事実
Ⅰ
X(原告・被控訴人・被上告人)は、Y〔長門市〕(被告・控訴人・上告人)に消防職員として採用され、消防署の小隊の分隊長、小隊長等を務めていた。¶001
Ⅱ
Xは、平成20年4月から同29年7月までの間、部下等約30人に対し、(1)顔面を手拳で10回程度殴打する、約2kgの重りを放り投げて頭で受け止めさせるなどの暴行、(2)「クズが遺伝子を残すな」、「殴り殺してやる」などの暴言、(3)陰部を見せるように言うなどの卑わいな言動、(4)携帯電話上のプライバシー情報を強いて閲覧し「お前の弱みを握った」と発言するなどの行為、(5)Xの行為を上司等に報告する者を念頭に「そいつの人生を潰してやる」などと言う報復の示唆など、約80件のパワハラ行為を行った(以下「本件行為」)。¶002
Ⅲ
任命権者である訴外A〔長門市消防長〕は、平成29年8月、Xに対し、消防職員としての資質を欠き改善の余地がないなどとして、Xを分限免職処分とした(以下「本件処分」)。Xは、本件行為の一部について、暴行罪により罰金20万円の略式命令を受けた。¶003
Ⅳ
Xは、Yに対し、本件処分の取消しを求める訴えを提起した。第1審(山口地判令和3・4・14 LEX/DB 25569465)および第2審〔原審〕(広島高判令和3・9・30 LEX/DB 25590945)は、Xの請求を認容した。原審は、その理由として、①濃密な人間関係にある消防組織の独特な職場環境、②本件処分前に改善の機会がなかったことを挙げ、本件行為はX個人の矯正できない素質・性格のみに起因しているとはいい難いとした。¶004
判旨
破棄自判。¶005
「長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為に表れたXの粗野な性格につき、公務員である消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえない。また、本件各行為の頻度等も考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない。」さらに、本件行為による職場環境悪化の影響を重視することは、公務の能率維持の観点のみならず、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保のためにも、合理的である。¶006
「以上の事情を総合考慮すると、免職の場合には特に厳密、慎重な判断が要求されることを考慮しても、……本件処分が裁量権の行使を誤った違法なものであるということはでき」ず、「このことは、Yの消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向等があったとしても何ら変わるものではない」。¶007
解説
Ⅰ
本判決は、長期間にわたるパワハラ行為(部下等への暴行・暴言等)を理由とする消防職員の分限免職処分を違法として取り消した原審(広島高裁)の判断を、最高裁が破棄し自判したものである。本事件・本判決の特徴は、(a)本件職員の非行(長期間にわたる多数のパワハラ行為)に対し懲戒免職処分ではなく分限免職処分がなされた事案であること、および、(b)原審と最高裁との間で当該組織の独特の職場環境と本人の資質・性格(矯正可能性等)について判断が分かれたことにある。¶008
Ⅱ
公務員の分限処分とは、その(官)職に必要な適格性を欠くこと等を理由としてなされる不利益措置(地公28条1項3号等参照)であり、職員の規律違反行為に対する制裁措置としてなされる懲戒処分(同29条)とは区別される。民間部門の例で言えば、分限免職は労働者の能力・適格性の欠如等を理由としてなされる普通解雇、懲戒免職は企業秩序違反行為を理由としてなされる懲戒解雇に相当する。本件では、Xの長期間にわたる多数のパワハラ行為に対し、任命権者(消防長)が懲戒免職ではなく分限免職を選択したため、その非違行為の重大さより、その職に必要な適格性を欠くかという本人の資質、性格が重要な争点となり、それと関連して、パワハラの温床となるような職場の人間関係・雰囲気の存在をどう考慮するかも問題となった。¶009
Ⅲ
原審は、Xの素質・性格等には問題があるが、①濃密な人間関係、上司が部下に厳しく接する傾向等といった独特な職場環境の存在と、②本件処分の前に行為を改める矯正の機会がなかったことを考慮し、本件行為はXの素質・性格のみに起因したものとはいい難いとした。これに対し、最高裁は、本件行為について、Xが長期間にわたり、多数の人に、多岐にわたる悪質な行為を行ってきたことを問題視し、②そこに表れたXの粗野な性格を簡単に矯正することはできず、改善の余地がないとみることも不合理ではなく、①Yの組織において上司が部下に厳しく接する傾向等があったとしても、その判断は何ら変わるものではないとした。最高裁は、本件事案(地方公務員としての消防職員のパワハラ行為の事案)における個別の判断ではあるが、長期間にわたり極めて悪質なハラスメントを繰り返し職場の環境を著しく悪化させているような場合には改善矯正の機会(ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平成25・4・24労判1074号75頁等参照)を付与することなく能力・適格性の欠如の判断をすることも可能であること(②)を示したものといえよう(関連する裁判例として、プラウドフットジャパン事件・東京地判平成12・4・26労判789号21頁〔能力向上の機会を与えても改善を期待することは極めて困難とされた事案〕参照)。また、ハラスメントの温床となるような職場の雰囲気・環境があったとしても、長期間にわたり悪質な行為を繰り返してきたことを容認する事情にはならないこと(①)を示したことは、自衛隊や警察等の組織における類似の事件にも影響を与えうるものといえよう。¶010
[水町勇一郎]¶011
労働者側からのコメント
本判決も、分限免職に「特に厳密、慎重であることが要求される」という一般論を維持している点は強調したい。事例判断として、解説が指摘する「長期間にわたり極めて悪質なハラスメントを繰り返し職場の環境を著しく悪化させている」ことを重視したのであって、いかなるケースでも指導等の改善の機会を与えずに適格性欠如の判断をすることを認めたものではない。むしろ、ハラスメントを理由とする分限免職や普通解雇事案においては、原則として、改善の機会を付与することは必要であろう。また、ハラスメントの温床となるような職場の雰囲気・環境という点については、例えば、同種の先行事例に対する処分との均衡については考慮されるべきであろう。なお、分限免職の問題を離れて言えば、悪質なハラスメントが長期間にわたり繰り返されることは問題であり、使用者や任命権者等は、ハラスメント行為者による口止めの可能性も視野に入れたハラスメント防止措置をとる必要がある。¶012
[竹村和也]¶013
使用者側からのコメント
近時、ハラスメントの行為者に対する懲戒処分について、これを無効と判断した原審判決を最高裁が破棄する例が増えている(海遊館事件・最判平成27・2・26労判1109号5頁、加古川市事件・最判平成30・11・6労判1227号21頁
、氷見市(消防職員停職処分)事件・最判令和4・6・14労ジャ126号2頁
)。本判決は、公務員に対する分限免職処分の適法性が問題となっているため、懲戒としてなされた処分に対する判断ではないものの、この流れに沿うものといえる。¶014
パワハラに該当する具体的事実が認められた場合、使用者には、雇用管理上講ずべき措置として、「行為者に対する措置を適正に行うこと」が求められている(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」4(3)ハ)。同指針を受けて行為者に対して行った処分等の効力が裁判で容易に否定されることになれば、使用者としては、いわば「板挟み」の状態となり、対応は困難を極める。¶015
本判決を含めた最高裁判決の一連の流れは、ハラスメントの行為者に対する使用者の厳格な対応を後押しするものとして、公務員関係を前提とした事例判断にとどまらず、私企業の実務においても重要な先例的意味を持つものといえる。¶016
[中山達夫]¶017