Ⅰ はじめに
本稿では、株式買取請求事件における統計的手法、具体的には、イベント・スタディの利用可能性を整理し、議論への参考材料の提供を試みたい。¶001
合併等の組織再編が行われる場合に、反対株主は「公正な価格」による買取りを請求することができる(会社785条・797条・806条等参照)。判例に従うと、①組織再編等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合における「公正な価格」は、原則として、当該株式買取請求がされた日における「ナカリセバ価格」(組織再編等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格)であり(最決平成23・4・19民集65巻3号1311頁)、②そうでない場合における「公正な価格」は、原則として、組織再編比率が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格である(最決平成24・2・29民集66巻3号1784頁)とされる。このことから、まず①企業価値を増加させない組織再編か否か、②①がyesなら、組織再編がなかったとすれば、株式買取請求時に当該会社の株式が有したであろう価格(ナカリセバ価格)はいくらかを裁判所は判断しなくてはならない。「ここで問題となるのが、原則として組織再編の計画公表後の株価を使うことはできないという点である。組織再編の計画公表後の株価は、通常は組織再編が実施されることを織り込んだ上で形成されてしまうからである」(田中編著〔2021〕1))。「組織再編がなかったとすれば、株式買取請求時に当該会社の株式が有したであろう」という価格(ナカリセバ価格)を考える上で、何らかの判断材料が必要になる。本稿では、「企業価値の増加の有無の判断」と、「企業価値が毀損した場合のナカリセバ価格の算定」に、イベント・スタディを応用することができないか、解説したい。¶002