((1)より続く)¶001
Ⅱ ディスカッション
1 総論――ファッションIPロー研究の意義
(1) ファッション業界の現状
田村それでは、ディスカッションタイムにします。最初は、比較的早いうちに角田政芳先生と共著で『ファッションロー』(勁草書房、2017年)を出されている関さんに、知財に関連するファッション業界の現状についてお話をいただきます。¶002
関弁護士の関真也と申します。すごく楽しすぎて、これは本当に良い研究会にお呼びいただいてありがたいというふうに思っています。¶003
弁護士になってから15年ぐらいなのですが、その当初から比較的IP分野に強いとされている事務所に入りまして、最初の頃からファッションと知財に関する業務が中心の1つであったということで、やらせていただいています。そんなこともありまして、アメリカに留学している間にファッションの現地の法律などを研究しまして、論文などを書いていたのですが、そのときに、『ファッションロー』の共著についてお誘いをいただきまして、ごく一部ですが書かせていただきました。それ以来、ファッション関係では著作権、商品形態模倣あたりを中心に、研究、執筆活動などを細々とやらせていただいています。研究の関係では、ファッションビジネス学会のファッションロー研究部会の部会長もやらせていただいています。最近では、ファッションも大きく関わる分野でバーチャルリアリティやAR(拡張現実)など、そういったXRやメタバース、NFTのようなデジタルトランスフォーメションのような領域、ファッション業界は大きくそちらに動きつつありますが、そちらの領域もお仕事としてかなり増えているというような弁護士でございます。¶004
ということで、私からは、まずファッション業界の現状ということでお話しさせていただきます。ファッション業界の、特に知的財産との関係での現状というのは、すでに田村さんから広くお話しいただいたかなと思っています。特に、一定のサイクルで商品ラインナップががらっと入れ替わるということが、ファッション業界の特徴として大きいということです。単純に言えば、春夏物、秋冬物というように最低限6か月ぐらいの単位でごっそり商品が入れ替わるというタイミングがあります。さらに最近では、春物と夏物と秋冬物、さらに分けて春物、夏物、秋物、冬物、というような感じで、シーズンが細分化されるような傾向もありますが、そういった形で商品ラインナップががらっと入れ替わるタイミングがあるというのが、ファッション業界の特徴であるということです。¶005
最近の業界の傾向としては、さらなる短サイクル化というものが進んでいます。たとえば「テスト&リピート」モデルと呼ばれるものがあります。今申し上げたように春夏物、秋冬物などのシーズンで区分けをしている例で言えば、リードタイムが数か月ごとなのです。数か月は従来あったわけですが、そこを、最近のファストファッション、さらにはウルトラファストファッションという言葉も出ていて、さらに短いのはリアルタイムファストファッションというものもありますけれども、そういったものはリードタイムが数週間、ウルトラファストファッションと呼ばれるもので大体4週間から6週間、すごく短くて2週間ぐらいで、企画、生産、そして販売までいってしまうというような業界の動きもあるということです。リアルタイムファストファッションになると、1週間ぐらいで作ってしまうようですが、すごいなという感じです。¶006
そういった短いリードタイムで、小ロット、つまり少しの数だけ作ってみて、これをまずテスト販売として市場に出してみるというようなことをやっている。売行きが良ければ、市場の需要に応じてですが、小ロットなり、追加生産をしてどんどん繰り返し販売していくというような戦略をとるファストファッションの会社などが登場している。それで、そういった会社が、かなり売れているわけです。先ほど田村さんがおっしゃっていたように、可変性という言葉がありましたが、こういったビジネスモデルというのは可変性を大前提としているようなものです。テスト販売をして、良ければロングランに変えていくというようなことで、まさに可変性を前提にしたビジネスモデルをとっているというようなことも行われるようになっているわけです。¶007
また、古くというか今でも行われていると思いますが、「プロダクト・アウト」。これは、作り手の側から、こういうものが良い商品だということで、たくさん作って、市場に出して、売っていくということです。やり方としては良い面もあるのですが、最近の傾向で言うと、作りすぎで売れ残って廃棄が多くなるというような問題点も抱えている。効率も悪いです。会計がかなり痛む部分もあるということです。¶008
それが、最近になって「マーケット・イン」ということで、市場の動向を見てリサーチをして、どういう商品がどれだけ売れそうかということをしっかり把握して、それに合った商品を合った量だけ市場に投入する。この傾向がかなり強くなっているのが、今のファッション業界ではないかというふうに感じています。¶009
これを実現するために、デジタル技術がたくさん活用されているわけです。たとえばAIを活用したファッションマーケティング。SNSの画像や「いいね!」の数、実際にそのSNSを通じたショッピングの成約率など、そういったあらゆる情報をAIなどで集約して、今これが売れている、これをこれだけ作れば売れるというようなことを予測していくというやり方です。¶010
さらには、クラウド技術を使ったサプライチェーン。ファッション業界というのは、糸を紡ぐ人がいて、糸を生地にする人がいて、裁断して縫製して商品になって、倉庫に置いておいて、そこから小売店に送っていくというようなすごく長いサプライチェーンができているわけで、当然ながら情報の集約というのは非常に難しくて、需要があるだけの商品をお店に出していくということが今まで難しかったわけですが、最近のデジタル、クラウド技術を活用して、こういった情報を一貫的に集約・管理していくというようなことも頻繁に行われるようになりつつあるという状況です。¶011
さらに、バーチャルの関係。先ほどもちょっとお話ししましたが、3DCG技術を使ったデザイン、サンプリング、試着、改良、こういうこともバーチャル空間上でやってしまうということが行われています。たとえば、パソコンの画面上にお洋服の3Dモデルがあって、そこで腰の部分をクリックして、それをちょっとすぼめると、画像上、この立体的な形状がもっとウエストが細くできあがったような商品の形態が見えて、そこに組み込まれているパターン、いわゆる型紙ですが、そういった1つひとつの部品もそれに合わせて一度に変わってくれるというような、すごく便利なソフトがあります。そういったものを使ってデザインする。あとは、作るときに、トワルと言って、麻などの布をマネキンの体に当てながら商品を試作していくというプロセスがあり、これは多分必ずやっていると思いますが、廃棄されてしまうので生地の無駄としても大きいというふうなことが言われています。ですので、これは環境に良くないのではないか、もったいないのではないかということで、3DCGの技術を使ったサンプリングなど、そういったものに向かっているという部分も、今、ファッション業界にあります。あとは、スマホあるいは店頭でのデバイスなどを使ったバーチャル試着なども、デジタル技術を使って様々効率化をするトレンドというものがあります。¶012
今、ちょっとずつサステナビリティっぽい言葉に触れてきました。ファッション業界の今を語る上では、多分外せない言葉になると思いますが、サステナビリティです。先ほど田村さんから最後のほうで、これまでのIPで模倣を規制しすぎるのがよいことなのか、それとも自由に解放したほうがよいのかというお話がありました。¶013
従来は、このトレンドというものを作っていくことが、ファッション業界の重要な要素だったわけです。たとえば、Tシャツにしろシャツにしろ、1年などで着られなくなるようなものはあまりないと思います。何回のシーズンでも着られるものが商品としてはできているはずなのです。ただ、でも次のシーズンが来ると、お客さんは次の商品を買いたくなってしまう。それはなぜかと言うと、次の新しいトレンドが来ているからです。何かまた別のものが流行っているから、次のものが買いたくなるわけです。言い換えると、前のシーズンのものはもう飽きられて、言ってしまうとダサくなっているというような状態を作ると、こういったトレンドのサイクルというのもができあがって、1年ごとに次の商品を買ってくれるというものになっていくということがあります。ですので、従来のプロダクト・アウト的なやり方でやってきたもので言うと、次のシーズンはこの色が来ます、次のシーズンに流行るのはこのシルエットです、みたいなことを、世界の誰かが決めて、それを各種アパレル企業が採用したりして、それをPRなどしてトレンドができあがって、次のシーズンには全く違った新しいデザインの商品が流行るというようなことを、意図的に作り上げてきた部分があったわけです。それで、その商品をたくさん作って市場に投入してというものが、従来のトレンドファッションというか、トレンドに基づいたファッション業界のサイクルだったわけです。¶014
ところが、最近はもうサステナビリティ。プロダクト・アウトのところで、大量生産、大量市場投入、そして大量廃棄、そういうことは良くないというようなことで、サステナビリティとトレンドが対立する。今までのやり方ではなく、マーケット・インという形で、誰がどういったものが欲しいのか、さらには、ブランドの「コンテクスト」という言葉がよく使われていると思いますが、どういう気持ちで作っているのかなど、そういったところを消費者に対してアピールする部分がとても強くなっているので、今までの作り方とは大分違ったものになっているというところがあります。¶015
今のアパレル市場というのは、20年くらい前からすると、15兆円から10兆円ぐらいへと縮小したといわれています。3分の2ぐらいの売上規模の市場になったわけです。それでも、国内の供給量、お洋服がどれぐらい流通しているかというと、20年前の20億点に比べて、逆に増えているわけです。お洋服の流通は40億点と倍になっている。でも、売れてはいない。大量生産・大量商品、短サイクル化、低価格化、そういった要因によって大量廃棄の懸念が実際に生じているということが、サステナブルファッションの大きな問題点の1つである。それに輪をかけて、Covid-19の話がありまして、さらに売上げが落ち込んでいってしまう。¶016
そして、消費傾向の変化というものもあります。たとえば、今、Zoomの会議などが増えましたが、上着は結構売れる。上半身のお洋服は格好いいものがたくさん売れるのですが、なぜか下のズボンとかはあまり売れないといったことが結構あるみたいです。そのような新しい消費傾向も出てきている。こういう影響もあります。¶017
それから、SNSなどがあって、「消費者主導」の時代ということで、IPの模倣についてもそうなのだと思いますが、何かやらかすとSNSでみんなが騒いで、不買運動など、そういったレピュテーションリスクが生じやすくなっている。Z世代を中心として、環境配慮、人権等への意識の高まりがあるということも言われています。¶018
そして、海外の動向です。このように国内のアパレル市場が縮小しつつあるということを踏まえて、最近は日本のアパレル市場も海外に出ていくべきだという流れが非常に大きく強調されているところです。¶019
日本も最近の流れはそうだと思いますが、海外でも、人権や環境などはすごく注視されています。ご存じかもしれませんが、たとえばバングラデシュのお洋服を作っていたビルで、非常に劣悪な労働環境で働かされていた人たちがいて、そこが崩れて大事故になってしまって、お亡くなりになる方がたくさん出た。こういった人権に関わる事故が発生したということがありました。¶020
それから、グローバルで複雑なサプライチェーン。どこで糸を作って、どこに持っていって縫製して、そういったような、いろいろな所に持っていってサプライチェーンを作っているという状況があります。¶021
「ビジネスと人権」に関する海外の法制化というものも、すごく進んでいます。最近、人権デューデリジェンス(人権DD)という言葉が話題に上がることが多いと思いますが、アパレル企業の立場から言えば、そのサプライチェーンの中にある工場や糸を作るための畑など、下請事業者の中で、何かすごく労働環境が悪いとか、十分な報酬を払っていないとか、そういった人権に関わるような問題を抱えている、そういうサプライチェーンになっているときには、国から罰則が適用されるなど問題視されることがあります。そういうことが、法制化としてすごく活発に最近行われるようになりました。これは海外の法律ですが、日本の企業も全然無関係ではなくて、日本の会社がそのサプライチェーンの中に組み込まれていたときに、人権に問題のあるような取組みをしていた場合には、その海外の法律に基づいて、その日本の会社と取引してはいけない。日本だからではないですが、人権にちゃんと配慮していない会社と取引してはいけない、ちゃんと指導して直しなさい、それでも言うことを聞かなければ、取引をやめなさい、というようなことまで法律に書いてあるというようなものです。ですので、人権にきちんと配慮したことをやっていないと、サプライチェーンから外されて仕事がなくなってしまうということで、非常に重要な問題になっているということがあります。¶022
また、「GREENWASHING」という問題もあります。これは、サステナブルにやっていますと言っておきながら、実はそうでもないことを一方では行っているということで、サステナブル関係の誇大広告というような言葉を「GREENWASHING」と言うようになっています。これも「消費者主導」の時代ということの影響もあると思いますが、非常に各社気を遣わないといけないようになっている。ファッション業界の現状から言いますと、こんな感じかなと思います。¶023
ちょっと戻りますが、短サイクル化しているということ、後でのIP紛争の現状のところにも関わってくると思いますが、このことが、実は紛争解決の上でもすごく重要なポイントとなっています。どういうことかと言うと、たとえば、小ロットで短期間だけ売りますということをやる会社に対して、警告書を送ると、比較的簡単にやめることが結構あります。はい、やめました、もうやりません、という回答が返ってきて、損害賠償について時間をかけて協議することもなく、それでおしまいということになることが多いです。なぜなら、その模倣商品単品で見れば小ロットで利益はあまり出ていないので、裁判などといったコストをかけてまで1つひとつの商品を潰していくというメリットが、アパレル企業側、オリジナルブランド側にはないからです。また、やめる側にも大きな痛手にはなりにくい。ですので、こういった小ロット化、短期間売りの商品をたくさん積み上げていくというようなビジネスモデルのところは、わりと模倣をしたもの勝ちになりやすいというような現状は確かにあるように思います。多くが、警告をして、やめますと言われて終結、損害賠償は割に合わないから、これで手仕舞いにしようというようなことが非常に多いです。ビジネス判断としては確かに合理的な場合も多いでしょう。しかし、単品ごとで見ればダメージが少なくとも、それが積み重なってファッション企業の体力を削っていくことにもなりかねません。これが今のファッション業界の紛争の現場の一側面です。ラグジュアリーブランドなどは、他社から品質の悪い模倣品が出ていたりすると、訴訟提起も含めていろいろな措置をとることはもちろんあるのですが、それ以外の多くのものは、そういった訴訟のコストとの見合いでの紛争対応ということを念頭に置かざるを得ないというようなことも、一言加えさせていただきます。¶024
(2) ビジネス戦略の実情
田村どうもありがとうございました。それでは次に、ファッション業界の現場に深く関わっている中川さんに、ファッションIP関連のビジネス戦略の実情についてお話しいただこうと思います。よろしくお願いします。¶025
中川弁護士の中川です。デザインと法を軸にしつつ、特にファッションブランドが日々現場で直面する創作から生産、流通、広告表現まで様々な法律問題を幅広くサポートしています。また、先ほどの田村さんのお話にもあったFashion Law Institute Japanの研究員でもあり、ファッション・ローについていろいろと研究、執筆、発信等もさせていただいています。よろしくお願いいたします。¶026
私のお題は、ファッションのビジネス戦略とデザイン保護の関係ですので、田村さんのお話にあったIP Channeling戦略について、ファッションビジネスの現場で何が起きているかをお話しできればと思っています。あくまでこれも1つの典型的な例ということで、先ほど関さんのお話にあったファストファッション、さらには最近のウルトラファストファッションのような短サイクル化が進んだ例ではなく、伝統的なコレクションブランド、デザイナーブランドの現場における問題ということでお聞きいただければと思います。¶027
具体的に今日お話しする項目として、大きくは3つの課題を考えています。①まず意匠法との相性の悪さについて、先ほどの田村さんのご報告と重複する部分もありますが、お話しさせていただきます。②2点目に、不正競争防止法2条1項3号の「3年間」の保護期間(同法19条1項5号)の妥当性。③3点目に、これも田村さんのご報告にあったので細かいところは今後の回に回しますが、ファッションデザインの著作権保護の問題について、少し問題提起をさせていただければと思っています。¶028
これらの3点についてお話しする前提として、最初にファッションデザインの保護戦略の全体的なイメージについてちょっと表を用意してみました。¶029

この表は、対象となるデザインを①衣服の形態、②衣服の柄・模様・テキスタイルデザイン、それから③衣服ではなくて靴や鞄などの形態の3つに分け、時間軸に沿って全体像を整理したものです。こうして見ると一目瞭然ですが、発表から3年までの期間は不競法2条1項3号を中心にいろいろな保護の選択肢がまだあるのですが、4年目以降周知性を獲得するまでの間というのは、保護の空白が生じやすいのが現状です。この点は強調しておきたいところです。それから、3つのデザインのうち、この真ん中の段の衣服の柄・模様・テキスタイルデザインは、実は単体での保護がいちばん希薄な状況にあるという点。これらを表現したくて、こういった形で全体像を整理させていただきました。¶030
左上から少し見ていきますと、公表後まもない時期については不競法2条1項3号がもちろんまず念頭に置かれるのですが、ここは保護期間の問題を後ほど申し上げます。そして、3号に関して重要な点として表の2段目に書いたのですが、模様単体では3号は保護しないということになっています(不正競争2条4項)。商品形態の一部としての柄・模様は保護されるのですが、ファッションの場合は、「衣服の形は違うけれども柄のデザインは模倣されている」ということはざらにあるわけで、そういった形を超えたところでの模倣というものには、3号は使えないという状況があります。¶031
意匠出願については、相性の悪さを後ほど申し上げますが、衣服の全体の形でさえ相性が悪いのに、柄・模様・テキスタイルデザインの保護はさらに相性が悪い状況にあります。他方、鞄と靴ですが、これらは衣服と比べるとややシーズン性が低く、デザインの継続性が比較的高いというところもあるので、衣服と比べると意匠と相性は悪くはない部分もあります。¶032
また、周知性の獲得後は不競法2条1項1号・2号や立体商標等での保護がありますが、ハードルの高さはご存じのとおりです。¶033
それから、個別のファッションデザインには直結はしないので表では省略しているのですが、そのデザインの下支えになる技術、たとえば衣服の製造方法や素材開発等々、特許による技術の保護も現場ではもう1つ重要なファクターになっています。¶034
では、今日の課題の1点目として、まず意匠法との相性の悪さについてお話しさせていただきます。その理由としては、第1に、登録費用と手続のコストが見合っていないことが指摘されます。田村さんのおっしゃる多品目性に重なってくるお話ですが、ファッションビジネスは商品の数、バリエーションが非常に多く、1つのブランドが1つのシーズン(春夏または秋冬)で100以上のデザインを出すということさえあるという状況です。そのため、全件登録を目指して出願手続をするというのは、費用の面でも労力の面でも、全く現実的ではないという状況があります。それから、令和元年の意匠法改正で多意匠一出願が解禁されてはいるのですが、出願するところまでは多意匠でまとめてできるのですが、審査手続は個別に進み、出願・登録費用も意匠ごとに発生するという制度ですので、コスト減には直結しない状況にあります。¶035
それから、これも田村さんのお話にあったところで、売れる商品のデザイン、すなわち真似されるデザインでもあるわけですが、これについては意匠登録で保護したいというインセンティブはあります。しかし、やはりどれがヒットするか、どれが真似されそうかということを事前に的確に予測するのはなかなか難しいところです。もちろん、デザイナーやブランドが力を入れたデザインというのは、事前に意匠出願もトライをすることも多いのですが、思わぬ意外な商品が人気になったりということも、やはりままあります。「選択と集中」と言えば聞こえがいいですが、くだけた表現ですが、「当たりくじ」だけ買うということはできないというところがあります。¶036
理由の2点目として、タイムスケジュール、時間のずれのところのお話もさせていただければと思います。関さんのお話にもあったように、ファッションビジネスは、商品の販売期間が春夏として括っても6か月間、場合によっては、シーズン性の高いものだと3か月ぐらいしか売らないということもあります。他の商品カテゴリと比べて非常にシーズン性が高い、つまり短サイクルであるというところが大きな特徴だと思います。もちろん中には3シーズン売るような商品もあるのですが、主要な商品については、こういった言い方ができると思います。¶037
他方、現在の意匠審査実務、先ほどの田村さんの話で1980年代は3年ぐらいかかっていたという話があったので、それに比べると非常に早くなっているのですが、出願から最初のファーストアクションまで、やはり6か月前後はかかっています。意匠登録の完了まで入れると、もう少しかかるといったような状況になっていまして、「タイムリーな活用ができるか」というところに関しては、二の足を踏みがちというところがあります。¶038
具体的にイメージしていただくために春夏コレクションのスケジュールの例を図10のようにまとめてみました。たとえば、9月末か10月の頭あたりに次の年の春夏のコレクションを発表する。その後1月から6月までで春夏物を販売していくわけです。そうすると、たとえばコレクション発表のタイミングで9月末に意匠出願をしたとすると、最初のアクションまでの段階で3月末です。それから最短で進められたとしても5月末や6月になるので、ほぼシーズンが終わっているタイミングでしか登録ができない。登録ができた頃にはもう秋冬物が店頭に出ているというような状況になりがちというところがあります。¶039

それから、デザインはコレクションで発表する直前までなかなか最終確定しないことも多いですし、発表のタイミングも、たとえばパリコレクションであればこの日と決まっていて、かつスケジュールが非常にタイトになっています。そのため、たとえば、「準備を前倒しして意匠出願を間に合うようにしましょう」、あるいは「発表を後ろに延期しましょう」といったことも当然できないので、意匠出願の準備はなかなか大変というのが正直なところです。¶040