Ⅰ 「ファョションIPロー」の可能性
1 問題の所在
田村このたび、ここにお集まりのメンバーでファッションIPロー研究会なるものを立ち上げまして、「ファッション・ローと知的財産」と題して、ファッションに関わる知的財産法の各種論点について語り合っていくことになりました。本日は、その皮切りとして、まず私から基調講演のような感じで、ファッションIPローというアプローチの可能性についてお話しさせていただきます。資料を用意しましたが、作成にあたっては、山本真祐子さんに作っていただいた資料を活用しているところがあります。¶001
最近、知財以外でもそうなのでしょうけれども、知財の世界では特に、ここ4、5年ぐらいで、ファッション・ローという言葉をよく聞くようになりました。元をたどると、2006年にFordham Law SchoolでFashion Lawのコースが設けられたことが最初だと言われています。その後、いくつかの大学でFashion Lawが開講されているということです。日本でも、2014年にFashion Law Institute Japanが設立されたことを皮切りにして、いくつかファッション・ローの組織が立ち上げられているという状況にあります。¶002
ファッションというのは非常に経済的に重要で、そこに知的財産をはじめとして様々な制度があるということは確かですので、実務的にどういう課題があるのかをファッションという区切りで眺めてみましょうということは、きわめて当然だと思うのです。ただ、それを超えて、たとえば、ファッションIPローという形で、他の分野と違って独立の領域とする、とりわけ私のような研究者にとっては、それを独立の研究対象として意識することに意味があるのかということが問われることになります。この辺の問題意識は、中川隆太郎さんのご論文1)中川隆太郎「『ファッションロー』と著作権法」コピライト714号(2020年)36頁。にも書いてあるところです。¶003
ファッションの区切り方として、いわゆる工業製品に比べて機能的な色彩が相対的には薄い。逆に、デザインにより需要者を引きつける要素が相対的に強い。このような区切り方をすると、そういう商品のデザインについての知的財産という観点から、ファッションIPローという角度から物を眺めるということには、実務的な価値はもちろんですけれども、それとともに、独立した研究の対象とする意義があるのではないか、そこでの研究の進展が、逆に他の分野にも波及するような意義もあるのではないかと思っています。¶004
ですので、私の区切り方で言うファッションというのは、いわゆるアパレルに限らず、もう少し広く、アクセサリーとか小物類とか、かなり多様なものを含みます。ファッションというと、ファッション業界が多角化しているということもあるのでしょうか、一般的にもそのように広げられることが今は多いような気がします。¶005
2 ファッション業界特有の商品開発・販売戦略の特徴
田村それでは、どうしてこういう区切り方が独特の分野になるのかというと、ここはファッション業界に特有の商品、あるいはデザイン開発、商品の販売戦略に特徴があるのではないかと思います。キーワードとして、多品目性、多様性、可変性の3つを掲げさせていただきました。¶006
まず、多品目性ですけれども、先ほどのように区切ると、デザインで消費者・需要者を引きつけようということですが、そのように機能以上にデザインに対する消費者の嗜好というのが多様であり、何がヒットするのかを事前に予測することには困難がつきまとうことになります。その反面、機能の制約が乏しいのでデザインの自由度は高く、そして、いわゆる工業製品に比べれば、開発費用も相対的に低いものが多いだろうということで、企業はきわめて多くの品目を市場に投入することになります。これは、機能の制約が薄いことの必然的な結果のようなところがあると思います。¶007
しかも、ファッション業界では、その業界の中の企業の位置づけとしても、コピー品に特化する、違法も辞さないというような業者もいないわけではない。他方では、オートクチュールを中心に超高級ブランドがある。独自性を追求しているようなところがある。その中間で、多くの企業は、いろいろなタイプの商品開発、販売戦略をとっているのだということです。さらに言えば、1つの企業が多品目の商品のすべてにおいて同一の戦略をとることはむしろ稀で、同じ企業が、あるときには短ライフサイクルで、あるときにはブランド化を図ったり、ロングテールを狙うという形で多様な商品を展開していくということで、非常に多様性があると思うわけです。¶008
そして、最後のキーワードの可変性です。企業ごとに多様だと、あるいは同じ企業の中でも多様だというだけではなくて、同じ商品であっても、当初は短ライフサイクル品として売り出していたものが、思いのほか消費者に受けてヒット商品となり、場合によってはシリーズ化したりブランド化するなど、状況に応じて時期により異なる戦略に変えていくこともあるということです。¶009
3 ファッション業界における知財戦略の特殊性(=IP Channeling戦略)
田村こうした多品目性、多様性、そして可変性という要素があるために、ファッション業界における知財戦略というのは、他の分野ではなかなか見られない傾向があるように思います。この点については、関さんや中川さんのご論考2)関真也「ファッションローの全体像――ファッションデザイン保護のあるべき姿を考える前提として」発明116巻3号(2019年)62頁、中川隆太郎「ファッションデザインと意匠法の『距離』」日本工業所有権法学会年報43号(2019年)99頁。に書かれているところです。¶010
(1) 意匠登録
田村当然、ファッション・プロダクトのデザインについても、意匠登録の途が開かれているわけです。審査は相当短くなりました。たとえば、意匠の審査に要する期間は、1980年代は約3年であったのが、1990年代後半から2年を切るようになり、今は、半年近くで推移しているということで非常に短くなりました3)参照、特許庁編『工業所有権制度この10年の歩み――工業所有権制度110周年記念』(発明協会、1995年)80頁、『産業財産権制度125周年記念誌――産業財産権制度この 15 年の歩み』(特許庁、2010年)306頁、特許庁「特許行政年次報告書2022年版」20頁。。それでも、ファッション業界の商品の一部、特にアパレル関係では、ライフサイクルがそれよりも短く、意匠を出願してから登録を得ていたのでは最も売れる時期に間に合わないということがかなりあるということです。¶011
それから、2018年改正で、新規性喪失の例外が6か月から1年に延びています(意匠4条)。これは非常に喜ばしいことなのですが、しかし、先ほど申し上げたような多品目だから、すべてを登録するわけにはいかない。それから、可変性もあるので、事前になかなか予測できない。そのため、この1年の猶予期間を踏まえてもなお、これは登録に値するというのを完全に見極めることはきわめて困難ということです。そのため、ファッション関係の意匠登録の件数はどうしても少ない。特に衣服では少ない4)中川・前掲注2)99頁~101頁。。意匠権侵害訴訟になってくると、中川さんのお調べでは、平成15年から平成30年の間で裁判所ウェブサイトに公開されているファッション分野(衣服・鞄・靴)の侵害訴訟は6件、衣服関係は1件ではないかというお話もあるぐらいで、ものすごく意匠が使われているというわけではないといった事情があります5)中川・前掲注2)101頁~102頁。。¶012
そうすると、例外規定の1年のグレイス・ピリオドがあるとはいえ、新規性要件がある以上、ヒットしてから登録するというわけにはいかないという課題があるとすると、当然のことながら、登録しないで保護してもらえる知的財産法制度に目が向けられる。特に最たるものとしては、強力な著作権に目がいくことになるわけです。登録は不要ですので、ここでは後追いと言いますけれども、商品を発売してから保護を考えても全く遅くない、あるいはヒットしてからでも遅くないということがあります。¶013
(2) 著作権
田村そこで、著作権です。¶014
著作権は、意匠権などに比べると非常に広い範囲の行為を規制する。商品を作る行為以外の、画像を撮影して公衆送信するといった行為まで保護してしまうわけですが、デザインの中には、機能からの制約をほとんど受けることなく創作されているために、そういう広範な規制になじむものもあるわけです。特に平面的な図案とか技術的制約がほとんどないようなタイプの著作物は、ほぼ著作物になるので、有望な選択肢にはなりうるわけです。たとえば、類似性を否定したので、傍論ではあるのですけれども、照明用シェードについて著作物と認めた事件6)東京地判令和2・1・29裁判所Web(平成30年(ワ)第30795号)[照明用シェード]。が知られています。¶015
ただ、すべての商品が著作権の保護を享受できるわけではありません。裁判例の主流派は――何が主流派かというのはいろいろな意見があるかと思うのですけれども――、分離可能性説と呼ばれていて、機能から分離した創作が行われているということが看て取れるものであれば著作物になるという説です。あるいは、分離可能性だけでは足りないけれども、分離可能性+美的鑑賞に値するものに達している場合には著作物になる、あるいは、そもそも分離可能性を問わずに、美的鑑賞に値するのであれば著作物になる、と説かれることもあります。¶016
それらに従うと、どの説をとるかによって広狭に若干差が出る可能性はあるわけですが、いずれにせよ、機能によって創作が制約されている場合には、よほど奇抜であるなど、機能と無関係なデザインでない限りは、なかなか著作物にならないという状況にあります。いろいろな例がありますけれども、ちょっと目立つものとして、たとえばアパレルの商品について、著作物性を否定した、Chamois事件という判決7)大阪地判平成29・1・19裁判所Web(平成27年(ワ)第9648号等)[Chamois]。があります。¶017
(3) 商品形態のデッド・コピー規制
田村そうなってくると、著作権もなかなか使いづらい、あるいは使えないということになれば、もう1つの登録不要の保護として、商品形態のデッド・コピー規制(不正競争2条1項3号)に大きな期待がかかるわけです。実際に、事例、訴訟の件数も非常に多いですし、そもそもデッド・コピー規制の中でも、アパレル系が非常に大きな割合を占めていて、分類していけばいちばん多いのではないかと思います8)山本真祐子「デッドコピー規制における実質的同一性判断――衣服デザインに関する事例分析を通じて」知的財産法政策学研究58号(2021年)67頁。。しかも、1つの訴訟の中で10件ぐらい違反かどうかが争われることがあるという状況で、よく利用されているわけです。本当にいろいろな例がありますけれども、先ほどのChamois事件では、著作物性が否定された衣服に関しては、デッド・コピーも否定されているのですが――そして、それについてはいろいろなご意見がありうるところですが――、ともかく、この事件では不正競争防止法2条1項3号該当性が認められた商品もあるということです9)前掲注7)大阪地判平成29・1・19[Chamois]。。¶018
ただ、このデッド・コピー規制は非常に大切なわけですが、創作的価値を問わずに保護しているということもあり、保護の期間が長期にはならないということで、販売開始後3年に限られています(不正競争19条1項5号イ)。そこを超えると保護がなくなってしまいますので、他の方策に頼らなければならなくなります。その意味では限界があります。¶019
(4) 周知・著名表示の保護
田村そうすると、この後追いの保護で3年以上ということになると、その最大の候補は不競法2条1項1号の周知表示の保護と同項2号の著名表示の保護ということになります。2条1項1号の規律が認められたというBAO BAO事件10)東京地判令和元・6・18裁判所Web(平成29年(ワ)第31572号)[BAO BAO]。がその代表例になります。¶020
ただ、こうした2条1項1号・2号の保護を受けるためには、商品のデザインの出所を示す商品等表示として、デザインが周知・著名になっている必要があるわけです。もちろん著名性より周知性のほうが認知度は低くて済みますから、周知が最低限のハードルなのですが、これは決して低いハードルではありません。販売直後のデザインには普通は役立ちませんので、とにかくデッド・コピー規制でつないでいく必要があるわけです。つないでいって、この周知性の要件をクリアしたらこちらに移行できる、といった制度になっています。¶021
そこで、どのぐらい知られている必要があるかということが問題となります。特に数字ではっきりと示したのは、多分私の知る限り最初の判決はLEVI’Sの弓形ステッチの判決11)東京地判平成12・6・28裁判所Web(平成8年(ワ)第12929号)[LEVI’S弓形ステッチ]。ではないかと思います。この弓形ステッチを見てLEVI’Sと答えた者の割合が18.3%という調査結果で、周知性が肯定されています。「505」との類似性が否定されたので傍論ですが「501」という表示については、さらに低く16.6%で周知性が肯定されています。¶022
かつては、消費者・需要者の中で半ばに知られていることなどとおっしゃる方もいたりしましたが、半ばはむしろ著名の領域ではないですかと思います。ですので、半ばではきつすぎると思うのですが、大体10%は超えてほしいと思っています。たとえば、hummel事件12)大阪地判平成20・1・24裁判所Web(平成18年(ワ)第11437号)[hummel]。青木博通「判批」知財管理59巻5号(2009年)551頁。では、1桁台で周知性が否定されています。だから、この辺が分岐点だなということです。¶023
(5) 立体商標の保護
田村さらに、全国的に有名となった場合は立体商標の登録も可能です(商標2条1項柱書)。商標権は登録が必要ですが、新規性は当然のことながら要件にしていないので、後追いでの登録が可能です。存続期間は一応ありますけれども、更新登録をすれば永遠に更新できるので、その意味で非常に強力な権利なのですが、その分ハードルも高いです。¶024
ファッション関係では、香水の容器で立体商標の登録が裁判で認められたものがあります13)知財高判平成23・4・21裁判所Web(平成22年(行ケ)第10366号)[JEAN PAUL GAULTIER “CLASSIQUE”立体商標]。青木大也「判批」ジュリ1457号(2013年)118頁。。ごく一部に例外的な判決はありますが、一般的には、商品の形状は商標法3条1項3号の記述表示に該当すると解されています。ですので、日本で商標権は使用主義ではなく登録主義をとっていて、使用することなく登録はできるのですけれども、商品の形状である限りは3条1項3号で拒絶理由を打たれるので、3条2項で、全国的に有名になることが必要だと解されております。言葉遣いが良いかどうかはわかりませんが、法学上、特別顕著性と言われている要件です。そのハードルは、不競法2条1項1号の周知性より高いわけで、当然、販売直後のデザインには役立ちません。だから、デッド・コピー規制+周知表示の保護でつないでいって、ここにようやく到達できるという状況にあるわけです。そういうことで、商標法3条2項の登録が認められなかった例14)知財高判平成23・4・21裁判所Web(平成22年(行ケ)第10386号)[L‘EAU D’ISSEY立体商標]。青木大也「判批」A.I.P.P.I.58巻5号(2013年)22頁。もあります。¶025
(6) IP Channeling戦略
田村ということで、ファッションに関わる知的財産の制度には一長一短があるわけで、様々な手段を駆使していく必要があります。そうすると、企業が合理的に行動する場合には、次のような選択的な知財の切り換え戦略(=IP Channeling戦略)をとっています。¶026
つまり、開発したデザインに非常に美術的な要素が強いとなれば著作権の保護に期待しましょう。それから2番目に、主力商品として育てたいなど、費用を上回る便益があると判断する場合には、意匠登録を目指すわけです。その際、まだ迷いがあるときには、新規性喪失の例外(グレイス・ピリオド)を活用して、販売後1年、正確には公知後1年ですけれども、新規性喪失の1年は様子見をすることも可能なわけです。いずれにせよ、常に販売後3年間はデッド・コピー規制をいただけるということです。その3年の期間を活用して、不競法2条1項1号は地域的な周知であれば足りますので、地域的に周知、つまり10%を超える認知度を得て、少なくともその地域では保護をいただく。その上で、さらに全国的に有名なものに育った場合には、立体商標の登録を視野に入れるということになります。図にするとこんなイメージのIP Channeling戦略になるということです。¶027
4 ファッション業界における知財戦略の特殊性を踏まえた制度設計(IP Channeling政策)の必要性
田村こうしたファッション業界におけるIP Channeling戦略という特殊性を踏まえると、この分野における制度設計をするとき、制度設計には立法論だけではなくて解釈論なども含むわけですけれども、そのときにも、こういったものを踏まえたIP Channeling 政策をとる必要があるのではないかと思います。¶028
ファッション業界に関わるデザインの保護を論じる場合に、市場と法の役割分担という視点を欠いたまま、デザインに関連する法制度が眺められることがないわけではありません。そのような見方の下では、現在の法制度は、ばらばらの法制度がそれぞれの要件も効果もばらばらなままに、悪い意味でのパッチワークになっているよね、これは何とかならないの、というふうに見られることがあるわけです。¶029
だけど、先ほどお話ししたようなIP Channeling戦略を企業がとっていることを視野に入れるのであれば、現在の法制度は決してカオスではないわけです。たとえば創作に重点を置くタイプのものとか、美術性に重点を置くタイプのものとか、あるいはブランドに重点を置くとか、それぞれ知財の法制度はもちろんそれぞれ趣旨が違うわけです。そして、ファッションに関するデザインと一括りに言いますけれども、それぞれの企業が、どのような戦略をとって、どういうところを保護してほしいかというのは、やはりアーティスティックなところを保護してほしい、いや、ここについては短ライフサイクルで短期間でもいいからとにかく保護してほしい、あるいは、これはブランド化しているのでブランドとして保護してほしいとか、それぞれ違うのです。しかも、それが1つの商品の中でも時期により変化していく。それにもかかわらず、何となくファッションデザインという一括りで見てしまうと、現行の知的財産法制度は多様なものが雑多に入り組んでいて、一部では保護が重複し、一部では保護に欠缺がある、カオスだということになるのだけれども、そうではなくて、実際には、もちろんファッションには様々な商品があり、また同じ商品であっても、保護してもらいたいところの重点は移ろいゆくものである。そうした多様性に応じて、知財の制度も多様なものが用意されているのだというようなイメージのほうが正しいのではないか。¶030
ただ、そうは言っても、それぞれの知財はそれぞれのことを中心に考えがちなので、つなぎがうまくいっているのか、調整がうまくいっているのかという視点はもちろん必要になってくる。ただ、そのときに、ただのカオスだから、今の知財制度を見ないで新しく何か作りましょうというような話はちょっとナンセンスではないかと思うわけです。ですので、現行の各制度間には適切な役割分担があることを前提にして、まずは制度間の接続の調整を図ってみるべきではないか。もちろん、時として全く足りないという場合もあるわけです。それこそ不競法2条1項3号を1993年に作る前は、短ライフサイクル商品の保護などが、ぽかっと空いていたと思うのです。そういうときはもちろん立法論でいくのですけれども、いきなりそこに飛びつく前に、現行制度でどの辺までできていて、どの辺に課題があるのか、あるいは、ないかもしれないというところを考えていく。¶031
だから、何かぼこっと新しいファッションデザイン法などというものを構想するのではなくて、まずは、既存の制度をどうやってチャネリングしていくのか、切り換えていくのかという観点を考えるべきではないでしょうか。こういう視点が分野全体として主たる課題となる。もしかしたら、そういうユニークな分野としてのファッションIPローという研究領域を設定する意味があるのではないかと思ったわけです。¶032
5 IP Channeling戦略を踏まえたIP Channeling政策の課題の例
田村以下は、詳しくは連載で取り上げていくので、ささっとお示しするだけですけれども、こういう観点からすると、いろいろな課題が出てくるわけです。¶033
たとえば、著作権制度と意匠制度の役割分担ということで、いわゆる応用美術の論点に関しては、近時では、学説や裁判例の文言をよく見てみると、分離可能性説に一本化する私のような見解と、美的鑑賞性を要求する見解があります。この美的鑑賞性を要求する見解の中にも、分離可能性プラスアルファの人と、全く無関係の美的鑑賞性の人と、少し違うタイプの人がいて、そして一部には、美の一体性理論などと言われますけれども、ともかくこのプロダクツ・デザインに限らない他の領域と同じ基準で判断すればよいというものまで、対立があるのです。¶034
だけど、そこでIP Channelingという発想を投入する場合には、不必要な間隙は避けるべきではないのか。こういう分野は分離可能なので著作権保護なのだけれども、これは分離可能ではないから意匠の保護にくるといったときに、たとえば著作権のほうで、純粋美術と同視という名の下に、高度な芸術性を明示的に要求する判決もかつてあったわけですが、ああいうことをやられると、うまく切り換えができなくて、急に保護が抜けるところがある。ある境までは意匠で保護されたのに、いきなり奈落に落ちるようなところが出てくるわけです。それはどうかなという視点から議論ができるようになる。¶035
それから、新規性喪失の例外を、意匠におけるまさにグレイス・ピリオドという名にふさわしい制度にしていくべきではないか。意匠登録に出願するかどうかを決定するお試し期間なわけですから、意匠登録制度が意匠の創作に対する積極的なインセンティブになるように、意匠登録を利用しやすくしようとする制度なわけです。¶036
新規性喪失の例外については、いろいろな見方があります。たとえば特許のほうだと、新規性喪失の規定がある結果、博覧会への出品をためらったり、論文をためらったりといった形で、公知にすることをためらってしまってはいけない場面がある。だから、特に昔は公知の事由を特定して、いわば積極的に奨励すべきような行為があったときには、新規性喪失の例外を認めましょうというタイプの制度だったのです。¶037
そういう制度においては、ピンポイントで特定して博覧会とか論文発表というときに限って、新規性喪失の例外規定を利用させる。それで、濫用を防ぐために、その証明書などを要求していくというような制度になるのでしょう。しかし、少なくとも意匠では昔から、また特許でも現在では特に新規性喪失の事由を特定することなく一般的に新規性喪失の例外を認めているわけです。そこでは、新規性喪失の例外規定の趣旨は、より積極的に、むしろ意匠登録出願をするか否かということを判断するためのお試し期間を設けるというところにあると理解すべきだろう。そうなると、1年以内はどんどん試してください、ということになるはずです。ついでに言うと、どうせ意に反する公知は、今でも手続的に後追いで、侵害訴訟で無効理由として新規性喪失が主張されても、それは意に反するといきなり主張して新規性喪失の例外の恩恵を享受することは許されているのです(意匠4条1項)。なので、いずれにせよ新規性を喪失しているから無効であると考える第三者の期待というものは、全く法的に保護されていないのです。ところが、意に反する公知ではなく、自己の行為に起因して公知となった場合には、出願と同時に新規性喪失の例外規定の恩恵を享受しますよと言わなければならず(同条2項)、その上で1か月以内に証明書を出さなければいけないというように非常に厳しいのですが(同条3項)、むしろ、意に反する公知と同じく、事前の手続は全く不要としてよいのではないかと思えてくるのです。IP Channeling政策という観点を取り入れることにより、そういう立法論も提唱できるということになります。¶038