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 事実の概要 

久米三十六姓は、約600年前から約300年間にわたり現在の中国福建省またはその周辺地域から琉球に渡来してきた人々とされる。彼らは、17世紀~18世紀には那覇の久米地域に孔子等を祀る至聖廟や関連施設を建立したが、第二次世界大戦の戦災で焼失した。¶001

Z会(久米崇聖会─参加人)は、久米三十六姓の末裔を構成員とし、久米三十六姓の歴史研究や論語を中心とする東洋文化の普及等を目的とする一般社団法人だ。1974年~1975年ころ、Z会は久米地域の外に至聖廟等を再建した。その後、久米地域への移設を希望し、Y市(那覇市)に働きかけた。2011年、Y市は市有地にある公園(以下、本件公園)の敷地の一部を無償貸与することを決定し、2013年、Z会は同土地上に大成殿を本殿とし至聖廟等(以下、本件施設)を建設した。その敷地は、本件公園の他の部分から仕切られており、出入口に当たる至聖門には3つの扉がある。その中央扉は、1年に1度だけ、釋奠祭禮という儀式の日に孔子の霊を迎えるためとして開かれる。¶002