Ⅰ はじめに
2023年6月27日、アメリカ合衆国の連邦最高裁判所(以下、「連邦最高裁」)は、Moore v. Harper 1)(以下、「本判決」)を下した。当日のニューヨーク・タイムズの記事2)の見出しには、「連邦最高裁、アメリカの選挙を一変させたであろう理論を拒絶」とある。これは独立州議会理論3)(Independent State Legislature Theory (ISLT))のことを指している。ISLTには多様な「バージョン(versions)」4)があり、その全容を一言で説明することは難しい。しかし大掴みには、合衆国憲法が、連邦選挙を規律する権限を各州に委ねるにあたり、これを特に州議会に委ねたという理解の下、州内の他の機関や州憲法がその権限を抑制する余地を否定ないし縮減する理論だと言うことができる。本判決で主に取り上げられたのは、大要次のようなバージョンであった。《州裁判所は、州の立法機関5)が制定した連邦選挙を規律する法律の州憲法適合性を審査できない。そもそも州の立法機関は、連邦選挙の規律を行うにあたり、当該州の州憲法――特にその実体的規定――からの制約を受けない。》もし連邦最高裁がこの見解を支持すれば、州憲法上の権利や選挙原則の保障が連邦選挙との関係で失われる。また、州裁判所による違憲審査をこの局面で当然視する現在支配的な理解や実践が根本から覆される6)。多くの法律家はこの見解を懸念していた。しかしそれは、別のバージョンのISLTとともに、近時、一部の共和党の政治家や保守派の法律家の支持を得るようになっていた。¶001