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Ⅰ はじめに

1 事案の背景

労働者の「業務上」の傷病、障害、死亡による損害に対しては、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく保険給付によりその填補が行われるところ、労災保険は政府が管掌し(同法2条)、保険給付の可否は労働基準監督署長の行政処分たる支給・不支給決定に基づく。他方で、財源となる労働保険料については、労災保険法とは別の法律である労働保険の保険料の徴収等に関する法律(徴収法)により決定されることとなるが、後述するメリット制の適用を受ける事業主(特定事業主)については、自らの使用する労働者が保険給付を受けた場合、その保険料額が増大する(経済的不利益をこうむる)可能性のある仕組みが採用されている。特定事業主はこの経済的不利益の可能性をもって、労働者に対する保険給付の適法性を争えるか、これが標記の最高裁判決(本判決)にかかる争点である。とりわけ、その「業務上」該当性判断が微妙となる疲労の蓄積に起因する脳・心臓疾患、過度な心理的負荷の蓄積に起因する精神障害について、支給決定がなされるとその後の労働者・使用者間の民事訴訟において不利になるとの認識のもと、事業主がこれを争っておきたいと考えるのである。¶001