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日本で「学問の自由」について本格的に論じる場合、なお著書『学問の自由』をはじめとする高柳信一の業績との対峙を避けては通れない。松田浩教授は、本書を「基本的に高柳理論の歴史的意義を肯定的に捉えつつ、その基盤をいっそう掘り下げ、より堅固な基礎理論を築くために、アメリカの学問の自由論を分析することを中心的な課題と」(17頁)したものだと位置づける。ただし、「歴史的意義を肯定的に捉え」るという表現には含みがある。実際、本書はすぐさま、「大学の教員研究者に専門職能的自由を保障することと、憲法上の市民的自由を保障することとは果たして『同質』のことなのか、という疑問」を投げかけるが、これは両者の同質性の論証を一丁目一番地とした「高柳理論」に対する根本的問題提起のはずである。¶001