Ⅰ.省察の場としての憲法史

1.憲法学と歴史像

日本憲法学にとって、歴史的視座からの考察は長く重要な地位を占めてきたように思われる。日本における近代憲法の導入が、西洋列強に抗するための国の近代化の試みに端を発する以上、西洋諸国における近代憲法の生成・発展、これを移植する日本自身の歴史的文脈に関する理解が、それぞれの論者の行論に直接・間接の影響を与えることは見易い理とも言える。戦前期を見るなら、例えば美濃部達吉の憲法学説は立憲主義の歴史的発展への好意的な見方と親近的だし、上杉慎吉には西洋近代の模範性に対する懐疑が垣間見られる1)。彼我で憲法体制の危機が意識される1930年代には、19世紀立憲主義からの問題状況の変化が新たな学問上の体系構想と結びつけられる例も見られる2)。翻って第二次大戦後には、日本国憲法自身が「人類の多年にわたる自由獲得の努力」の上に自らを位置づけるように、立憲主義への復帰は戦中期からの歴史理解の転換を伴うものであったように思われる。現行憲法を長い憲法史的発展の座標軸の上に位置づける試みは、現在、教科書などでの体系的説明では通例その総論部分に濃縮した表現を与えられている。