとおり、都市計画法は、都市施設に関する都市計画について、健康で文化的な都市生活の確保という基本理念の下で、公害防止計画に適合するとともに、適切な規模で必要な位置に配置することにより良好な都市環境を保持するように定めることとしている。公害防止計画は、環境基本法により廃止された公害対策基本法の19条に基づき作成されるものであるが、相当範囲にわたる騒音、振動等により人の健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域について、その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを目的とするものであるということができる。また、本件条例は、環境に著しい影響を及ぼすおそれのある一定の事業を実施しようとする事業者が、その実施に際し、公害の防止、自然環境及び歴史的環境の保全、景観の保持等(以下「環境の保全」という。)について適正な配慮をするため、当該事業に係る環境影響評価書を作成し、Y参加人に提出しなければならないとし(7条、23条)、Y参加人は、都市計画の決定又は変更の権限を有する者にその写しを送付し(24条2項)、当該事業に係る都市計画の決定又は変更を行うに際してその内容について十分配慮するよう要請しなければならないとしている(25条)。そうすると、本件鉄道事業認可の前提となる都市計画に係る平成5年決定を行うに当たっては、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することのないよう、被害の防止を図り、東京都において定められていた公害防止計画である東京地域公害防止計画に適合させるとともに、本件評価書の内容について十分配慮し、環境の保全について適正な配慮をすることが要請されると解される。本件の具体的な事情としても、公害等調整委員会が、裁定自体は平成10年であるものの、同4年にされた裁定の申請に対して、小田急線の沿線住民の一部につき平成5年決定以前の騒音被害が受忍限度を超えるものと判定しているのであるから、平成5年決定において本件区間の構造を定めるに当たっては、鉄道騒音に対して十分な考慮をすることが要請されていたというべきである。

(イ)この点に関し、前記事実関係によれば、〔1〕本件区間の複々線化及び連続立体交差化に係る事業について、本件調査において工期・工費の点とともに環境面も考慮に入れた上で環状8号線と環状7号線の間を高架式とする案が適切とされたこと、〔2〕本件高架式を採用することによる環境への影響について、本件条例に基づく環境影響評価が行われたこと、〔3〕上記の環境影響評価は、東京都環境影響評価技術指針が定める環境影響評価の手法を基本とし、一般に確立された科学的な評価方法に基づき行われたこと、〔4〕本件評価書においては、工事完了後における地上1.2mの高さの鉄道騒音の予測値が一部を除いておおむね現況とほぼ同程度かこれを下回り、高架橋端から1.5mの地点における地上10mないし30mの高さの鉄道騒音の予測値が88ホン以上などとされているものの、鉄道に極めて近接した地点での値にすぎず、また、上記の高さにおける現実の騒音は、走行する列車の車体に遮られ、その値は、上記予測値よりも低くなること、〔5〕本件評価書においても、騒音防止対策として、構造物の重量化、バラストマットの敷設、60kg/mレールの使用、吸音効果のある防音壁の設置等の対策を講じるとともに、干渉型防音装置の設置も検討することとされ、現実の鉄道騒音の値は、これらの騒音対策を講じること等により相当程度低減するものと見込まれるとされていること、〔6〕平成5年決定当時の鉄道騒音に関する公的基準は地上1.2mの高さで騒音を測定するものにとどまっていたこと、〔7〕Y参加人は、本件調査及び上記の環境影響評価を踏まえ、本件高架式を採用することが周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断して、平成5年決定をしたこと、〔8〕平成5年決定は、東京地域公害防止計画に適合していること等の事実が認められる。

そうすると、平成5年決定は、本件区間の連続立体交差化事業に伴う騒音等によって事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境に係る著しい被害が発生することの防止を図るという観点から、本件評価書の内容にも十分配慮し、環境の保全について適切な配慮をしたものであり、公害防止計画にも適合するものであって、都市計画法等の要請に反するものではなく、鉄道騒音に対して十分な考慮を欠くものであったということもできない。したがって、この点について、平成5年決定が考慮すべき事情を考慮せずにされたものということはできず、また、その判断内容に明らかに合理性を欠く点があるということもできない。

(ウ)なお、Y参加人は、平成5年決定に至る検討の段階で、本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際、計画的条件、地形的条件及び事業的条件の3条件を考慮要素としており、環境への影響を比較しないまま、本件高架式が優れていると評価している。しかしながら、この検討は、工期・工費、環境面等の総合的考慮の上に立って高架式を適切とした本件調査の結果を踏まえて行われたものである。加えて、その後、本件高架式を採用した場合の環境への影響について、本件条例に基づく環境影響評価が行われ、Y参加人は、この環境影響評価の結果を踏まえた上で、本件高架式を内容とする平成5年決定を行っているから、平成5年決定が、その判断の過程において考慮すべき事情を考慮しなかったものということはできない。

ウ 次に、計画的条件、地形的条件及び事業的条件に係る考慮について検討する。

Y参加人は、本件区間の構造について三つの方式の比較検討をした際、既に取得した用地の取得費や鉄道事業者の受益分を考慮せずに事業費を算定しているところ、このような算定方法は、当該都市計画の実現のために今後必要となる支出額を予測するものとして、合理性を有するというべきである。また、平成5年当時、本件区間の一部で想定される工事をシールド工法により施工することができなかったことに照らせば、Y参加人が本件区間全体をシールド工法により施工した場合における2線2層方式の地下式の事業費について検討しなかったことが不相当であるとはいえない。

さらに、Y参加人は、下北沢区間が地表式とされることを前提に、本件区間の構造につき本件高架式が優れていると判断したものと認められるところ、下北沢区間の構造については、本件調査の結果、その決定に当たって新たに検討する必要があるとされ、平成10年以降、東京都から地下式とする方針が表明されたが、一方において、平成5年決定に係る9号線都市計画においては地表式とされていたことや、本件区間の構造を地下式とした場合に河川の下部を通るため深度が大きくなるなどの問題があったこと等に照らせば、上記の前提を基に本件区間の構造につき本件高架式が優れていると判断したことのみをもって、合理性を欠くものであるということはできない。

エ 以上のほか、所論にかんがみ検討しても、前記アの判断について、重要な事実の基礎を欠き又はその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことを認めるに足りる事情は見当たらない。

(4)以上のとおり、平成5年決定が本件高架式を採用した点において裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるということはできないから、これを基礎としてされた本件鉄道事業認可が違法となるということもできない。

2 本件鉄道事業認可に係るその余の違法の有無について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件鉄道事業認可について、その余の所論に係る違法は認められない。

3 なお、原判決は、本件鉄道事業認可の取消請求に係る訴えを却下すべきものとしているが、本件各付属街路事業認可の取消請求に関して、〔原審で確定した〕事実関係に基づき、平成5年決定の適否を判断している。原審の判示には、上記説示と異なる点もあるが、原審は、Y参加人が、本件の環境影響評価の結果を踏まえ、本件高架式の採用が周辺地域の環境に与える影響の点でも特段問題がないと判断したことに不合理な点は認められず、最終的に本件高架式を内容とする平成5年決定を行ったことに裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく、平成5年決定を前提とする本件鉄道事業認可がその他の上告人ら指摘の点を考慮しても適法であると判断しており、この判断は是認することができるものである。

4 以上によれば、Xらによる本件鉄道事業認可の取消請求は棄却すべきこととなるが、その結論は原判決よりもXらに不利益となり、民訴法313条、304条により、原判決をXらに不利益に変更することは許されないので、当裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかはない。」

¶021