憲法38条3項は「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」として、いわゆる補強法則を規定しているが、本判決は、そこでいう「本人の自白」には「公判廷における被告人の自白」は含まれないとの判断を示したものである。本件は食糧管理法等違反で起訴がなされたいわゆるヤミ米関連の事案であり、刑訴応急措置法のもとで手続が進行した。第二審山形地方裁判所は被告人を有罪としたが、被告人は、その判決は「被告人の公判の供述」を唯一の証拠として犯罪事実を認定したものであり、それは憲法38条3項に違反するとして、仙台高等裁判所に上告、それが退けられ、さらに、最高裁に再上告をおこなった。これに対し、最高裁は、憲法38条3項の趣旨について、「一般に自白が往々にして、強制、拷問、脅迫その他不当な干渉による恐怖と不安の下に、本人の真意と自由意思に反してなされる場合のあることを考慮した結果、被告人に不利益な証拠が本人の自白である場合には、他に適当なこれを裏書する補強証拠を必要とするものとし、若し自白が被告人に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪の認定を受けることはないとしたものである」としたうえで、公判廷における被告人の自白は自由の状態において供述されたものである、被告人が虚偽の自白をしたと認められる場合には、その弁護士が再訊問の方法によってこれを訂正できる、供述経路が不明な公判廷外の自白と異なり、公判廷の自白は、裁判所の面前で供述されるものである等の理由を挙げ、「公判廷における被告人の自白が、裁判所の自由心証によって真実に合するものと認められる場合には、……更に他の補強証拠を要せずして犯罪事実の認定ができる」と判示、再上告を棄却した(裁判官5名の少数意見がある)。憲法上「公判廷における被告人の自白」にも補強証拠は必要かという問題は憲法制定当初より争われてきた論点であったが、それを否定する本判決の立場で今日の判例は確立している。本判決の立場にはなお反対論も根強いものの、刑訴応急措置法に代わり新たに制定された刑訴法319条2項が「公判廷における自白であると否とを問わず」補強証拠を要求する旨規定したため、有罪答弁制度およびそれを前提とした答弁取引制度の導入等の刑訴法立法論あるいは刑訴法319条2項違反が憲法違反として上告理由になるかという問題を除き、本判決の結論を批判する喫緊の意義は失われている。なお、本判決は、憲法38条3項の基礎には「罪ある者が時に処罰を免れることがあっても、罪なき者が時に処罰を受けるよりは、社会福祉のためによいという根本思想」があると論じている。これは真野毅裁判官の筆によるものと推測されるが、そこで挙げられた根本思想は、公共の福祉や必要性を理由として安易に被告人の諸権利が制限される傾向にある刑事司法の場において、今なお忘却されることなく顧みられるべきものと言えよう。
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木下昌彦「判批」憲法判例百選Ⅱ〔第8版〕(別冊ジュリスト274号)264頁(YOL-B0274916)