本書は、我が国における企業法の経済分析を先導してきた著者の方法論にかかる論文集であり、精緻な分析の宝庫であることには論を俟たない。紙幅の都合から、本稿では、伝統的な方法論に依拠してきた評者が、著者の研究から大いに啓発を受け、各論的検討の多くで著者に賛同しながらも、著者の方法論の実践に際し直面する悩みを書き記すにとどめたい。¶001
著者が支持する功利主義においては、奴隷制や拷問の禁止も当然ではなく、行為の許容/禁止にかかる人々の効用の総量に依存する。著者は、これらの制度の存在が、人々の道徳観念に反する規範のエンフォースメント・コストが過大になることにより説明ができるというが、大多数の人間がいかなる状況においても他者の基本的人権の侵害を望まないことに確信を持てない評者は、功利主義の帰結を受け入れる覚悟を持てないでいる。もっとも、「企業法学(商法学)において」と随所で言及されており、著者は、企業法以外の分野で自由や平等自体が価値あるものと扱われることを必ずしも否定しない。¶002