Ⅰ はじめに
「世界貿易機関(WTO)における気候変動訴訟」と聞くと奇異に感じるかもしれない。WTOは貿易紛争を扱う組織であり、気候変動訴訟は対象としないと考えられるからである。しかし、気候変動対策の一環として貿易制限的な政策が利用されることは十分考えられ、それがWTO紛争処理制度で争われることはありえる。例えば、再生可能エネルギーの普及を目指した固定価格買取(FIT)制度が問題となったカナダ―再生可能エネルギー事件1)、パーム油由来のバイオ燃料の利用が争点となったEU―パーム油事件2)がある。実際の訴訟とはなっていないが、近年EUが導入に踏み切った炭素国境調整制度(CBAM)は、昔からWTO協定整合性が注目されてきた政策である3)。これらの紛争や政策は、気候変動対策それ自体を直接の主題とはしないが、それを目的とした貿易制限的な措置の導入の適否が問題となるという意味で気候変動対策の行方に大きく影響を与えるものであり、広義の気候変動訴訟の一環として捉えることができる。¶001