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事実の概要

X(原告・控訴人・被上告人)は、Y(被告・被控訴人・上告人)経営の産婦人科医院に入院し、Yから、無痛分娩の方法として腰部に脊髄硬膜外麻酔注射を受けた。ところが、その後4、5日して注射部位にブドウ状球菌が侵入したため脊髄硬膜外膿瘍に罹患し、その結果、下肢に後遺症が生じた。そこで、XはYに対して不法行為に基づき損害賠償を求める訴えを提起した。¶001

第一審(松山地今治支判昭和36・10・4民集〔参〕18巻6号1254頁)は、Xが「被告は注射器具の完全な消毒を怠るなど慎重な注意を欠いて注射した」と主張したところ、これを認めず請求を棄却した(X控訴)。原審(高松高判昭和38・4・15同民集〔参〕1256頁)は、第一審判決の事実摘示を引用した上で「〔Xの前記症状を〕診断をしたA医師はXから前記注射のことをきいて右症状はその注射に起因するものと直感したこと、このような場合注射の際ブドウ状球菌が侵入したと考えるのが常識であること」などを認定し、また、鑑定の結果によれば、このような場合におけるブドウ状球菌の伝染経路として、(1)注射器具、施術者の手指、患者の注射部位等の消毒不完全(消毒後の汚染を含む)、(2)注射薬の不良ないし汚染、(3)空気中のブドウ状球菌が注射に際してたまたま付着侵入すること、(4)保菌者である患者自身の抵抗力が弱まった際に血行によって注射部位に病菌が運ばれることの4つが想定されるところ、(2)~(4)の伝染経路を疑わせる証拠はなく、本件においてブドウ状球菌に伝染したのは(1)の伝染経路により「菌がXの体内に侵入したためであったと推認するのが相当である」と判示し、第一審判決を取り消して請求を一部認容した。Yは上告し、原判決は過失を根拠づける前提としてどのような点で消毒が不完全であったかなどを具体的に認定しておらず理由不備の違法がある、などと主張した。¶002