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Ⅰ なぜ、ジュリストで「広報」なのか

今月号のジュリストの表紙や目次をご覧になって、そう感じられた読者の方々も多くいらっしゃるのではないだろうか。¶001

筆者は、大学卒業後、報道記者として事件・事故取材の日々を送っていたが、思うところがあって、司法試験を受験して弁護士となり、今は、都内の大規模法律事務所において、企業の不祥事対応等の危機管理プラクティスに従事している。危機管理プラクティスは、不祥事が発覚した企業が被る様々なダメージを可能な限り最小化し、当該企業が正常な企業活動をなるべく早期に再開することを目的とするものだが、この目的を達成する上では、メディア対応を中心とする危機管理広報も重要となる1)本来、企業の危機管理において、危機管理広報に過度に焦点が当たることは決して望ましい状況ではない。企業不祥事の中身に照らして、マスメディアや世間から「10」の熱量で批判されるのが相当であると考えられる企業不祥事が発覚した場合、当該企業としても、「10」の熱量を多少上回る程度の批判までであれば、批判に対して真摯に耳を傾け、甘受するべきである。しかし、残念なことに、読者や視聴者の瞬間風速的かつ野次馬的な興味・関心を煽る報道や、公正でない報道や事実・証拠に基づかない報道を通じて、マスメディアや世間による批判の熱量が「100」にも「1000」にもなることがあり、結果として、企業やその役職員が、本来あるべき水準以上に、不当な社会的制裁を受ける事態は少なくない。その結果として、企業の危機管理において、危機管理広報が重要と位置付けられる状況に至っている。本来、企業の危機管理は、「ダメージの最小化と早期の正常化」という目的に照らして粛々と遂行するべきものだが、企業の役職員が、マスメディアやソーシャルメディアにおける批判を過度に恐れ、メディアに対して必要以上に迎合的な態度で臨んでしまうのである。こうした社会は、窮屈で息苦しく、決して健全ではない。自らも報道の現場に身を置いた者として、企業不祥事報道のあるべき姿については模索し続けているところである。。それゆえに、企業の危機管理に関与する弁護士や法務・コンプライアンス部門に広報的発想が求められることは勿論のこと、近時は、有事・平時を問わず、弁護士業務や法務・コンプライアンス部門の業務に関して、広報的発想・素養・センスが求められる場面が確実に増えていると感じている。¶002

筆者自身は、こうした実務経験も踏まえて、日頃から「広報と法務」の協働の重要性について、企業の広報部門と法務・コンプライアンス部門の双方に説いて回っており、今回の連載執筆は貴重な機会と思っているが、その一方で、法律実務家を中心とする読者の方々に、「広報と法務」は、興味を持ってもらえるテーマたりうるだろうかと一抹の不安もある。¶003

そこで、初回となる本稿においては、これから約2年間にわたって「広報と法務」をテーマとする連載を開始するにあたり、なぜ「法律実務のパートナー」を標榜するジュリストにおいて「広報と法務」をテーマとした連載を行うのか、その意義について、紙幅を割いて、筆者の考えを述べることとする。¶004

Ⅱ 多義化・広範化する「コンプライアンス」

まず、法務・コンプライアンス領域の側から、本テーマの意義を考えてみる。¶005

コンプライアンスという言葉は、1990年代後半頃から日本国内に浸透するようになったが2)内田芳樹「コンプライアンス概念の起源とその進化の概観」国際商取引学会年報22号(2020年)127頁によれば、当時の金融監督庁が1999年7月に策定した「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」が、日本の公文書で初めて「コンプライアンス」という用語を用いたとされている。、当初は「法令遵守」という和訳があてられ3)Oxford English Dictionaryによれば、complianceとは、The acting in accordance with, or the yielding to a desire, request, condition, direction, etc. とされており、英語本来の用法としても、必ずしも、法令の要請に応えることだけを意味しないものと思われる。、その意味合いは狭く解されていた。しかしながら、現在、コンプライアンスという言葉は、「法令遵守」と狭く捉えられるのではなく、「当該企業に対する『社会的要請』に応えていくこと」などと、より広く捉えられるようになっている。¶006

企業のリスク管理において「コンダクト・リスク」という考え方も広まっている。金融庁による「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」(2018年10月公表)4)https://www.fsa.go.jp/news/30/dp/compliance_revised.pdf(2024年11月13日最終閲覧。以下同じ)。を1つの契機として、広く認知されるに至った概念である。同方針11頁では、「コンダクト・リスク」について、「法令として規律が整備されていないものの、①社会規範に悖る行為、②商慣習や市場慣行に反する行為、③利用者の視点の欠如した行為等につながり、結果として企業価値が大きく毀損される場合が少なくない」などと説明されている。これも、単なる「法令遵守」を超えて、企業に「社会規範」との整合を期待する考え方である。¶007

このように、法律を守ってさえいれば、企業としての役割を果たしていると評価された時代には、「コンプライアンス=法令遵守」であったかもしれないが、今はそうではないという点は共通認識となっている。金融庁による「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」(2019年6月公表、2020年7月一部更新)5)https://www.fsa.go.jp/news/r2/dp/compliance_report_update.pdf32頁でも、「ルールの整備よりも、社会の目、社会の要請、対企業といった観点では、各種ステークホルダーの要請といったものの方が、より早いスピードで変化している。そして、そのような要請に反する行為に対しては、たとえ明確に禁止するルールがない行為等であったとしても、それが不適切だとの見方が社会的に高まれば、容赦のない批判が寄せられ、コンプライアンス・リスクが顕在化し、企業価値が大きく毀損されることが起こり得る」と指摘されている6)日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」(2018年3月30日)(https://www.jpx.co.jp/regulation/listing/preventive-principles/index.html)の原則1においても、「明文の法令・ルールの遵守にとどまらず、取引先・顧客・従業員などステークホルダーへの誠実な対応や、広く社会規範を踏まえた業務運営の在り方にも着眼する。その際、社内慣習や業界慣行を無反省に所与のものとせず、また規範に対する社会的意識の変化にも鋭敏な感覚を持つ」ことの重要性が指摘されている。¶008

こうした「社会的要請」の中身は、時代とともに変化していく。現在、企業に対する「社会的要請」は、サステナビリティ、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)、ビジネスと人権など多岐にわたっているところ、企業の法務・コンプライアンス部門としては、こうした「社会的要請」を常に意識しながら、業務に従事することが求められている。¶009

Ⅲ 「広報」の本来的意味と隣接概念/用語の整理

次に、広報領域に目を向けてみよう。¶010

実は「広報」という言葉も、コンプライアンスと同様、国内に概念を輸入する際の和訳の過程で、本来持っていたはずの意味が矮小化されて伝えられてしまった言葉である。「広報」に隣接して、混同的な概念や言葉の誤用が多く存在するところであり、「広報」という言葉の本来的意味を正しく理解することはとても重要である。¶011

もともと「広報」という日本語は、パブリック・リレーションズ(public relations)という言葉を翻訳したものである。「パブリック・リレーションズ」の本来の意味は、「組織体が社会とのよりよい関係性を構築し維持すること」とされている。「広報」という活動は、その字面から「広く報せる」ことに主眼があるように受け止められがちだが、「広く報せる」ことは、社会とのよりよい関係性を構築・維持するための手段の1つであって、本来は、それ自体が目的ではない7)関谷直也ほか『広報・PR論──パブリック・リレーションズの理論と実際〔改訂版]』(有斐閣、2022年)2頁。。日本企業では、組織名称として、広報部・広報室という言葉を用いるケースが多く、パブリック・リレーションズをそのまま組織名称に用いるケースは少ない。中には、広報部・広報室ではなく、「コーポレート・コミュニケーション部」という名称を付しているケースもあるが、両者の業務内容は基本的に同一である8)なお、「パブリック・リレーションズ」は、働きかける客体・対象物としての「パブリック」に重きを置くとともに、活動を通じて構築・維持された良好なリレーションという目的・結果に重きを置いた概念であって、「コーポレート・コミュニケーション」は、活動の主体である「組織体(コーポレート)」に重きを置くとともに、組織体が行うコミュニケーションという手段・プロセスに重きを置いた概念であるなどと説明される。¶012

パブリック・リレーションズに関しては、「PR」という略語のほうが広く用いられている。ただ、「PR」という言葉は、パブリック・リレーションズの本来の意味を離れて、「何かをアピールする、売り込む」(例えば自己PRなど)、「宣伝・告知する」という文脈で用いられることが多く、ときに「体裁をよくごまかす」といった否定的ニュアンスを伴って用いられることもあるため、「PR」という言葉の利用を避ける場面も見られる。略語である「PR」の定義・用法の混乱が、正式名称である「パブリック・リレーションズ」の定義・用法にも混乱を招いている面は否めない9)いわゆるステマ規制に関して、「広告」「宣伝」「プロモーション」のほか「PR」といった表示がされている場合であれば、一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭となっているものとして、原則として、ステマ規制の対象とならないとされているが(消費者庁長官決定「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」〔令和5年3月28日〕9頁)、パブリック・リレーションズの関係者からは、パブリック・リレーションズ本来の意味が誤解されることに繋がるとして、懸念の声があったところである。¶013

そのほか「メディア・リレーションズ」という言葉もある。メディア・リレーションズは、「企業や自治体などの組織が、自組織に対する良好なレピュテーションを獲得するために、メディアに対して情報を提供し良好な関係を保つ」活動とされる(関谷ほか・前掲注7)91頁~92頁)。この点、法務・コンプライアンス部門の方と話していると、「広報/パブリック・リレーションズの仕事=メディア・リレーションズ」という受け止め方をしているように感じる。確かに、メディアは多数のステークホルダーに対して一斉に大きな影響力を与えることができ、また、ニュースや番組・記事は、当事者による直接の情報伝達と比べて、配信主体の中立性・独立性ゆえに信頼性が高いと受け止められていることから、現実には、広報担当者の業務の多くは、メディア・リレーションズが占めている。しかしながら、メディア・リレーションズもまた、本来的には、「社会とのよりよい関係性の構築・維持」を目的とした広報活動の1場面を切り取った言葉である。¶014

このように、広報領域においては、言葉の用法や意味内容をめぐって混乱があるが、本連載においては、原則として、「広報」という言葉を用いることとする。そして、本連載における「広報」の定義は、日本広報学会が2023年6月に発表した定義に従い、「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能」とする10)https://www.jsccs.jp/concept/¶015

Ⅳ キーワードは「社会的要請の傾聴と充足」

広報活動には、①外部情報の受信(広聴機能)、②外部情報の経営者・従業員への発信(情報参謀)、③社内情報の受信(社内広報)、④内部情報の従業員への発信(社内広報)、⑤社内情報の対外的な公式発表(対外広報)の5つの機能があるとされている11)駒橋恵子「パブリックリレーションズとは」(公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会ウェブサイト〔https://prsj.or.jp/aboutpr/〕)。。「社会的に望ましい関係を構築・維持する」ためには、今の時代における「社会的要請」を正しく理解する必要があり、そのための「広聴」は、広報活動の重要なプロセスである。¶016

広報の本質が、「社会的要請」に耳を傾け、「多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持」する点にある以上、コンプライアンスが多義化・広範化する中で、広報部門の活動と、法務・コンプライアンス部門の活動との間で重なり合いが生まれてくるのは必然である。近年で言えば、サステナビリティ、DE&I、ビジネスと人権といった社会的要請が高まっている領域において、広報領域と法務・コンプライアンス領域の重なり合いが特に見られる。実際に、筆者自身も、リスクに関するご相談について、企業の法務・コンプライアンス部門ではなく、広報部門から直接相談を受けるというケースが増えてきている。¶017

法律の制定・改正には、多数の利害関係者間での調整・審議等を経る必要があるため、相応の時間が掛かる。社会が変化するスピードが速くなり、さらにはVUCA(volatility、uncertainty、complexity、ambiguity)の時代と言われ、将来の予測がより難しくなる現代においては、あらかじめ社会の変化を先回りして察知し、法律やルールを完璧に整備しておくことは不可能である。こうした時代だからこそ、法務・コンプライアンス部門は、広報部門の「広聴機能」を活用して、企業に対する「社会的要請」を正しく把握した上で、各種施策に落とし込む必要がある。また、せっかく「社会的要請」を時宜に捉えた施策については、広報部門の社内広報機能を上手に活用しつつ、社内で周知・推進にあたることが効果的である。そして、一連の成果については、広報部門による社外発信を通じて社会に広く知らしめ、企業のレピュテーションを高めていければ完璧である。¶018

Ⅴ 広報と法務の緊張関係?

このように「広報と法務の協働」がますます求められる時代でありながら、実際に、企業の現状に目を向けると、広報部門と法務・コンプライアンス部門との間で、相互理解に基づく良好な関係が構築できているケースというのは、正直あまり多くはない。特に、不祥事対応の場面では、危機管理広報の考え方をめぐって、依頼者の法務・コンプライアンス部門と広報部門との間で意見が食い違い、緊張関係が生じる場面に遭遇することもしばしばである12)法務の目には、広報は「いつも喋り過ぎ」と映り、広報の目には、法務は「いつも喋らなさ過ぎ」と映ることもあるようである。¶019

広報と法務の間で、個別のテーマを議論するにあたって、良い意味での緊張関係が生じること自体は歓迎されるべきである。ただし、両者の間で、「健全・対等な議論」が期待できることが重要だ。例えば、一方が「部」でありながらもう一方が「室」や「課」にとどまる場合や、組織としては同格(=両者とも「部」や「室」の扱い)であるものの、いずれかの担当取締役や部長が「名ばかり(=担当業務の経験が不足している)」となっている場合などでは、両部門の発言力・影響力に著しい差があるがゆえに、議論の場で、片方が遠慮・萎縮してしまって、健全・対等な議論が実現しないということもある。そうならないために、意識的に法務・コンプライアンス部門と広報部門との協働を促すことを狙って、両者の間で人事ローテーションを行っている企業や、同一の取締役や執行役員に法務・コンプライアンス部門と広報部門の双方を所管させている企業などもある。¶020

また、法務・コンプライアンス部門の側では往々にして無意識であることが多いが、両者の交錯領域での課題について議論している際に、法務・コンプライアンス部門が、起用している弁護士の法的見解を前面に打ち出し過ぎることによって、広報部門の心理的安全性を害しているという場面を見かけることがある。法務・コンプライアンス部門にとって、弁護士は自部門をサポートしてくれる心強い専門職かもしれないが、他方で、広報部門としては、法務・コンプライアンス部門から「起用した弁護士が……と言っているので」などと言われてしまうと、その弁護士の助言内容に違和感を持っていてもなかなか反論しづらいというのが実情のようだ。¶021

Ⅵ 本連載企画のアウトライン

これまで述べてきたとおり、筆者の問題意識は、「社会的要請の傾聴・充足」をキーワードとして、広報領域と法務・コンプライアンス領域がより重なり合う時代であるにもかかわらず、必ずしも、両部門の協働がうまく機能していないという点にある。日本広報学会による「広報」の定義において、広報は「経営機能」として位置付けられているが、法務は、広報との協働を深め、その機能を活用することによって、企業の経営戦略の実現に一層コミットできるはずである13)広報機能と法務機能をうまく同一組織内に統合して取り込み、企業の経営戦略の実現に深く寄与する立場となっている存在としては、外資系の大手PRコンサルティングファームが挙げられる。こうしたPRコンサルティングファームには、法曹有資格者、報道機関出身者、官庁・国際機関出身者等が所属しており、企業に対して、パブリック・リレーションズに限らず、ブランディングやマーケティング、ルールメイキングやロビイングといったサービスを提供している。本来であれば、こうしたサービスは、日本の弁護士・法律事務所が担うべき役割のようにも思われる。¶022

本連載企画は、主に法律実務家の方々向けに、広報と法務の協働が要求される場面や、広報機能を活用できる場面を紹介し、相互理解を深めることで、両者の協働を促すことを狙いとしている14)筆者は、法的知見を広報業務にどのように活かすかをテーマとして、主に広報担当者向けの「広報会議」という雑誌(2016年5月号から2017年7月号)において連載を行ったり、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会において、新任広報部長及び新任広報部員向けの研修講師を務めてきた。こうした広報部門に向けた「法務との協働」を促すこれまでの活動と、法律実務家に向けて「広報との協働」を促す今回の連載企画によって、「法務と広報の協働」が飛躍的に進展することを期待している。(本連載企画のアウトラインは、次頁予定テーマに記載したとおり)。¶023

まず、第2回と第3回では、筆者自身の報道記者としての経験も踏まえて、「メディアの行動原理」について解説をする。広報=メディア・リレーションズではないが、実際上、広報業務の実践にあたって、メディア・リレーションズ業務は大きな割合を占めるところ、平時・有事を問わず、メディアとうまく付き合っていくためには、その行動原理を理解することが極めて重要である。¶024

第4回から第6回では「広報領域に潜む法的リスク・コンプラリスク」を取り上げる。広報領域において法的リスク・コンプラリスクが発現してしまった場合、社外への露出の機会が多いという広報業務の性質上、企業のレピュテーションリスクに直結する。こうしたリスクの大きさを踏まえて、法務・コンプライアンス部門として、留意すべき広報領域の法的リスク・コンプラリスク、例えば“炎上表現”に関するリスク、メディア対応にまつわるリスクについて解説する。また、製品・サービスPR、イベント企画にまつわるリスクとして、著作権法、景表法、肖像権侵害等の問題について取り上げる予定である。¶025

第7回から第9回では、「法務が広報の力を借りる場面」として、複数の場面を取り上げる。例えば、米国においては、訴訟戦略の一環としてパブリック・リレーションズを活用することは一般的であり、Litigation public relationsとして一定のプラクティスとして成立しているところである。訴訟に限らず、ルールメイキングの場面においても、欧米では法務と広報の協働が進んでいる。こうした先行事例も踏まえながら、日本の法務・コンプライアンス業務における広報機能の活用可能性について考える。¶026

第10回から第17回のテーマは、「危機管理広報」である。危機管理広報は、法務・コンプライアンス部門において、広報的発想・素養・センスが最も求められる場面であり、読者の関心も高いところと思われる。一方で、危機管理広報の本質については正しく理解されていない部分が多く、各論の解説に入る前の危機管理広報の総論部分では、よくある誤解を解きたいと考えている。危機管理広報の本質は、開示・リリースや記者会見の“見てくれ”の部分にはない。重要なのは、“どのように”語るかではなく、“何を”語るかである。さらに言えば、何を語かである。何を語るかは、当該企業のリスク感度と誠実さの問題であるが、何を語れるかは、前提となる事実調査の結果次第である。こう考えてくると、危機管理広報は「広報」と呼称しているとはいえ、本質的には、法務・コンプライアンス部門が事実調査の段階から、責任を持って取り組むべき領域なのである。¶027

第18回から第20回では、趣向を変えて、「記者との座談会」企画をお届けする予定である。テレビ局、新聞、週刊誌の記者を交えて、記者達が企業不祥事のニュースバリューについてどのように判断しているか、メディア・リレーションズにおける“べからず集”、不祥事報道をめぐるメディアと企業のあるべき関係性等について議論することを予定している。¶028

そして、第21回から第23回では、広報と法務の「相互理解を促すための平時の取組」について取り上げる。相互理解をしましょうと声がけをするだけでは、なかなか相互理解は深まらない。これまで筆者が見聞きする中で、相互理解がうまく進んだケースというのは、平時において、広報と法務で、何らかの具体的な施策に協働して取り組んだ実績があるパターンである(なお、不祥事対応という修羅場を乗り越えて相互理解を深めるという場合もあるようだが、逆に、相互不信が決定的になるパターンも耳にする)。こうした相互理解を促すための平時の取組として、近時ニーズが高まっている模擬記者会見訓練や不祥事の公表基準の策定等について紹介する。¶029

第24回の「おわりに」を迎える頃には、読者の皆様にも、「広報と法務の協働」が企業を強くするという実感を持ってもらえるのではないかと思われる。長丁場の企画ではあるが、是非ともお付き合いいただければ幸いである。¶030

予定テーマ

  • 第1回はじめに──いま、「広報と法務」をテーマとする意義
  • 第2回メディアの行動原理を理解する①──メディア総論
  • 第3回メディアの行動原理を理解する②──記者の行動原理
  • 第4回広報領域に潜む法的リスク・コンプラリスク①──“炎上表現”に関するリスク
  • 第5回広報領域に潜む法的リスク・コンプラリスク②──メディア対応にまつわるリスク
  • 第6回広報領域に潜む法的リスク・コンプラリスク③──製品・サービスPR、イベント企画にまつわるリスク
  • 第7回法務が広報の力を借りる場面①──総論/訴訟対応
  • 第8回法務が広報の力を借りる場面②──ルールメイキング、支配権争い
  • 第9回法務が広報の力を借りる場面③──不祥事からのリカバリー、法務施策の社内外広報
  • 第10回危機管理広報①──総論/初動対応
  • 第11回危機管理広報②──広報によるアウトプットを見据えた事実調査
  • 第12回危機管理広報③──開示・リリース
  • 第13回危機管理広報④──メディア対応(守り)
  • 第14回危機管理広報⑤──メディア対応(攻め)
  • 第15回危機管理広報⑥──記者会見
  • 第16回危機管理広報⑦──危機時の社内広報
  • 第17回危機管理広報⑧──実務におけるFAQ集
  • 第18回~第20回記者との座談会
  • 第21回相互理解を促す平時の取組①──総論/模擬記者会見訓練、リリース作成訓練
  • 第22回相互理解を促す平時の取組②──不祥事の公表基準の策定
  • 第23回相互理解を促す平時の取組③──企業理念・パーパスの策定
  • 第24回おわりに──「広報と法務の協働」が企業を強くする